邂逅
はっきりと聞こえた人の声、聞こえた方向を見下ろしてみると何かの建造物らしきところに立つ少女らしき人影と、それに襲いかかる謎の小型の機械生物の姿が。
上空からだと全体はよく見えるが、部分的には見えづらいな。
それにしてもあの機械生物、今まで攻撃することなんてなかったのになぜ急に襲い掛かってるんだ?
あの少女が攻撃を仕掛けたのかそれとも何か別の条件があるのか。
まあいずれにせよ、やっと待望の人間に出会うことができたんだ。
言葉は通じなくても、何か情報が得られるかも知れない。
あの機械生物と戦うリスクはあるが、この機会は逃せないだろう。
そう思い、勢いよくあの建造物に向かって滑空して加勢する。
あの小型の機会生物、俺が近づいた時の無害そうな様子が嘘のように殺意丸出しで手に持つ剣で切り掛かっている。
もうあわや絶体絶命という所だろう、これ、間に合うのか!
その剣身が少女に触れそうになるのと、俺が腕と胴体のパーツの関節を抉ろうとしたのはほぼ同時だっただろう。
ただコンマ数秒、俺の嘴の方が早く貫き、結果として刀身はその人間に触れる直前で止まった。
驚き立ちすくむその少女は何が起こったのか分からないと呆気に取られ、目をぱちくりさせている。
機械生物もさっきまでの動きがうそのように沈静化して動かなくなった。
終わったのか?
そう一瞬考えるが、どうやらそれは早計だったらしい。
『P‥‥‥P P P P 不明ナ攻撃ヲ検知‥‥‥分析中、分析中、鳥類ノ飛来ニヨルモノト確認。速ヤカニ人間ノ排除ヘト移行シマス」
機械生物から機械独特の電子音が聞こえ、続けて嫌な言葉が続けられる。
喋れるのかという驚きはこの際置いといて、あの機械生物の言葉をそのまま受け取ると俺は左腕を潰したのにも関わらず眼中に無いらしい。
それどころか大して何もやってなさそうな少女ばかりが狙われる始末、やはり何か条件があるのだろうか。
どちらにせよ今は少女を逃がすことが最優先か。
「カァ!」
「え?」
呆然としている少女の注意をこっちに向け、爪で彼女を引っ張って逃げるよう促す。
本当は逃げろと叫びたいところなんだが、言葉の通じないこの状態では意思疎通が図れない。
この一ヶ月間言葉を交わす場面が全くなかったので感じなかったが、喋れないというのはここまで不便なのか。
少女も呆然としていたのは一瞬で、すぐに状況を理解して逃げの体勢に切り替える。
左腕は潰したからもう使い物にならないだろうが、また右手が機能している。
もう一度同じことをやろうとするならまた空高くまで昇ることになり、その間に殺されるリスクがある。
だから俺が取れるのはひたすら目元を嘴でつついたりして妨害することなんだが……
『人間、排除 人間、排除』
やっぱり意味ないか。
なんとなく俺のことは気にもとめない予感がしていた。
あわよくば妨害行為で攻撃対象を俺に切り替えることが出来たら少女を逃がすことが出来るのではないかとおもったが、そう上手く事は運ばないようだ。
若干機械生物の方がスピードが早く、さっきの間にとった距離もだんだん縮まってきている。
俺の攻撃ではなんのダメージも与えることが出来ず、奴の邪魔をすることだってできない。
これなら多少のリスクを犯しても上に昇ってまた滑空攻撃をするべきだっただろうか、そんな後悔が頭をよぎるが今はもう遅い。
もう攻撃の間合いに入ったのか、機械生物は右手の剣を振り上げる。
このままでは間違いなく殺されるだろう、一か八かだがこの爪で受け止められるか。
切っ先が少女目掛けて振り下ろされる。
「カァ!」
勢いよく鳴いて自分を鼓舞する。
剣の軌道を見謝れば傷どころでは済まないだろう。
最悪死ぬかもしれない。
だけどここで逃げたら次いつ人に出会えるか分からないし、何より寝覚めが悪い。
剣を爪で受け止める体勢を取る。
だがそんな俺の行動に反して、奴がとったのは予想外の行動だった。
『攻撃対象外の生命体ヲ確認。巻キ込ム恐レアリ。停止 停止』
攻撃が、止まった?
