真剣ゼミのお陰で勉強もスポーツも絶好調! 可愛い彼女もできました!
「コラ玖織流! 何なのこの点数はッ!」
「ゲッ」
テーブルの上に母さんが並べたテスト用紙を見て、思わず大金を失った時のカ〇ジみたいに目の前がぐにゃあっとなった。
そこには芸術的とも言えるほどに、見事に赤点オンリーの数字が並んでいる。
そんなッ!?
ちゃんとベッドの下に隠しておいたはずなのに、何故それがここに!?
「フン! あんたの隠しそうな場所なんて、あんたが私のお腹の中にいる時からお見通しなのよ! ついでにこれも発掘しておいたわ」
「――!!」
母さんは俺の秘蔵のセクシーな書物をテストの横に置いた。
ノオオオオオオオオウ!!!!!
「プライバシーの侵害だッ! 次は法廷で会おう!」
「赤点しか取れないやつに人権なんかないのよ。――とはいえ安心なさい、私が手を打っておいてあげたから」
「は?」
どゆこと?
「これよ!」
「――!」
母さんは俺の秘蔵のセクシーな書物の上に、一枚のパンフレットのようなものを叩きつけた。
ちょっと!!
俺の秘蔵のセクシーな書物は大事に扱ってくれよッ!
「……ん? 『真剣ゼミ』?」
そこにはデカデカとした字で、『真剣ゼミ』と書かれていたのである。
何これ?
「まあ所謂家庭教師みたいなものよ。感謝しなさいよね、これ結構高かったんだから」
「もう申し込んじゃったの!?」
俺に断りもなく!?
俺家庭教師なんて、絶対ヤだぞッ!
――その時だった。
ピンポーンという無機質なチャイム音が玄関から響いた。
「おっ、早速真剣ゼミの方が来たみたいね。玖織流、あんた出迎えなさい」
「もう来たの!?」
展開が早すぎて処理しきれないんだけど!!
「さあさあ、相手の方をお待たせするんじゃないよ。さあ」
「う、うわっ!?」
母さんに物理的に背中を押され、俺は半ば強制的に家庭教師を出迎えることになってしまった。
HEEEEYYYY。あァァァんまりだァァアァ。
――が、玄関を開けると、そこには、
「はじめまして。田宮玖織流殿のお宅でよろしかったでござるか? 拙者は真剣ゼミから派遣されてきた、羽村抜実と申す者でござる」
「――!!?」
侍みたいな格好をして、腰に日本刀の大小を差した、目を見張るような美人が佇んでいたのである。
えーーー!?!?!?
この人が家庭教師なの???
コミケ帰りのコスプレイヤーじゃなくて???
「あらあらよくぞおいでくださりました羽村さん。こちらが不肖の息子の玖織流です。どうか心身ともに一から鍛え直してやってくださいな」
「拙者にお任せくだされ奥方! 必ずや玖織流殿を、一人前の益荒男にして御覧に入れるでござる!」
益荒男ってリアルで使ってる人初めて見たよ……。
「では早速拙者と一緒に来ていただきたいでござる玖織流殿」
「え?」
羽村さんは俺に背を向け、スタスタと歩き出してしまった。
あれ???
勉強って家でやるんじゃないの???
「さあさあ、羽村さんをお待たせするんじゃないよ。さあ」
「う、うわっ!?」
またしても俺は母さんに物理的に背中を押され、渋々羽村さんの後についていくことに。
とはいえ、思いがけず美人と二人で出歩くことになった俺の心は、少しだけ弾んでいた。
――が、それが甘い幻想であることに、俺はすぐ気付くことになる。
「うむ、ここがちょうどいいでござるな」
そして俺が連れて来られたのは、近所にある小さな空き地。
こんな人気のない場所でいったい何を?
……ま、まさか、益荒男にするって――エッチな意味ですかッ!!?
初めての益荒男が野外とか、価値観歪んじゃいそうッ!!
「さあ玖織流殿、これを」
「え?」
が、そんな期待をよそに、羽村さんは長いほうの日本刀を俺に手渡してくる。
「っ!?」
その日本刀は、レプリカにしてはズシリと異様な重さだった。
「あのぉ羽村さん、これは」
「その刀を抜いて、構えてほしいでござる」
「は、はぁ」
唯々諾々とそれに従う俺。
――が、鞘から抜いて現れた刀身には、思わず吸い込まれそうになるくらい綺麗な刃文が浮いており、これは本当にレプリカなのだろうかという疑問が益々膨らむ。
「ではいくでござるよ玖織流殿」
「ほ?」
同様に刀を抜いて構える羽村さん。
は、羽村さん??
