幕間
私の敬愛する、我が主。
「――――」
私は目を閉じて、息を吐いた。
ゆっくりと目を開けると、そこには先ほどまでの私とは違う私がいる。
その瞳に映るのは、黒いモヤではなく人の姿をしていた。
「今回は人の世界ですか」
呟いてから周囲を確認する。
どうやらここはどこかの室内らしい。
薄暗い部屋の中にいるようだが……。
「ここはどこでしょう?」
私は立ち上がると窓際まで歩いていき、カーテンを開いた。
すると眩い朝日と共に、街の景色が見える。
しかし見覚えのない部屋だが寛ぐとしますか。
「んー、ふわぁあああ~……」
大きく伸びをして欠伸をする。
そしてベッドに腰掛けると、ギシッという音が鳴る。
この感触は上質な素材で作られているようですね。
「さて、今日は何をしましょうかね?」
私のお慕いする邪神さまは何処に居られるのでしょうか? 早く会いたいですねぇ……あぁ、待ち遠しい!
「……」
それにしても随分と静かだ。
まるで誰もいないかのような錯覚に陥る程に。
「まぁ、いいでしょう。それよりも……」
まずはこの世界の事を知らなくてはいけませんね。
そう思い立ち部屋の扉を開く。
廊下に出て少し歩くと階段があったので下に向かう事にした。
そのまま進むと一階に着いたのだが、そこは食堂のような場所だった。
テーブルには食事が用意されており、既に何人かが食事をしている。
「……」
なんとも美味そうな匂いが鼻腔を刺激する。
思わず腹の虫が鳴きそうになった。
それをグッと堪えてから辺りを見渡す。
「誰もいま――」
その時、私の中で何かが弾けた。
それは私の中の獣を解き放つ。
理性など捨て去り本能のままに動き出す。
目の前にある肉を食らう為に。
そして気が付いた時には私は手近にあった皿を手に取り、そこに盛られていた料理を食べていた。
口に入れた瞬間に広がる芳ばしい香り。
舌の上に乗った瞬間溶ける様に消えていく食感。
これは素晴らしい食べ物ですね。
私は夢中になって食べ続けた。
「うぅむ……実に美味かった」
気が付けば全ての料理が無くなっていた。
しかしまだ足りない。もっと食べたいなぁ……。
そんな事を考えていた時、不意に後ろから声をかけられた。
「おいおい、あんちゃんよぉ。俺らの飯を取るとは良い度胸じゃねえか!」
振り返るとそこには五人の男が立っていた。
全員が筋骨隆々の屈強な男たちである。
私は手に持っていた空になった皿を彼らに差し出した。
「申し訳ない。余りにも美味しかったものでつい手が動いてしまったのだ」
私が素直に謝った事で彼らはニヤリと笑みを浮かべた。
「おうおう、分かってんじゃねえか。それなら許してやるぜ」
「だがお前さんも悪いんだぞ?勝手に食いやがってよぉ」
「そうだな、詫びとして俺たちと一緒に来てもらうぜ」
男達はそう言うと私の肩を掴んだ。
そして強引に連れていこうとする。
どうやら彼らの仲間と思われる人達が周囲に集まってきたようだ。
面倒くさい事になったなと思いながら私は抵抗する事にした。
掴まれた腕を振り払い、拳を握って構える。
「おい、こいつやる気みたいだぞ?」
「へっ、上等じゃねえか!ボコっちまえ!!」
一斉に殴り掛かってきた男たちを適当にあしらいつつ、一人また一人と沈めていった。
そして最後の一人の顎先に掌底を打ち込むと、男は白目を剥いて倒れた。
「ふん、他愛もない」
私は溜息をつくとその場から離れた。
これ以上ここに居る意味は無いだろうと思ったからだ。
それから屋敷を出ると、私は街へと向かった。
人通りの多い道を歩きながら周囲を観察する。
この世界の人々は皆笑顔であった。
とても幸せそうである。
「ふふふ、何だか楽しい気分になりますね。これは是非邪神様のお傍で仕えなければ……」
私の敬愛する邪神さま。貴方の為にこの世界を楽しみましょう。
そしていつか必ずお迎えに行きますからね。