俺がいたから?
でも一体なぜ俺ごと巻き込まない、それとも巻き込めない理由でもあるのか。
そういえば奴は執拗に人間であることにこだわっていた、もしかしたらこれが条件なのか?
その時、俺の体が急に後ろに引っ張られる。
見るとさっきの少女が俺を抱えて逃げようとしていた。
「今のうち、逃げよう」
そうだ、攻撃が止まっている今がチャンスなんだ。
わかっていたのに色々考えていて失念していた。
これだとさっきと立場が逆だ。
「ねぇ。さっきのやつ、もう一度できる?」
それしか選択はないか。
「カァ!」
「お利口だね。私の方は何とかするから、カラスさんも頼んだよ」
何の意味も持たない鳴き声だったが彼女には何が言いたいか伝わったようで、優しく微笑むと俺を空に羽ばたかせた。
急いで上空へと羽ばたく。
高すぎても低すぎてもだめだ、低すぎたら奴に十分なダメージを与えられない恐れがあり、高すぎたらそれだけ彼女にかかる負担が大きくなる。
だから俺が上昇する高さは‥‥‥この辺か。
しかし彼女を逃すにはやはり時間が足りなかったらしい、もう距離は縮められ剣が首元に吸い込まれる。
まずい、間に合わないっ!
その瞬間、死を悟った。
彼女の首が飛んで地面に転がる様子が鮮明に浮かんだ。
しかし彼女の首を飛ばさんとばかりに振り下ろされたその剣身は、空気を切り裂いた。
その後の攻撃も避けて、避けて、その剣は宙を切り裂くばかりだった。
いける、これなら間に合う。
右腕の関節目掛けて勢いよく滑空する。
「首を狙って!」
避ける彼女から指示が飛ぶ。
なるほど、確かに右腕を壊しても奴の攻撃手段がなくなるとは限らない。
全身が機械なんだ、何が起こるか分からないしここで息の根を止めるべきだろう。
ただ問題は、首筋の抉れそうな部分が予想以上に小さくてうまく狙えるか分からないということだろう。
ここで失敗したら彼女の奮闘が無駄になる、また次の機会になんて甘い考えは捨てるべきだ。
狙いを外せば終わり、久しく忘れていた緊張感が体を襲う。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、彼女は足を機械生物の首に引っ掛けると勢いよく引き出して首筋の部分を曝けさせた。
「ここ!」
これなら狙える!
剣で彼女を狙うがもう遅い、俺の嘴が機械生物の首筋を抉り、ついに目元の光も失われた。
倒れ込んだ機械生物はもう動き出す気配はなく、完全に活動を停止したようだ。
今度こそ、本当に終わったんだよな。
命懸けの戦闘が終わって急にどっと疲れが押し寄せてきたのか、うまく右の羽が動かせない。
まるで転生したばかりの時のようだ。
動けないことを察してくれたのか、少女はまた俺をかかえると優しい表情で毛繕いを始めた。
「ありがとう、カラスさん。助けてくれて」
さっきまで命を狙われていたというのに少女はそんなことを気にも留めていないかのようにそう言う。
そのたくましさはどこかメロに似ていて、懐かしい気持ちにさせてくれる。
「あ、怪我してる」
そう言って少女が手を当てたのは丁度右の羽の付け根の部分。
疲れで動かせないと思っていたのはどうやら怪我をしていたかららしい。
「大丈夫? あの人が戻ってきたらきっと何とかしてくれるから」
あの人?
それは一体どんな人物なのだろうか、そう考えようとした瞬間、身体が壁に押し付けられる。
「カァッ!」
気づいたら俺は黒装束の男に掴まれ、締め付けられていた。
「グゥアッ」
首が絞まり、変な声が漏れた。
くっそ!なんで最近訳の分からないことばっか起こるんだよ!
何が起こったのか、一瞬の出来事だった。
考える時間さえ与えられないほどに速いスピード、勝てるような相手じゃない。
風にあおられ、黒のフードが脱げて正体が現れる。
そこに居たのは透き通るまでに白い肌、人間離れした美貌に尖った耳、それは俗に言うエルフという存在であった。