「チェストオオオオオオオ!!!!」
「ぬおわぁっ!!?」
次の瞬間、鬼気迫る勢いで斬り掛かってきた。
いくらレプリカとはいえ、こんなのをまともに喰らったら大怪我だ!
俺は咄嗟に横に避けてそれを躱した。
――が、
「なっ!!?」
「フフッ、今のを躱すとは、なかなか筋がいいでござるな玖織流殿」
俺の後ろに生えていた竹藪の竹が、スッパリと一刀両断されていた。
えーーー!?!?!?
「は、羽村さん、もしかしてこれ、レプリカじゃないんですか……?」
「もちろんでござる。――これは紛れもない真剣。真剣を使うから、『真剣ゼミ』なのでござる」
「――!!!」
銃刀法違反ッ!!!
「大丈夫でござるよ。ちゃんと国に許可は取ってあるでござるから」
「そんなバカな!?!?」
一介の家庭教師派遣会社にそんな許可が下りるとは、到底思えないんですが……。
それとも真剣ゼミって、俺が思ってるよりとんでもない会社なのか……?
例えば漫画とかでよくある、政府が裏で組織してる秘密機関みたいな?
「それでは問題でござる。1560年、織田信長が寡兵で大軍を撃破した戦いといえば?」
「急にどうしたんですか!?!?」
羽村さんの言動がブッ飛びすぎてて、マジで頭がパンクしそうなんですけど!?
「答えは『桶狭間の戦い』でござる。チェストオオオオオオオ!!!!」
「ぬひぃっ!!?」
またしてもチェストしてくる羽村さん。
間一髪それを刀で受ける。
「フフフ、これも受けるとは。どうやら玖織流殿には天賦の才があるようでござるな」
「それよりも、さっきの歴史の問題みたいなのは何なんですか!?」
「そのものズバリ歴史の問題でござる。真剣ゼミの目的はあくまで玖織流殿の学力アップ。こうして真剣で打ち合いながら問題を解くことによって脳がフル稼働し、記憶の定着が増すのでござる」
「本気で言ってますかそれ!?」
何そのM〇Rとかに出てきそうな謎理論!?
「もちろん玖織流殿のほうからも攻撃してきていいでござるよ。これは文字通り真剣勝負なのでござるから」
「――!!」
羽村さんからユラリと殺気が立ち上る。
ダメだ!
この人多分ただのバーサーカーだこれ!
「さあさあこないならこちらからいくでござるよ! 問題、窒素は空気中におよそ何%存在するでござるか? チェストオオオオオオオ!!!!」
「全然問題に集中できないッ!!!」
こうして俺はここから小一時間ばかり、文字通り必死に勉学に励んだのである。
「う、うおおおおお……!!」
そして心身ともに限界がきた俺は、最後の力を振り絞って羽村さんに大振りで斬り掛かった。
――が、
「フフッ、甘い! ――――訃舷一刀流剣技――【山茶花】」
「っ!!?」
俺が振り下ろした刀は羽村さんに横から弾かれ、俺の刀は竹藪にすっ飛んでいってしまった。
「い、今のは……」
「フフッ、拙者が師事している訃舷一刀流の剣技が一つ【山茶花】。【山茶花】は相手の斬撃を真横から弾くことによって武器を吹き飛ばす、制圧に長けた技でござる」
「な、なるほど……」
今更だけど、羽村さんはいったい何者なんだろう……?
ひょっとして江戸時代から現代にタイムスリップしてきた侍とか……?
「さて、今日は初日でござるし、この辺でお開きとしておくでござる。しっかり後で復習しておくのでござるよ?」
「……はぁ」
それは勉強と剣術、どっちの復習ですかね?
「それにしても、初日に拙者とここまで打ち合った武人は玖織流殿が初めてでござる! これはとんでもない逸材を見付けてしまったかもしれないでござるな!」
「……!」
羽村さんがキラッキラした目で俺の手を強く握ってくる。
おおおおおお!?!?
大分距離感近くないっすか羽村さん!?
「ではまた明日、今日と同じ時間にお迎えに上がるでござる! それでは!」
「あ、はい」
刀を回収した羽村さんは、満面の笑みでブンブン手を振るとクルリと背を向け、そのままスタスタ帰っていった。
嵐みたいな人だったな……。
てかこんなことが毎日続くのか……?
果たして俺は、五体満足で高校を卒業できるのだろうか?
