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4.

頭の奥で鐘が鳴る。

久しぶりの招集だ。

「やあ…一週間ぶり?」

この中で起きるときは大体テーブルに突っ伏して寝ていることが多い。座ったままの姿勢だから、少し肩が痛いのだ。まあ文句を言ってもここにはベッドも布団もないし横になって寝るとしたら地べたしかないからこれしか選択肢はないのだけど。

たまに椅子を二つ使って上半身だけ横になっていたりするが、椅子は木だけでクッションも何もついてないので固いことこの上ない。

「一週間と、何日か、だな。」

はじめのころに比べると頻度は少なくなった。重量のある夢があまり見当たらないのだという。あまり手ごたえがないのも困るが、こう日があいては…。

最近はよく頭の中で少年を殺すようになった。以前よりも確実に多い。私の夢の力が強くなっている証拠だろう。よいことだ。けれど早く夢をかなえたい、少年を殺したいという思いもまた強くなった。こうのんびりしていると、焦る。

気持ちを切り替えるために一つあくびをする。

「それじゃあ、行きますか。」

近くにいい物件がないものだから最近は遠出することが多い。この中にいる間はあまり感じないのだが、現実世界で起きた時に全く疲れが取れていないのでやっぱり遠いのかな、と思う。私が寝ているとき、周りから見て、だが、は二種類の眠りがあって、こうして体は寝ていても頭の中で動き回っている時と、体も頭も寝ている、普通の休息の眠りと、二つだ。夢を集めている間の眠りは、夢の中でアグレッシブに動き回っていることも多いので全く疲れはとれない。むしろ疲れる。休息の眠りは普通に寝れる。夢を集めている時間は寝ているものと考えずに徹夜しているものと考えるのが妥当だ。私の中で。周りから見れば授業中にも寝てるし夜も早く帰って寝ちゃうし、なんであんなに疲れてるんだろう、という話だけれど…。そう毎日のことではないのが救いだ。

「今日はいいのがあるんだ。」クロネコが弾んだ声で切り出す。

「こいつは近場にある上に結構力も強い。」

クロネコがテーブルからぴょん、と下りて歩き出した。

「最近できたやつなんだけどな、出たり消えたりして安定しなかったんだが…、最近やっと、毎日出てくるようになった。できたての割には力が強くてな。まだエリカも気づいてないんじゃないか?」

エリカというのは例の特例コンビとやらの、夢をかなえてもらう方らしい。私はよく知らないが、クロネコはよく知っているような口ぶりだ。「まあ、でも…」

立ち止った。…これは本当に近かった気がする。

「気づいていたとしても保留扱いなのかもな…。

 いいか、今回の相手はちょっと、…どころじゃなく手ごわい。エリカでも、たぶんかなわないだろう。っつったらお前の力では到底かなわない。だが」

そこで一つ区切ってこちらに向き直った。まるで試合前の選手を鼓舞するコーチのようだ。

「お前が不意を衝いて勝負を決めちまえば何とかなる範囲だ。喜べ、今回の相手は知り合いだぞ。」

「…知り合い?」

「そう。夢の中にあまり話したことのない知り合いが出てくることって、よくあるだろう?だから不信に思われない。なぜ、と思っても、夢の中だから許される。向こうもまさか自分の夢をとりに来ているだなんて思わない。捕まえて全速力で事を済ませちまえば、まあ、大丈夫だろう。」

