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pier3 BBQ何キロ食べる?

 



 冷静に考えれば腹が減るのも当然だった。甲和女子を出発した時点で午前十時半、最寄りの葛西海浜公園駅に着いたのは十一時過ぎ。逃げ場のないカンカン照りの下、時計の針はまもなく正午の境目を跨ごうとしている。

 食事処を探そう。

 甲和女子高校生徒会執行部は、無言のうちに全会一致で決定を下した。


「橋のたもとにカフェがあったよね。でっかいガラス張りのやつ」

「クリスタルなんとかってところ?」

「あそこ、さっき通りかかった時点で満員だったですよ。外に行列できてたもん」

「最寄りのレストランはどこかしら」

「水族園の近くみたいです」

「それって近いの?」

「地図アプリに言わせれば……徒歩八〇〇メートル」

「無理! そんなに歩けない! 暑すぎて死んじゃう!」

「そうは言っても、この島にはレストランなんて見当たらないし……」


 強烈な日差しに痛む目で、里花子は周囲を眺め回した。たちまち、風に乗って漂ってきた殺人的な肉汁の匂いが、里花子の胃に巨大な刃を突き立てた。きゅるる……と空きっ腹がいななく。あんたもか、と言わんばかりの目で悠紀たちがこちらを見た。

 葛西海浜公園ではバーベキューができるらしい。現に里花子たちの目と鼻の先では、十組ほどのグループがコロニーを作ってバーベキューを楽しんでいる。問題は、食材も機材も自分で持ち込まねばならないことだ。レンタル機材の提供も行っていないらしい。つまり、通学用のカバンだけを携えてやってきた行き当たりばったりの里花子たちは、バーベキュー可能エリアを前にしても()すすべがない。


「……あそこの中学生だけでバーベキューやってるグループ、脅したら食べ物とか分けてくれるかな」


 がるる、と牙をむき出しにした悠紀が、猛禽よろしく鋭い目で群衆を見渡す。すかさず「やめなさい」と怜菜がたしなめた。


簒奪(さんだつ)はよくないよ。きちんと買収交渉をしないと。そうね、五十万円も出せば機材も食材もまとめて買い取れるかしら」

「その発想も大概なんだよ、怜菜……」


 そもそもどこから五十万円を出してくる気なのか。溜め息交じりに突っ込みを済ませつつ、里花子は橋の向こうの陸地に目をやった。蜃気楼で景色が揺れている。いや、空腹と日射病で視界がぼやけているのか。いずれにしてもこの炎天下を長時間うろつくのは肌にも健康にも悪そうだ。

 迷っている時間の猶予はない。もはや、八〇〇メートル先のレストランよりほかに頼るあてはないか──。諦めて歩き出そうと踏みかけた一歩が、ふと、止まった。

 斜め向こうでバーベキュー機材を囲んでいるグループに目が留まっていた。


「──ちょっとー、もう食べないの?」

「食材まだこんなに余ってるんだけど」

「うちらもう満腹なんだよー」

「お前ら二人で食べていいよ。ちょっと遊んでくるわ」


 トングを持っている二人を残して、十人ほどのメンバーがぞろぞろと海に向かって歩き出しつつある。背格好からして大学生のようだ。残された二人は困り果てたように顔を見合わせ、出番を失った食材のトレーを見つめている。

 里花子は四人を振り仰いだ。


「──チャンスね」


 不敵に目を光らせた怜菜が前へ出た。颯爽と砂浜を踏み、二人のもとへ向かってゆく。途中で彼女がカバンから怪しげな紙の束を取り出すのを里花子は見た。嫌な予感がした。


「そこのお二方」


 怜菜の言葉に二人が目を上げた。里花子たちが追いついていないのも気に留めず、怜菜はさっそく交渉を始めてしまった。


「余っている食材と機材、三十万円ほどでお譲りいただけないかしら」

「だから買収交渉するな──ッ!」


 全速力で懐に飛び込んだ里花子は、怜菜の手に握られていた小切手を没収した。




 牛肉、豚肉、ソーセージ、玉ねぎ、ピーマン、人参。

 色とりどりの食材は貝殻よりも(うるわ)しい。

 美味しい美味しいと舌鼓を打つ悠紀たちを、大学生の二人は眩しげに眺めている。二人はインカレ吹奏楽サークル『Reunion(リユニオン)』の代表と副代表を名乗った。毎年恒例の交流会の一環として、サークルメンバー十数人で葛西海浜公園を訪れている最中だったらしい。