――だが、今まで何をやってもどこか満ち足りなかった俺の心に、この時小さな炎が灯ったような気がした。
せっかくだから、少しだけ頑張ってみるかな。
こうして俺はこの日から、羽村さんと毎日真剣勝負をすることになったのである。
――そして瞬く間に二ヶ月が過ぎた。
「では問題、1588年に制定された、農民の武器の所有を放棄させた法令といえば? チェストオオオオオオオ!!!!」
「くっ、か、刀狩令!」
羽村さんのチェストを刀で受けながらそう答える。
「……フフッ、正解でござる。これで明日のテストはバッチリでござるな」
「そ、そうですかね?」
肩で息をしながら必死に呼吸を整える。
確かにこの地獄の二ヶ月を乗り越えたお陰で大分集中力もついたし、頭の回転も早くなったような気はする。
……だが、今までずっと赤点続きだった俺が本当にいい点が取れるのか、一抹の不安が拭えない。
「大丈夫、今の玖織流殿は立派な益荒男でござる。拙者が太鼓判を押すので、自信を持つでござる!」
「は、羽村さん!?」
羽村さんに強く手を握られながら、鼻と鼻が付きそうなくらいの距離でそう言われる。
いやこの人はッ!
多分これを天然でやってるんだからタチが悪いッ!
「……わかりました。精一杯頑張ってきます」
「フフッ、応援してるでござるよ」
ヒマワリみたいな笑顔を向けてくれる羽村さん。
――これは、羽村さんのためにも負けられねーな。
俺は生まれて初めて、真剣にテストに向き合う気になった。
――そして迎えたテスト当日。
こ、これは……!?
テスト用紙を捲った俺は、思わず目を見張った。
そこにはどれもこれも、真剣ゼミでやった問題ばかりが並んでいたのである。
解ける、解ける、スラスラ解ける……!
頭で考えるよりも先に、指が用紙に答えを書いているような感覚だった。
一流スポーツ選手がたまになるという、『ゾーン』に入った状態とでもいうのだろうか。
一切の雑音が消え、世界に俺とテスト用紙しか存在していないかのようだ。
これが真剣ゼミの力……!
凄い……!
真剣ゼミは凄い……!
――こうして俺は、自分でも信じられないくらい順調に、全科目のテストを終えたのである。
「お、おぉ……!」
返却されたテスト用紙を見て、感動のあまり泣きそうになった。
何と全科目90点超え!
歴史に関しては、まさかまさかの100点満点であった。
「あらあら凄いじゃない田宮くん。田宮くんて、やればできる子だったのね」
「か、茅野さん……!?」
隣の席の茅野さんが、うっとりとした瞳で俺を見てくる。
茅野さんの髪はサラサラの黒髪ロングで常におっとりした空気を纏っており、とても高校生とは思えないくらい雰囲気が大人びている。
目元のほくろもセクシーで、『お姉さんにしたいクラスメイト』ランキングで堂々1位の座についているくらいだ。
いや、『お姉さんにしたいクラスメイト』って何だよって話だが……。
「まあ、たまたまだよ、たまたま。ははは」
「うふふ、またまた謙遜しちゃって」
この後茅野さんとの雑談に花が咲き、自分でも信じられないくらいいい空気が俺たちの間に流れた。
おお、やっぱ勉強ができると、こんないいことがあるんだな……!
――だが、俺の快進撃はこれだけにとどまらなかった。
午後の体育の授業でのこと。
「ヘイ! 田宮パス!」
「――!」
サッカーの試合で俺にパスが回ってきた。
今までの俺だったらドリブルすらまともにできずあわあわするところだったが、この時の俺は不思議と負ける気がしなかった。
「なにィ」
立ち塞がる相手選手を華麗にフェイントで躱すと、一人、また一人とドリブルで抜き去っていく。
この二ヶ月の修行で、俺は相手の筋肉の流れを読む力を身に付けていた。
一瞬見ただけで、相手の体重がどちらに偏っているのかがわかる。
その反対側を抜けばいいのだから、こんなのヌルゲーだ。
こちとら文字通り真剣勝負をくぐり抜けてきたんだから、ザ〇とは違うのだよ、ザ〇とは!
