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取引

 



 首が絞まり、頭に酸素がいかなくなる。


 なんで俺がこんな目に!

 一難去ってまた一難とはこのことだろう。

 唐突に俺を壁に押付けたエルフに恨みがましい目線を向ける。

 俺の苦しげな表情を見たのか、慌てたように少女がエルフの男に向かって叫んだ。


「待ってメルクさん! そのカラスさん敵じゃない!」


 しかし彼女のそんな擁護も、彼の次の言葉で吹き飛ばされることになる。


「ハグ、こいつはカラスじゃねぇ、人間だ」


「カラスさんが……人間?」


 なぜ分かった!?

 ハグと呼ばれた少女も驚きの表情を浮かべる。

 俺の見た目はどこからどう見てもカラスのはずだ。

 なにか俺の知らない判別方法でもあるのか?

 いや、今そんなことを考えていても意味なんてない。

 問題なのは、二人から見た俺は何らかの方法でカラスに化けて少女に近づいた人間だと思われている事だ。

 実際は俺は本当にカラスなのでそう言われてもどうしようもないんだが、怪しまれるのも当然だろう。


 この男の目は完全にこちらを敵として見てる目だ。

 この状況は非常にまずい。


「でもそのカラスさんは私の事助けてくれようとした」


 少女は俺が助けたことに恩義でも感じているのか、まだ俺のことを庇おうとしてくれる。

それに対してエルフの男は、あくまでも冷静に話を進める。


「そのようだな。隠蔽も学習されてるとは思わなかった。これは俺のミスだ」


なら、と少女が話し始めるよするが、それに被せて男は続ける。


「だがそれとこれとは話が別だ。どっかでは似たように最初に助けて油断させてから後ろから刺すような事案があったらしい。危険要素は排除しておくに限る」


「じゃあカラスさんがレジスタンスって可能性は」


「レジスタンスは内通者を炙り出すために厳しい入団試験を設けている。こいつが選ばれることは絶対にない!」


 その後も少女が懸命に俺を庇おうとするが、そのどれもが辯駁(べんぱく)され返す言葉を失う。


 くっ、ダメなのか。

 いや、十分少女は俺を庇ってくれた。

 これに文句をつけるのは筋違いというものだろう。

 問題なのは恐らくこの世界の状況だ。

 何も知らない俺でも、今人々が危機的状況に陥っているのは分かる。

 何の目的があってそんなことをしているのかは分かるはずもないが、おそらく俺たちの街にもやったように帝国が世界中の人々を襲って世界を滅ぼそうとしているのだろう。

 そんな状況で怪しげなカラスが現れたら警戒するなという方が無理な話だ。


 そしてエルフの矛先はついに俺へと向けられる。


「おいお前、妙な動きをすれば殺す。嘘をついても殺す。いいか、今から念話を繋ぐが、聞かれた事だけに答えろ」


 腰元に携えたレイピアを抜いて俺の首元に押し付けながらそう言う。

 念話は初級魔法の一種で、喋らずとも念じるだけで会話ができるという魔法だったはずだ。

 これで会話が通じるようになったのはでかい。

 下手なことを言えば殺される危険があるが、話せばきっと分かってくれるはずだ。


「お前、何者だ?」


『ノート、ノート=ストラーダ。ラミュータ王国のユリアス街出身だ』


「帝国のものか?」


 この質問を待っていた。

 当然答えはNOだが、それだけじゃ俺の潔白を証明出来るはずもない。

 だから俺は、一歩間違えたら死の危険な賭けに出ることにする。


『違う! 俺はあの日イブと名乗る男に殺されたんだ。むしろ被害者だ』


 俺の賭け、それは全ての真実を話すことだ。

 今語ったことは荒唐無稽で、当然信じられるような話ではない。

 だがこれは全て、真実だ。

 信じられないことは分かっている。

 しかしここでこんな話よりもよっぽど現実味のある嘘をついたとして、ボロを出さないとは言い切れない。

 そもそもこいつは俺が人間からカラスに化けたという前提で話を進めている。

 嘘をついて一度人間の姿に戻ってみろと言われれば即ゲームオーバーだ。

 ならまずその前提を、打ち砕く。


「殺された? 何を言ってる! お前は生きてるだろ!」


 予想はしていたことだが、やはりこんな話信じられるはずがないか。

 エルフの持つレイピアに力が入り、死の存在が現実味を帯び出す。

 心配そうな表情で少女が俺たちを見つめる。

 落ち着け俺、もとよりこうなることは分かっていたはずだ、取り乱すな。

 大切なのは一片の嘘もつかず、全ての真実を話すことだ。


『嘘じゃない。俺はカラスに転生したんだ』


「有り得ない、世界樹はそんな欠陥じゃないんだよ! 今は止まっているが、それは変わらない!」


 エルフが顔を歪めて取り乱す。

 追い詰められているのは俺のはずなのに、立場が逆転したかのようだ。

世界樹は全ての生命を管理するエルフの宝ともいうべきものだが、それが止まっているとは一体どういうことだ?


