世界
メルクの魔法で翼の怪我も治してもらい、二人と一匹の行軍がレジスタンスの団長という人物のもとへ向けて出発して少し経った頃のこと。
メロがお花を摘みにいくと言い、近くに機械生物らしき影も見当たらなかったので大丈夫だろうとそのまま送り出す。
そしてしばらく経ったせいか先程まで生まれてい緊迫した空気感も霧散してもういいだろうと思い、いい加減聞きたかったことを尋ねることにした。
『なあメルク。二つ……いや、三つほど聞きたいことがあるんだがいいか?』
本当はもっと聞きたいことがあるんだが、さすがにまだやめておいた方がいいだろう。
「なんだ?」
『メロという名前を聞いたことはないか?』
まず本題はメロに関することだろう。
あの日から何日後に俺が転生したのかは分からないが、街の損害を見る限り半年以上経っている可能性が高い。
俺よりだいぶ前にメロが転生して誰かとコンタクトを取っていたら名前を知っている可能性がある。
「……聞いたことないな。顔が分かれば分かるかもしれないが、知り合いの生存者か?」
まあそう上手くはいかないか。
メロがどんな姿に転生しているかは知らないが、誰かと意思疎通を図るのに手間取っているだろう。
たまたま俺が幸運だっただけで、まだ人と出会えていない可能性だってある。
早く見つけ出さなければ。
『いや、俺と同じように死んで転生してるはずなんだ』
「どうゆう事だ?」
理解できないという顔を浮かべるエルフに、噛み砕いて話を進める。
『メロは俺の恋人なんだ。あの日俺たちはあいつに殺されたが……俺と同じように転生したんだ』
「何を、言っている? その人が転生したとなぜ思うんだ? 転生してから連絡でも取り合ったのか?」
『俺が転生したのに、メロが転生していないわけないだろ?』
しかし俺の説明は理解されなかったようで狂人を見るような目で見られた挙句、狂ってるとまで言われた。
こんなに簡単に説明しているのになぜ分からないのだろうか。
「酷なことを言うが、お前の彼女は死んでいる。イレギュラーなのはお前だけだ」
『違う。メロは必ずどこかで生きている』
「その根拠は? 勘は生きているという理由にはならないぞ?」
『俺が生きているからだ。理由はそれだけで十分だろ?』
どこまで突き詰めても話は平行線になるばかり。
このままじゃ埒が明かないと踏んだのか、エルフの男はこの話を切り上げて早く二つ目を言えと催促してきた。
「それで、二つ目は?」
まあ予想していたことだがそう簡単にメロの手がかりが見つかるはずもないか。
まあいい、二つ目の質問に入ろう。
俺の相手をするのが疲れたのかうんざりした表情のメルクだが、もう少しだけ付き合ってもらう。
『俺が死んでる間に、この世界で何が起こった?』
この世界は俺が知っていた世界とはあまりにもかけ離れすぎている。
空を覆い尽くす黒雲に死んだ大地、いなくなった人間に蔓延る機械の生物たち、一体何があったらこんなに変わるものなのか。
「そうか、お前は何も知らないんだったな」
知っていたらよかったんだが……あいにく死んでいたからな。
「お前も知っての通りもう一年も前のあの日、インヴァード帝国の八逆レビリオンと名乗るヤツらが世界中の全ての都市を襲った」
この惨状から見て帝国の手は広範囲に及んでいると思っていたが、まさか世界中の全ての都市をも襲撃するとは。
……でも待て、それなら足りなく無いか。
『……世界中にどのくらいの都市があるのか知らないが、一日でそんなことが可能なのか?』
俺が行った街はどこも襲われた日は同じだった。
そしてそれは俺たちの街を襲った日もだ。
もしそれが本当なら、インヴァード帝国の軍事力は到底太刀打ちできるようなものでは無い。
「お前を襲った八逆レビリオン、星帥のイブはその日……世界中に現れている」
なっ!
――どうゆう事だ!
まさかあの男が増えたとでも?
「星帥だけではない。修羅も全能も、八逆レビリオンと名乗った5人全てがその日世界中で目撃されている」
……有り得ない。
一人だけでも街を容易く滅ぼすほどの強さを持ったやつが、全員増えるだと?
そんなの、どうする事も出来ないだろ。
「まああれは帝国にとっても切り札らしく、もう増えることはないらしいがな」
『っそれは……信用できるのか?』
「さぁな。だが団長は嘘をつかない」
その団長とやらがどれほどの人物なのかは知らないが、その言葉をそのまま鵜呑みにできるほどヤツらを楽観視していない。
「まあヤツらがいつでも増えれるのなら今頃俺たちのコロニーは全滅だろうし、何か条件があるのは確かだろう」
それは、そうだな。
それが生贄なのか時間なのかは知らないが、確かに何かしらの条件はありそうだ。
「本題に戻るが…… 八逆レビリオンが世界中の都市を襲ったのと丁度同時期、俺たちエルフの里〝アルフヘイム〟にも帝国のヤツらが現れた」
アルフヘイム――
大陸の南全体に広がるプラム魔樹大森林の中に広がるエルフの里の中でも最も繁栄する場所であり、その中心には命を管理する世界樹が存在する。
エルフにとって世界樹とは信仰の対象であり、神のような存在だ。
そのことからエルフの間でアルフヘイムは神の里とも呼ばれている。
アルフヘイムは強力な結界に覆われていて、世界樹が許可した者しか入れないはずだが、まさかそこまでヤツらが襲撃するとは。
『そこに現れたのは 八逆レビリオンの修羅と、インヴァード帝国九代目皇帝、ラグナ・フォン・インヴァード。……またの名を、龍王ラグナ』
メルクの口から告げられた思わぬビックネームに思考が停止する。
だが俺が驚いたのは皇帝の名前ではない。
皇帝がアルフヘイムに来たのも驚くことだが、その後に続いた言葉はそんな驚きをはるかに凌駕するものだった。
『何を、言っている? 龍王ラグナだと? 有り得ない! 龍王は空想上の、物語の話だろ!』
世界中で知られる有名な物語だ。
物語の名はオネットの涙。
そこに登場するのが龍王という、人間を滅ぼそうとした人類の天敵だった。
だがそれはあくまでも物語上の話のはずだ。
あれが実話なんて、聞いたことがない。
「あの物語は実話だ。もっとも、ほとんど人間に都合のいいように改変されているらしいがな」
『だとしても、龍王ラグナは死んだ! もう九百年も前の話だろ、生きているわけが無い。』
「死んだはずの伝説が生きている、それが事実だ」
世界を滅ぼしかけた龍王の復活が本当なら洒落にならないぞ。
しかも本の内容が事実なら、アダムはもう死んだんだ。
勝てるやつなんて居ない。
『……アルフヘイムはどうなった?』
あの龍王ラグナが向かったんだ、その惨状は俺たちの街とは比べ物にならないほどの被害だろうが……
「アルフヘイムは無事だ。誰にも被害が出ることは無かった」
だがメルクの口から告げられたのは被害ゼロという俺の予想とはかけ離れた結果だった。
被害ゼロ、つまりその龍王はアルフヘイムを襲うのが目的ではなかったということだ。
ならなぜ龍王はアルフヘイムに向かったのか、一体何が目的だったのか、そんな疑念が頭の中を渦巻く。
そんな俺の心境を見越したのかは知らないが、メルクがもっとも、とさっきの言葉に付け加えるように口を綴った。
「我々エルフの宝である世界樹は切り落とされてしまったがな」