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プロローグ


始めまして! 有象 影楽と言います

よろしくお願いします

 

「あれ、なに?」


 夜空を見上げる誰かがそう言った。

 ぼんやりとつられるように俺も空を見上げる。

 見上げた先にあったのは、星空を走る幾千もの煌々な光の筋だった。


「ノート見て、流星群よ」


 同じように空を見上げた彼女ーーメロが俺のことを呼んで言う。


「うわっ、すごいな」


 この街にもう17年近く住んでいるけれど、こんなに綺麗な流星群は見たこともない。

 周りにいた人々も、気づいたら歩みを止めて空を見上げていた。

 綺麗だねぇだとか、珍しいねぇだとか、そういった感想が周囲を飛び交う。


 流れ星に願い事をすると願いが叶うという説話がある。

 幽霊や都市伝説といった類のものは全く信じない派だが、この日ぐらいは信じてあの星々に願いを運んでもらえるようにお願いしてもいいんじゃないか、そう思って俺は手を結び願いを唱えた。


『ずっとメロといられますように』


 メロとは生まれた時からの幼馴染で、親友で、そして大切な俺の彼女だ。

 だからもしも星が願いを運んでくれるなら、どうかメロと一緒にいさせてください。



 しかし、世界は俺が思っているよりもはるかに残酷だった。

 説話はあくまでも説話であり、星が願いを運ぶことはない。

 それどころか星は願いの代わりにそこ知れぬ絶望を運んだ。




「ーーあれ、落ちてきてないか?」


 そんな言葉が聞こえてきたのは、願い事をした直後だったと思う。

 物騒な言葉が聞こえてきて、流れる星にもう一度目をくれようとしたところでーーー辺りが眩い光に包まれた。


 え、と誰かが言った言葉が妙に耳に残った。

 あるいはそれは無意識のうちに自分が出した声だったのかもしれない。


 世界が反転し、身体が四方八方に引っ張られて凄まじい激痛が俺を襲う。

 さらに強まる光がそのまま身体を呑み込んで‥‥‥そこで俺の意識は終わった。






 〆 〆 〆




 もやもやとしていた意識が形作り、頭が急に鮮明になる。

 瞼の隙間にかすかな光が差し込み、つい先ほど我が身に降りかかった出来事を想起する。


 思い出すのは最愛の彼女の顔と、辺りを襲った眩い光、何が起こったのかを確認しようと伏した身体を起こそうとしたところで、言葉にならない悲鳴が喉から漏れ出た。


「っっっっあ!!」


 身体中が焼けた熱で押さえつけられてるかのように痛み、右腕は捻れて今にも千切れかけていた。

 そしてそれを自覚して、また猛烈な痛みが襲う。


「うあああああ!!!!」


 色々と考えなくてはならないことがあるはずなのに、痛みが脳内を支配してしまって何も考えられない。

 いっそこのまま楽になってしまおうか、そんな考えすら頭によぎってしまう。


「お、ち着け、ぐっっ! 誰か、誰か助けてくれ!」


 もう成人したというのに、痛みと混乱で涙の決壊を止められない。

 千切れかけて繋ぎ目が糸のように細く、風が吹くだけでブランブラン無機質に揺れる腕がどうしようもない恐怖を味合わせる。


「はぁ、はぁ、た、頼む。誰でもっ、いいから、早く来てくれ!」


 懇願、どうすればいいかも分からず縋り付くようにそう嘆く。

 そして訳もわからず周りが何も見えていない俺の耳にはーー


 ”どさっ”


 何かおおきいものが近くで倒れた音がした。

 嫌な予感がする。

 見るなと、脳が俺に訴える。

 それを見れば俺は終わる、耐えられなくなる、そういう予感があった。


 だけど俺は、やはりそれを見てしまった。


「うあああああああ!!!!」


 そこにあったのは、さっきまで隣にいたはずのメロの上半身だった。


「ち、違う、そんなわけがない。見間違いだ」


 さっきまであれほど動かせなかったというのに、その死体の元まで一心不乱に身体を動かす。

 見間違いであってくれ、生きていると言ってくれとそう願いながら。


「あ、ああ、そ、そんなわけが、だってさっきまで生きてて」


 近くで見た死体はやはりメロのものだった。

 幼少の頃から一緒に過ごしてきたのに見間違うはずもない。


メロが、死んだ?

さっきまであんなに楽しそうに笑ってくれてたのに。

そんなことがある訳、そうだ、これはタチの悪いドッキリなんだ。


「ドッキリなんだろ? おいメロ、ホントは生きてんだろ? 俺を驚かせようとしてんだろ? 何とか言えよ、おい! 早く答えろよ! メロ! メロ! 黙んなって! おい!」