「くっそ! なんで嘘をついていないんだ?! わけが、分からない」


 混乱した表情でそう言うエルフの男。

 だが彼のその言葉に一筋の勝機を見出す。


 どうやらこの男、俺が嘘をついているかどうかが分かるらしい。

 だからあの時、嘘をついたら殺すと言ったのか。

 下手に弁明しようとして嘘をついていたらそれこそアウトだったな。

 そしてどう考えても嘘のような話なのに、それが嘘じゃないから混乱している。


「……ちっ! 保留だ。これは団長案件だ。くっそ! ハグだけでも相当やばいのに、なんで二つも爆弾抱え込まなきゃならねんだよ!」


 爆弾?

 一つはまあ俺のことだろうが……この少女も何か特別な事情でもあるのだろうか。

 だが爆弾呼ばわれされた少女は全く気にせず、キョトンとした顔でエルフの男に問う。


「じゃあカラスさんはもう、大丈夫?」


 まだ俺のことは信じられないのだろう。

 だが俺の言ったことに嘘偽りはなく、敵だと決めつけて殺すことも出来ない状態、だから彼は苦虫を噛み潰したような表情で答えるしかない。


「……今のところはな」


「良かったね、カラスさん」


 表情の変化がはっきりしてる訳では無いが、彼女が俺の事を思ってそう言ってくれてるのが分かる。

 本当にいい子なんだろう。


「だが完全に白と判断するわけにも行かない。ひとまずお前を団長のもとに連れていくが……いいな?」


 団長、おそらくさっき言ってたレジスタンスの指導者のことだろう。

 その人が俺たちのことについて何か知っている可能性だってあるし、断る理由もないので、縦に首を振って頷く。


「待ってメルクさん、私もカラスさんと話しちゃダメ?」


エルフの男はもう出立するつもりでいたらしく、少女からかかった声に少し不満げな表情を出す。

このまま無視して出発することもしかねないと思ったが、さすがにまだ十と幾つばかりの少女にそんな酷い行為を取るようなエルフではなかったようだ。


「念話だって魔力を消費するから長時間繋ぐようなものじゃないんだが……まあいい、魔力量には自信がある。念話を繋ぎ続けたくらいじゃ支障はでない」


 冷たいのか優しいのか、少女の頼みに少し文句を言いながらも念話を繋げる。

 もしやこれが俗に言うツンデレというものなのだろうか。

 だがそんな俺の考えを見透かしたのか、冷たい目でエルフの男がこちらを見てきて、慌てて目をそらす。


「これでカラスさんと喋れるね。カラスさん、名前は?」


 少女はほんのり笑ってこちらを見ると、そう尋ねる。

 思えばこの少女は最初から俺に対して無警戒だった。

 人間だと知った時もずっと俺の事を庇おうとしてくれて、俺に対する警戒がないように思えた。

 人を疑わない純情無垢な少女、それがこの子に対する俺の印象だ。


『ノート。君の名前は?』


 一応エルフが呼んでいるのを聞いたので知ってはいるが、聞いた方がいいだろう。


「ハグ。ちなみにもう知ってると思うけど、あっちの冷たい人がメルクさん。好きに呼んでいいと思うよ」


好きに呼ぶのは厳しいな。

いきなり名前で呼んだら問答無用で切りかかられそうな気がする。

いつか気安く呼べる日が来たらいいんだが……何とか警戒を解いてもらえるよう努力するしかないか。

問題はそれまでどう呼べばいいのかだが、さん付けでも馴れ馴れしいと言われて怒られそうだ。

とはいえそうなると一体どう呼べばいいのかという話になるのかだが……

そんな冷たいエルフの呼び方問題に頭を悩ませていた俺だったが、その苦悩から俺を救い出したのは他でもないエルフの男だった。


「メルクでいい。少なくとも十数日は行動を共にするわけだしな」


『え?』


いきなり名前呼びが許可され少し固まる。


「俺をどう呼んだらいいのかで頭を悩ませていたんだろう」


その通りだが……よく分かったな。


「え? 好きに呼んでいいって言ったよ?」


「みんながみんなお前のように図太いわけじゃないんだ」


図太いとは酷い言われようだ、だがそう言われた本人が何食わぬ顔でいるのを見るとあながちそんな風に言われるのも仕方がない気がしてきた。


しかしいきなり名前で呼ぶのを許可するとは、一体どういう風の吹き回しだろうか。


『いいのか? お前は俺の事を疑っているんじゃないのか?』


さっきの反応を見る限り、俺のことは信用していなかったはずだが、そんな相手に名前呼びを許すとは何か心変わりでもしたのか?


「言っただろう。これから長い間一緒にいるんだ。毎度毎度呼ぶ度に察せとでも言うのか? それなら名前で呼ばれる方がよっぽどマシだ」


……そう言われてみれば最もだ。

メルクらしい合理的な理由だな。

名前呼びくらいで警戒を解くわけないか。


「それで、もう行っていいか?」


全身から出発したいオーラが漂うメルク。

さっきの機械生物のこともあるし、これ以上ここに長居しても意味は無いだろうと思い、いつでもいいと呼びかける。

ハグもさすがに出発するべきだと思ったらしく、慌てて俺と同じように声をかけた。


「よろしくね、ノート君」


こうして、エルフと少女とカラスという二人と一匹のまあまずあまり見かけることは無い集団が行軍を開始した。






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