「…へえ。」知り合いの夢の中に入るのは初めてだ。

深呼吸をする。「……よし。」

クロネコが不敵に微笑んで、夢の中へ消えてゆく。私もそれを追う。

夢の中に入る独特の、ぐにゃりという感触がした。


ひろい空間だった。正面のずっと向こうに壁がある。天井は見えない。左右や後ろを見ても壁は見えない。

目に飛び込んでくるのは白と極彩色。壁の白に多数の原色がにじむ。色がにじみ合って色を作る。澄んだ色彩。一点の曇りもない光のよう。

光の足もとにうずくまって何かを書いている少女がいた。少女の周りに色彩がにじむ。彼女がきっとこの夢の持ち主だ。

誰だろう。

私は彼女に近づく。近づいてみると色づいた壁は思ったよりも大きくて圧倒される。

私のほう、というため息に反応して少女が振り返る。

ああ、この顔は。

「里ちゃん。」

「ユーコ?」里ちゃんもびっくりしているようだ。

「どうしたの?これ。すごいね。」

「すごい?」

「すごい、きれい。」それは正直な感想だった。里ちゃんが心の中でこんな夢を温めていたなんて。

「そう、かな。」

「うん」里ちゃんが恥ずかしげにうつむいた。いつもより幼い少女の、あどけない顔つきが愛らしい。

「でも、私なんて全然。一度はあきらめた夢なんだけど、先輩が、励ましてくれたから。」里ちゃんが可愛い顔で微笑む。

「へえ、そうなんだ。」私もなんだか和んだ。

クロネコがこちらを見ている。

この白い空間に黒い体はとても目立って映えた。

「私はもっと、きれいな絵を描けるようになりたい。」

里ちゃんが壁を眺めて呟いた。

「こんなのじゃダメ。もっと、もっと美しい絵を。」

その背中は夢に満ち溢れていた。

…私とは大違いだ。

「おい」

つい考えてしまう。この夢を奪ってまで私の夢は本当に…

「おい!」


里ちゃんは再びうずくまって何かを描き始めた。

「お前、何考えてる?」

私は足元を見た。

「夢に引きずられてんじゃねえよ。お前にはお前の夢があってそれをかなえるためにはこいつが必要だ。 わかるだろう?」

「でも…これは」

「お前、自分の夢と、こいつの夢と、どっちが大切だ?」

「そんなの…」

唇をかんだ。

「選べよ。どっちだ?」

何かを無心に描く彼女の背中。それを照らす白と三原色。

薄汚れた私と真っ黒なクロネコ。


以前、

クロネコにあって間もない頃聞いた覚えがある。

「夢をとられた人はどうなってしまうの?」

やつは答えた。

「無気力になるんだよ。」


夢ってのは、ある種の情熱だ。

それをとられてしまうということはその何かに対しての情熱を失ってしまうということ。

だから夢が強ければ強いほど傾けている情熱の量も大きく、それを失った時の反動はでかい。まあその分俺らもリスクをしょってその夢をいただくんだけどな。

「リスク?」

そのうち、わかるよ。


「そんなの…」

私に決まってる。


私は何気ないスキンシップを装って彼女の肩に手をかけた。


5.

