世界2
世界樹――それは世界中の魂を育むこの世界の核とでもいうべき存在だ。
世界中の全ての命は世界樹から生まれ、俺たちが死ねばその命はまた世界樹へと戻っていく。
世界樹を中心とした生命の循環、こうしてこの世界は成り立っている。
そして万が一にもそんな世界樹を悪用しようとする輩から守るための存在がエルフだ。
もっとも、過去を遡る限りそんな世界樹を悪用しようとする奴など聞いたことがなく、今こうしてエルフであるメルクから世界樹を折られたと聞かされても驚きよりも懐疑の方が勝ってしまう。
『それは……本当なのか?』
「信じられないか?」
こんな嘘をつく必要などないのは分かっているが、どうしても疑いを持ってしまう。
「俺もその瞬間を見なきゃ信じてなかっただろうな。そもそもあれは、切れるようなものじゃない」
世界樹はこの世界のどんな物質よりも固く、世界一固い鉱石と言われるアダマンタイトをもってしても傷一つつかなかったと聞いたことがある。
そんな存在を切り落としてしまうなど、人間のなせる技じゃない。
「だがこれは事実だ。悔しいことに、我々は世界樹を守れなかった! 守護という使命を授かっておきながら!」
怒りを顔に滲ませながらそう嘆くメルク、拳は固く握られ、自責の念にかられている様子がありありと伺える。
あのエルフがこうもなるのだ、とても信じられないことだが事実なのだろう。
「……だが問題はその後だ。守れなかった俺たちが言うのもなんだが……あれは本来切り落とされたくらいじゃ問題ない。そういうものだ」
『その後? 何があったんだ?』
「龍王ラグナは切り落とされた世界樹を封印してしまった。今世界は生命が生まれず、崩壊の危機に陥っている」
生命が……生まれない?
メルクの口から告げられた予想していた事態を遥かに上回る状況に言葉が出なくなる。
封印って、じゃあもう新しく子供が生まれることはないっていうことか?
想像を遥かに上回る世界の危機に、思考が追いつかない。
だがこの世界の危機はこれだけではないらしく、あまりのスケールの大きさについていけない俺にメルクは更に追い打ちをかけていく。
「加えて休む間もなく現れた黒雲と謎の機械。あの黒雲は天候を止め、干ばつ、食糧難、を引き起こし、世界中に溢れたディジットと呼ばれる機械生物は日々学習を重ねながら我々知的生命体を襲い続ける」
告げられたこの世界の現状は、あまりにも悲惨だった。
今までの歴史を鑑みても間違いなく今が一番世界の危機だろう。
まさか世界がここまで絶望的な状況だったとは。
俺は何とかスライムを食べることでこの世界を凌げたが、メロは大丈夫だろうか。
これは一刻も早く見つけ出さないと危ないかもしれないな。
そして確信した。
俺とメロが生きるこの世界に帝国は邪魔だ。
戦争はやりたいならかってにやってくれとしか思っていなかった。
確かに父さん、母さん、街のみんなが殺されたことに何も思わない訳では無いが……メロが生きてるなら帝国なんてどうでもいいと思っていた。
だが奴らが俺たちにまで危害を加えるなら、それは別だ。
消さないとダメだ、俺たちが生きやすい世界を作るために。
『帝国をつぶさないかぎり、この世界は救われない』
「そうだ。だが逆を返せば、帝国さえ潰せばこの世界は元通りだ」
確かに、原因が不明なよりはよっぽどマシだ。
帝国という原因さえ取り除けば、俺たちは平穏に暮らしていけるのだから。
そしてそのための組織がレジスタンスなんだろう。
「お前が死んでから世界がどうなったか……か」
改めて俺が言った質問を静かに連呼し、口元に手を当てながら黒雲の覆う空を見上げる。
その眼が何を見据えているのかは分からないが、その表情は
険しく、良い感情を抱いていないのは確かだ。
「結論から言うと、今言ったことが起きた全てだ」
メルクの言った言葉、それはつまり、レジスタンスはなんの結果も出せずこの絶望的な状況は何も変わらなかったということだろう。
帝国の八逆の誰かを討ち取るような戦果も挙げられず、これといって戦況に変化がなかったことを意味する。
強ばった表情を浮かべるメルク。
それはこの一年を振り返ってなのか、それともこれからの未来を予想してなのか。
だが気になるのは帝国の動きだ。
戦況に変化がなかったということは、帝国もこれ以上の何かを仕掛けなかったということだ。
『帝国に何か動きはなかったのか?』
正直こんなことを言うのは良くないと思うが、エルフの里を襲ってしまえばもっと大ダメージを与えられたのではないか?