そういくら呼びかけても、返事は返ってこない。


「なんで答えないんだ? ……あぁ、そうか。これは、メロじゃないんだ」


これは紛れもなくメロの死体だ。


「違う! メロじゃないんだ! 生きてんだよメロは!」


頭では理解しても、感情がそれを認められない。


「うあああああ!!!!」


この感情をどこに向ければいいのか分からない。

頭が冴え渡ってくるほど、その事実が重くのしかかってくる。

こんな場所にいたくない、この現実を受け止めたくない、

そう思いこの場所から逃げようと後ろに後ずさった。


 そして絶望とは重なるものである。


「え?」


 何か小さいものに、引っかかった。

 普段なら引っかかったくらいならコケやしなかった。

 ただ腰が抜けかけていた今は、そんなものでも身体が倒れてしまう。


 ブチっと、何かが切れる音がした。

 嫌な音だった。

 その正体がなんであるのかを知っているはずなのに、それを受け止めたくなかった。

 右腕から迫る焼けるような熱がその正体を裏付ける。

 そこから目を背けようとあらぬ方向を向いて、それが落ちているのを発見した。

 20年弱、ずっと繋がっていた俺の右腕だった。


「は、ははは」


 乾いた笑いが思わずこぼれてしまう。

 人は限界を越えると何かが壊れてしまうらしい。

 相変わらず焼けるような熱が右腕の付け根から押し当てられる。

 そうであるのに、もう何も気にならなくなってしまった。


 ともあれそれを怪我の功名と呼んでいいのかわからないが、それが今の俺を落ち着かせて周りを見渡す余裕を与えてくれた。


「……地獄だ」


 思わずそう呟いてしまうほどの惨状がそこには広がっていた。


 街を守っていた城壁や人々の住んでいた石造の街並みは跡形もなく更地に変わり、代わりに広がるのは大小様々な無数のクレーターと、満遍なく転がるいくつもの死体。


 突如降り注いだ自然災害は俺の全てを奪っていった。


 砂塵が漂いあまり遠くまでは見えないが、どこまでも同じような感じなのだろうとは予想できた。

 そしておそらく、他の生き残りもいない。

 もしかしたらまだ気絶して眠っているだけの可能性もあるが、この惨状を見るに俺が生き残ったのが奇跡だと思った方が納得できる。


 そしてそれはつまりーー


「ふふ、フハハ、そっか、そうなんだ。メロも、父さんも、母さんも、みんな死んじゃったのかぁ。はっはははは‥‥は。」


 ぽきっ


 涙はこぼれない。

 代わりに胸の奥の何かが折れる。


「メロも死んだのに、なんで俺だけ生きてんだろ。……死のう」


 思わず胸の内から漏れ出た言葉。

 しかしそれは胸の内からかすかにこぼれた、呟きだった。

 そう、当然その呟きに応える物など誰もいないはずなのにーー


「そう死に急ぐなよ、青年」


 後ろから声が聞こえた。

 さっきまでその場所には誰もいなかったはずなのに、そこにいたのは奇妙な杖に背負われるような格好をした壮年の男だった。


「‥‥‥誰だよあんた」


 この男は生存者ではない。

 こんな男を町中で見たこともないし、そもそも身なりが綺麗すぎる。

 もし俺のように運良く生き延びられたのなら、傷の一つや二つぐらい負うはずだ。


 あまりにも不気味だった。


 いきなりよその人間が現れたのもそうだが、それよりもなぜこの状況でそんなに軽薄な笑みを浮かべていられるのか。

 こんな惨状を見たらもっと別の反応をするはずで、まるでさもこの風景を分かっていたかのような振る舞いが、とてつもなく恐ろしかった。


 男は相変わらずとってつけたような薄っぺらい表情で、その面様と同じような曖昧な答えを返す。


「やめときなよ、聞かない方がいい」


 もったいぶった答えに、少し苛立ちを覚える。

 明かせないのならばそう言えばいいのに、その気取った返し方をするのはなんなのだろうか。


 男はそんな俺の苛立ちを機敏に感じ取ったのか、慌てたような表情で言葉をつづける。


「ああ、別に僕の身分が明かせないとかじゃないんだ。ただ明かしてしまえば、僕は君を殺さなければいけなくなる」


 会話の雲行きが怪しくなっていく。

 得体の知れなかった男のベールが段々と剥がれていくようで、この続きを聞いてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。


 感情の濁流で麻痺していた全身が何かに呼応するかのように激しく痛み始める。

 呼吸が乱れ、涙がこぼれ、立っているのもままならなくなる。


 だが俺はこの先を聞かなければならない、その先に何があろうとも、それを聞かなければならない気がした。


「黙れ! お前は、何者だ!」


「‥‥‥聞くのか。それとも、彼がそう望んだのか。どちらにせよ、黙秘じゃ君は納得しないか」


 そう言葉を綴って、一呼吸置く。

 その数秒にも満たないはずの沈黙がとても長く、しかし言葉は続けられた。


「僕の名前はイブ。インヴァード帝国、八逆(レビリオン)の第一帥にして‥‥‥この街を滅ぼしたものだ」


「あああああああああ!!!!!!!」


 怒りが身体中を駆け巡り、憎悪で頭がどうにかなりそうになる。


 コイツが母さんの、父さんの、メロの命を奪った。


 この状態でなにができる、コイツはたった一人で街を滅ぼしたやつだ、勝てるわけがない。

 そんなことはわかっている。

 でもこいつはメロの仇だ。

 そのまま逃げるなんてできるわけがない。


 武器も持たずがむしゃらに突進する俺の左腕が突如切れる。

 痛みなんて今は気にするな。

 なにが起こったかなんてどうせ考えてもわかるわけがない。

 今はコイツに一発入れてやることだけを考えろ。


「ッ‥‥‥いかれてるねぇ!」


 それでも構わず突進する俺を見てそう呟く。

 頭のネジなんて当の前に吹っ飛んでいる。


 ついに両足も切断される。

 しかし俺とコイツの距離もそう離れているわけではない。

 そのまま勢いを利用してその喉仏を噛みちぎってやろうとしてーーー


「惜しかったね」


 視界が爆ぜた。

 最後に見えたのは静かに横たわるメロの顔だった。













 爆発によって散り散りになったマグの跡形を見て、イブは法悦した表情で呟く。


「もうすぐだ」


 その呟きは誰にも届くことなく、やがて砂塵と共に消え去っていった。






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