その帰り道でのことだ。私は心なしか重量感のあるガラス玉を手に帰路についていた。

いつものように歩いているとクロネコがくん、と顎を上げて止まった。

「どうしたの?」

いくら近いとはいえ、まだ夢からは出たばかりだ。

クロネコは私を無視して耳をそばだてている。

「急ぐぞ。」

そう言って駆けだした。

と思ったらどこからか出てきた男の人に抱きあげられた。ギャッ!と猫のように声を荒げる。

「あら、随分とごあいさつじゃない?」

「え?」

横手から現れた女性。こちらを見てにこりと笑った。

「こんばんは」

「…こんばんは」

クロネコを抱く男性は、少なくとも日本人じゃない。欧米の人だろうか。ブロンドの髪に灰色がかった瞳。背は高いが痩せて、おっとりとしている。

「何の用だ。」クロネコが吠える。尻尾がぷらぷらと揺れている。

「何、って。知り合いが近くにいたら挨拶くらいするのが普通でしょう?」女性が答えた。

「ここではそんなことしなくていいんだ。」

展開についていけなくて困る。

「ユーコは疲れている。さっさと帰らせろ。」

「あら、あなた」女性の眼がこちらを向く。一瞬目を細めて鋭く光る。

「ユーコちゃん、っていうのね。…いいもの持ってるじゃない。」

ガラス玉を持つ私の右手を凝視する。

私は手を後ろに隠してじりっ、と後ずさる。私の体も手も透かしてガラス玉を見ているような茫洋とした瞳が怖い。

「こら」

いつの間にか男性から逃げ出したクロネコが私と彼女の間に立った。

「ちょっと、離しちゃダメじゃない。」彼女が後ろの男性に抗議している。

クロネコが私を目で促す。

逃げろ、ということだろうか。

「逃げちゃダメよ。」

クロネコが片眉をあげる。「挨拶ならもう済んだろ。」

「…元パートナーに対してひどいじゃない。あのときは…あんなにやさしくしてくれたのに。」

「誤解を招くようなことを言うな。…ったく。」

クロネコは踵を返して尻尾を一振りする。「帰るぞ」

彼女が謎めいた瞳を向けていた。


6.

「あの人は?」

私の夢に着いて一番に言った。

「エリカだ。」

エリカ…あの!

「例の特例コンビって人たち?」

「そう」

「でもどうしてあの人たちがこんなところに」

「知るか。」

「ねえ…」「うるさいな。」頭の中で鐘がゴィンゴィンと鳴っている。いつもよりも耳の近くで鳴っていてうるさい。反響で耳鳴りがする。「子供はもう寝る時間だ。」鐘はまだゴインゴインと鳴っている。「ちょっ、と…」

私は最後の力を振り絞って容器にガラス玉を入れた。意識が途切れた。


寝苦しくて目が覚める。

時間は午前4時15分。クロネコへの怒りがふつふつとこみあげる。

「あンの猫もどきめ…。」

完全に目が覚めてしまった。頭は疲れているというのに。ほんと、次あったらどうしてくれよう。

この後起きだして学校へ行く気も起きない。もういい!さぼりだ!さぼり!ゲーム三昧で憂さを晴らしてやる。


7.

次の日はちゃんと行った。そもそも、私は比較的真面目に授業に出るほうなのだ。さぼりのほうが珍しい。

教室に行くと里ちゃんの隣が空いていたのでそこに座ることにした。

挨拶をして席に着く。

「あー…眠い。1限ってめんどくさいよね。」

「ねー…。朝早いし。眠いし。やんなっちゃう。」

「ああ、そう言えばさ、里ちゃん昨日のマクロ経済学とってるっけ。」

「うん?とってるけど…ああ、昨日いなかったっけ。」

「そうー。まあさぼりなんだけど。」

「ちゃんと来いよーー。」

「何かめちゃくちゃ夢見悪くってさあ。勉強する気がしなかったんだよ。」

「夢ぇ?どんなの見たの?」

「いや…もうあんま覚えてないんだけど、後味がすごく悪くってさぁ。何かむかむかするっていうか…。」

とっさにうそをつく。さすがに本当のことは言えない。

「へえ…。」

里ちゃんはいたっていつも通りだった。そう言いえば一昨日に夢をとったのは里ちゃんだったんだけど…。後遺症とかはないんだろうか。

「そういえば一昨日私も夢見たんだけど、ユーコ出てきたよ。」

「え?マジで?なんか言ってた?」どきりとする。

「んー…。私も覚えてないや。でも…悪い夢ではなかったと思うよ。」里ちゃんの眼が一瞬遠くを見る。

「そっかぁ…。ならよかった。」

「あ、先生来た。」

会話はそこで途切れた。里ちゃんはどこかぼうっとしている。


8.