それが起こらなかったのは幸運だが、なぜ帝国は仕掛けない?
「ヤツらは静観を決め込んでいる」
そう言葉を綴りひと呼吸おくメルク。
一瞬の間が空き、また静かに言葉を綴り始める。
「なぜならこの戦争、帝国は攻めるより籠城した方が確実に勝ちをものにできるからだ」
『……聞いた限り互いの戦力には大きな差があると思うんだが』
もしも互いの戦力が拮抗していたら攻めるリスクもあいまって籠城の方が効果的だろうが、龍王ラグナを筆頭とした帝国軍ならわざわざ時間をかけて戦力を整えさせるより一気に攻め立てた方が確実ではないだろうか。
「確かに戦力では奴らの方が上だ。幸い生き残りはたくさんいたから数は俺たちの方が上だが、ヤツらは名のある戦士たちを中心に街を滅ぼしたらしくこれといったやつはほとんどいない。だが森の中では別だ」
『森の中?』
「我々はエルフ、森の戦士だ。森の中という条件ならこちらに分がある。あの時本格的に戦えば、ヤツらもタダではすまなかった」
確かに聞いたことがある、エルフは世界樹を守るために森に適応した進化を遂げた種族だと。
『だがそれなら、世界樹を守ることもできたんじゃないのか?』
「言い訳をするようだが、あの時龍王は、二人いた。恐らく帝国側に能力ごと複製する異能を持つ者がいる」
『複製の異能……厄介だな』
「何らかの制限はあるだろうがな。修羅は世界樹を切り落として消え去り、龍王は世界樹を封印して消えた。おそらく複製体は一度力を使えば消え去るのだろう」
なるほど、今分かっているのは時間、あるいは魔力なのか再使用に何らかの制限があることと、複製体にも一度きりの力しか使えないという制限があることか。
まあさすがにこれほどの力を制限なしで使える方がおかしいか。
「だがこれで世界中の都市が滅ぼされたことにも納得が行く」
『どういうことだ?』
「他の国だって一枚岩じゃないだろう。八逆に対抗できるほどの強者も一人くらいは抱え込んでいたはずだ。簡単にやられるわけが無い」
話が見えてこない。
それほどの強者なら一度きりの力しか使えない複製体に遅れをとることはないはずでは?
意図を理解できず困惑する俺に、メルクは諭すように言葉を続けた。
「分からないか? 複製体は一度きりの力しか使えないが、逆をいえばおそらく一度きりならどんな力でも使えるんだ。例えば……自分の命を犠牲にする最終奥義のような技でさえもな」
噛み砕かれた説明でやっとメルクの言いたい全貌が理解出来た。
確かにそれは……恐ろしいな。
帝国が世界中を敵に回してもなお圧倒的な力を誇る理由が見えてきた。
対抗出来る勢力を全員消し去るという悪魔的な策略、話が出回る前に全ての都市を滅ぼした計画性と実行力、世界樹を封印して人類を追い込む悪魔的所業、そしてそれを可能にする圧倒的なまでの戦力、帝国は、いや龍王は完全に人類を滅ぼすつもりだ。
「俺がまだ信用のおけないお前にここまでの情報を明かしたのは……お前が敵でないことだけは断言出来るからだ。ノート、お前、レジスタンスに入れ。入るなら団長に融通を効かせてやる」
レジスタンスか。
俺とメロのためにも帝国の存在は邪魔になるし、入った方がメロを探すのに動きやすくなるだろう。
……断る理由がないな。
『分かった。レジスタンスに入団する』
こうして俺はレジスタンスに入団することとなった。