「なにィ」
そのままゴールキーパーが体重を傾けているほうと反対側にシュートし、見事ゴールを決めたのである。
「凄い! 凄いわ田宮くん!」
茅野さんが手をパチパチと叩きながら歓声を上げてくれる。
――この日俺は、ハットトリックを成し遂げたのであった。
「そ、そうでござるか。そ、それはよかったでござる、な」
その日の放課後。
いつもの空き地で羽村さんに今日の報告をしたところ、テストとサッカーで目覚ましい成果を上げた点にはとても喜んでくれたものの、茅野さんから褒められた話をした途端、露骨に羽村さんの表情が曇った。
むしろ若干泣きそうにさえなっている。
「玖織流殿の魅力にその茅野殿が気付いてくれて、せ、拙者も嬉しいでござる。どうかその茅野殿と、幸せになってほしい、でござる……」
羽村さんが握り締めた拳は、プルプルと震えている。
羽村さん……。
「いや、俺は茅野さんとは付き合いませんよ」
「えっ!?」
「――だって、俺が好きなのは羽村さん、あなたですから」
「――!!!」
瞬間、羽村さんの顔が茹でダコみたいに真っ赤に染まった。
「す、すすすすす、好き!?!? 今拙者のことを、す、好きと言ったでござるか玖織流殿!?!?」
「ええ、ハッキリとそう言いました。俺がここまで来れたのは、紛れもなく羽村さんのお陰です。――俺は羽村さんのことを心の底から尊敬していますし、そしてこの世の誰よりも大好きなんです!」
「……!! 玖織流殿……」
羽村さんの綺麗な瞳が、うるうると揺れる。
「だから今から俺と、真剣勝負をしてください!」
「――!」
俺はいつもの真剣を構え、羽村さんに相対した。
「そしてこの勝負に俺が勝ったら、俺と付き合ってください!」
「……フ、フフッ、面白い。拙者も弱い男に興味はないでござる。やるからには本気でいかせてもらうが、いいでござるな玖織流殿?」
「望むところです」
羽村さんの目が侍の目になった。
うん、やっぱ羽村さんはこうでないと。
「では参るでござるよ。――チェストオオオオオオオ!!!!」
「――!!!」
鬼神の如きオーラを纏った、羽村さんの上段斬りが俺を襲う。
そのスピードは今までとは桁違いで、やはり普段の羽村さんは手加減してくれていたのだということがありありとわかった。
――だが、俺だって。
「――――訃舷一刀流剣技――【山茶花】」
「――!!!?」
振り下ろされた刀にジャストタイミングで【山茶花】を当て、羽村さんの刀を竹藪にすっ飛ばした。
「そんな、まさか、いつの間に……」
「へ、へへ、ぶっつけ本番でしたけど、何とか上手くいきましたね」
実は初めて羽村さんに【山茶花】を見せてもらったあの日からずっと、毎日陰で【山茶花】の練習をしていたのだ。
とはいえ正直一か八かの賭けだったが、何とか当たりを引けたみたいだ。
マジで俺、剣術の才能あったりするのかな?
「うっ……!」
「く、玖織流殿!?」
が、やはり身体は相当緊張していたのか、気持ちが緩んだ瞬間、とても立っていられないレベルの立ちくらみが襲ってきた。
俺は刀を落とし、そのまま前のめりに倒れそうになる。
――が、
「玖織流殿ッ!」
「――!!?」
すんでのところで、羽村さんにギュッと抱き締められた。
えーーー!?!?!?
は、羽村さん、メッチャいい匂いするうううううう!!!!
「大丈夫でござるか玖織流殿!?」
「あ……はい。大丈夫、です」
鼻と鼻が付きそうなくらいの距離に、羽村さんの顔が……!
その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「でも、勝負は俺の勝ちってことで、いいですよね?」
「フフッ、もちろん、悔しいが拙者の負けでござる」
満面の笑みでそう答える羽村さんは、全然悔しそうには見えない。
「じゃあ、俺と――」
「うん。――拙者も玖織流殿のことが――好きでござるよ」
「――!!」
羽村さん……!!
「……ん」
「っ!?」
ゆっくりと瞼を閉じる羽村さん。
俺はそんな羽村さんのぷるんとした唇に、そっとキスを落とした。
――真剣ゼミのお陰で勉強もスポーツも絶好調! 可愛い彼女もできました!
――後日談。
「フッ、今日は諸君に転校生を紹介しよう」
「今日からこのクラスでお世話になる、羽村抜実と申す者でござる」
「――!?!?!?」
そこには我が校の制服を着て、腰に日本刀の大小を差した羽村さんが、凛と佇んでいた。
「よろしく頼むでござるよ」
「……」
そして俺に向かってウィンクを投げてきたのである。
――いやタメだったのかよッッ!?!?!?!?
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
そちらをお読みいただければ、真剣ゼミの実態が何となくわかるかもしれませんので、よろしければご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)