「あなたたちが来てくれてよかったよ。せっかくの食材を捨てちゃうのもなー、って話してたところだったしさ」

「こちらこそ本当に助かりました。私たち、お金以外に何も持ってなかったので……」

「見りゃわかるよ。制服と通学カバンだけだもんな」

「可愛い制服だよねー。どこの学校?」

「その、甲和女子っていうところなんですけど」

「あ、知ってる! なんか生徒がハイタッチするんでしょ」


 里花子はソーセージを喉に詰まらせかけた。あの学校で暮らしていると自然なことに思えるが、改めて指摘されると大変に気恥ずかしい。いまどき、どこのお嬢様学校でも独自のあいさつ文化なんて廃れているだろう。ましてやハイタッチである。

 代表の女性が「ちょっとやってみせてよ」と煽る。顔を見合わせた瑛子と麻希が、そっと箸を左手に持ち替え、右手をかざして打ち合わせた。ぱちんと音が浜辺に響き渡った。


「へぇー。可愛いなぁ。うちの高校はこういうのなかったからさ、なんか新鮮!」


 代表の頬は緩みっぱなしだ。ある方が変ですよと突っ込むのも野暮に思えて、そっと里花子は口をつぐんだ。


「皆さんはどこの大学に?」

「インカレだからみんな別々だよ。うちは青松(せいしょう)学舎(がくしゃ)大学ってとこ」

「私の志望校だ……」

「マジ? 嬉しいなぁ! 先輩後輩になれたらよろしくね。うち、国際政経学部の鹿骨(ししぼね)しのぶって言います。この団体では学指揮やってるの」

「馬の骨って呼んでいいよ」


 即座に付け加えた隣の副代表が、喜色満面な鹿骨の回し蹴りを腰に食らって悶絶した。神田橋(かんだばし)大学三年生、大杉(おおすぎ)和哉(かずや)。担当楽器はチューバだという。もちろん楽器を持ってきているわけではない。二人とも水着に上着を羽織り、日焼け止めもしっかり塗っている。制服姿のまま勢いだけで海へ突撃した里花子たちとは訳が違うのだ。

 勢い──か。

 噛みしめたカルビの香ばしい肉汁に震えながら、まぶしい空を里花子は見上げた。

 思えば、いつから行動計画を立てることが当たり前になったのだろう。小学生の頃は誰かの掛け声ひとつで集まって、誰かの思い付きで行動するのが常だった。運河の跡を利用した親水公園、駅前の賑やかなアーケード街、菖蒲園、かくれんぼにもってこいの巨大な団地。思い付きで走り出した先には、いつだってキラキラ光る魅力的な遊び場があって、小難しいことなど何ひとつ考えずに遊び惚けていられたのに。

 でも、それがきっと、大人になるってことだ。

 責任ある大人は自分勝手には生きられない。

 どんなに泣いても藻掻いても、子供を卒業する日はいつか必ず訪れる。


「──輩! 先輩! ねー聞いてました?」


 悠紀の声で里花子は我に返った。


「ごめん、どうでもよさそうで聞いてなかった」

「ひどい! しかもしゃべってたのあたしじゃないし! 馬っ……鹿骨さんだし!」


 トングを握った鹿骨の瞳が不気味に光る。どう考えても悠紀が悪いが、ともかく慌てて「すみません」と頭を下げた。彼女は「ううん」と相好を崩した。


「制服姿だと遊びにくそうだなって思って、水着を売ってるお店を教えてあげてたの」

「この近くにあるんですか?」

「来るとき葛西臨海公園駅で降りたでしょ? あそこの駅ビルの二階にね、すっごく可愛い水着を揃えてるお店があるんだよ」

「今年できたばっかりなんだってさ。しかも女性人気の高いcollage(コラージュ)の系列だぜ」


 ようやく悶絶から回復した大杉が付け加える。

 里花子は汗だくの制服をつまんだ。このまま一日中この浜辺で遊ぶにせよ、そうでないにせよ、一時的な着替えも兼ねて水着を調達するのがベストに思えた。もっとも、水着を買えるだけの予算をみんなが持っていればの話だが──。


「…………」


 悠紀が無言で怜菜を見た。

 瑛子も、麻希も、怜菜を見上げた。

 当の怜菜だけが状況を理解していなかった。ひとり黄金色の肉を夢中で頬張りながら、彼女は「美味しい! どこの牛肉ですの? 神戸? 松坂?」と目を輝かせている。鹿骨が笑顔のまま黙って格安スーパーのシールの貼られたトレーを捨てるのを里花子は見逃さなかった。







「二度とやらないって約束するなら許す」

「無実の罪で撃たれたあたしへのソフトクリームという名の償いはないんですか……?」


 ⊿次回「pier4 鼻血に濡れて水鉄砲に濡れて」




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