「あれ?」

夢の中で目が覚めた。

といってもいつものように呼び出されたわけではない。鐘も鳴ってはいない。

こんなことは初めてだ。やることもないので改めて部屋を検分する。

分かっていはいたが陰鬱な部屋。いやな夢だ。

「ん?」部屋の隅の台に布をかけられた何かがある。

布を外すと飲みかけのワインとグラスがあった。

「なにこれ。」

私はワインなんて飲まない。それとも心の奥底では飲んでみたいと望んていたりするのだろうか。

グラスは典型的なワイングラス。足が長くて受け口は丸い。ふわんとしている。

ワインは三分の二ほど残っていた。

「あ。」

茶髪の男性がこちらを見ていた。今夢の中に入ってきた人のようだ。

見知らぬ人のはずなのになぜか親近感を覚える。

「あー…ユーコ、来てたのか。」

ほりの深めな顔立ち。ヨーロッパあたりにいそうな男性だ。顔には薄くそばかすがちり、髪はセンター分けで大胆に外ハネしている。…癖毛だろうか。欧米人の顔はわからないが、どことなく幼さが残っている気がする…。

「あー、そうか、もう、そんなか。」男は驚いた顔のまま一人思案している。

「…その声…。」

最近よく聞く声だ。

「俺だ、俺。」

男性の体が歪み、いつもの黒猫の姿になった。

「別にさっきのままでもよかったのに。」

「俺はオンとオフは分ける方なんだよ。」

「オフ、ってさっきの?」

「…まあな。」

「じゃあ、さっきのほうが楽なんだ。なんでそんなカッコしてるの?」

「…なんとなく?」

「…これ、あなたの? ワイン。」

「ああ。」

よかった。私にワイン飲みたい願望はないみたい。

「ねえ、今日、呼んだ?」

「いや。お前が勝手にきたんだ。」

「そんなこともできるんだ?」

「まあ、これのせいだな。」

クロネコは言って夢の詰まった容器の前に立った。もう半分以上が満たされている。

「お前さ、最近これのことばかり考えてるだろ。」

どきりとする。思い当たる節ならあった。

「おかしなことじゃねえよ。このくらい溜まってくると、みんなそうなるんだ。」

「夢ってのは執着だと、言っただろう?」悪魔のささやきが聞こえる。

そうだ、こいつは地獄の住人だった。

「程度の問題だよ。少しならいい。何らかの執着がないとむしろ生きていけないし、その執着こそが生きがいだというやつもいるだろう。」けどな。

クロネコは何でもないことのように淡々と述べる。

「執着も過ぎれば毒だ。そう、狂気と言えばいいかな。狂おしいほどの執着。他の奴の執着心をわざわざ集めて回ってるんだ。それくらい、なるもんだろ。んで、その執着…夢の力が強くなると自分からここにきてどこかに夢が転がってないか一人歩きするようになる。最悪迷って死ぬ。」先に俺が来てよかったな、クロネコはそう締めくくった。


――私は、何か恐ろしいことをしているのではないだろうか?



『ねえ本当に、あなたの夢ってそこまでしてかなえなければいけないものなの?』


まぶたの裏で赤い唇がニイッと笑みを作る。

『そんな夢なら、私にちょうだいよ。そしたら、あなたなんかよりもうっと有効活用してあげるわ。』

頭の中でエリカがうそぶく。

心臓がどくどくと音をたてる。

『ねえ、そしたら、あなたはこの夢から解放されるわね?』

エリカの謎めいた瞳が私を射抜く。

『ねえ…』


「おい、大丈夫か?」

「へっ!?」

「今死にそうな顔してたぞ。」

「あ、ああ…。」

あんなの、ただの想像だ。エリカとはあれ以来会っていないしあんな言葉をぶつけられた事なんてないのに。

「驚かせちまったな。まあでもそれも夢をかなえるまでの辛抱だ。ここまでくれば強い夢を持ってるやつのところにも行けるし、そうしたらたまるのも速い。」

「ねえ、今日はどこか行く?」

「…夢ならないぞ。いきなり来て準備なんかしてるわけないだろう。」

「…そっか。」

「顔色が悪い。今日はもう寝ろ。」

頭の奥で鐘が鳴った。私を断罪するかのような音だった。



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