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 ハイタッチは、2人が互いの手のひらを顔や頭の高で合わせて叩きあう動作。明るい挨拶や、自賛を他人に伝える場面、また称賛や祝勝を分かち合う仕草でもある。

 ハイタッチは和製英語であり、英語圏ではハイファイブ(英語: high-five)と呼ばれ、動作時に"Give me five"、"High-five"など声を掛けることもある。



 ──引用:Wikipedia「ハイタッチ」項

   (2021年8月10日閲覧)

   https://ja.wikipedia.org/wiki/

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挿絵(By みてみん)





 



 ──みーん、みーん、ジーワジーワジーワ。

 暑苦しいセミの合唱が耳にこびりつく。


「あー……もう……」


 一色(いっしき)里花子(りかこ)はパソコンの前で頭を抱えた。短く切った髪の裏側に汗がにじんでいる。鬱陶しい、暑苦しい、頭が痛い。わずか三十畳ほどの面積の生徒会室は今、この小さな頭を痛めつける物事にあふれていた。無数に積まれた資料の山、窓の外から殴り込んでくる刺激的な陽光とセミの攻勢、エアコンの吐き出す頑強な冷気、仕事もしないでぐったりしている後輩。


「あのねぇ……いつまでそうやってるつもりなの、あんたたち」


 苛立ちを隠すこともできずに叫んだら、机に突っ伏してスマートフォンをいじっていた後輩が「だってぇ」と口を尖らせた。


「頭動かないですよぅ。外は暑いし中は寒いし、夏バテしそう」

怜菜(れいな)を見てみなさいよ。ちゃんと仕事してるでしょ」

「怜菜先輩は完璧超人生徒会長だし……」

「そうだよ! こんな環境でも顔色ひとつ変えずに仕事してるの絶対おかしい! 人間じゃない!」

「真似できないですぅ……わたしたち人間だもん……」

「怜菜だって人間に決まってんでしょ! あんたたちと違って責任感があるだけだよ! ほら、早く帰りたかったら手を動かせ頭を動かせキーボードを動かせ!」


 カタツムリみたいな鈍重な動きで、後輩たちはぐったり身体を持ち上げた。まったく──。生温かな溜め息に不満を溶かし込み、里花子もふたたび書類の山に目を通し始めた。純白のコピー用紙が陽ざしを反射して、じりじりと網膜を焦がすように痛めつける。今すぐ目を閉じて暗闇に寝転がりたいと思う。実際問題、仕事を投げ出したいのは里花子だって同じなのだ。そうできる立場にないだけで。

 日めくりカレンダーの日付が八月に突入している。東京都江戸川区の片隅に建つ私立甲和(こうわ)女子高等学校の生徒会では、ここのところ連日のように生徒会室への()()が続いていた。毎日、毎日、満員の電車やバスに乗って猛暑の東京をくぐり抜け、夏休みを謳歌するクラスメートたちを尻目に生徒会室へこもって仕事の山に埋もれる日々。おまけに仕事を終えたら終えたで、高校三年生の里花子には受験勉強の時間が待っている。

 甲和女子は伝統的に生徒会の権限が大きい高校だ。権限が多いことはつまり、仕事が多いことの裏返しでもある。生徒会に入ったら最後、長期休暇は休暇じゃなくなる。そんなことは百も承知で入っているから、この状況に格別不満を抱いているわけじゃない。ただ、そろそろ、夏の暑さに肺をやられて息切れを起こしそうだった。


「あーあ……」


 二把のおさげを振り乱しながら、庶務の船堀(ふなぼり)悠紀(ゆうき)がさめざめと嘆いた。彼女の手元には会計関係の書類が何十枚も積み上がっている。


「せっかく夏休みに入ったのになんにもできてないよ。こんな冷房ガンガンの部屋にこもってないでさぁ、山とか海とか遊びに行きたいよぅ」

「冷房よりは気持ちいいだろうなぁ、海」


 悠紀の整理した書類に目を通し、キーボードを叩いて表計算ソフトに打ち込みつつ、会計の篠崎(しのざき)瑛子(えいこ)も嘆息した。トレードマークの長い黒髪は乾いた冷風を浴びて艶を失い、彼女の丸い肩の上で(しな)びている。見るも哀れな有様の二人をよそに、書記の瑞江(みずえ)麻希(まき)はボブカットの髪を揺らしながら黙々とパソコンで議事録整理に励んでいる──ように見えたが、横から覗き込んだ悠紀に「なにゲームしてんだよー」と突っ込みを入れられ、バツが悪そうにウィンドウを消した。

 揃いも揃って息切れを起こしている。

 里花子は生徒会長の席を伺い見た。吞気で意欲の低い高校二年の役員どもに、絶対的権力者の生徒会長からガツンと檄を飛ばしてもらいたかった。果たして生徒会長──平井(ひらい)怜菜(れいな)は、キーボードを打つ手を止め、紅茶入りのティーカップを優雅に口元へ持っていった。その穏やかに澄んだ瞳が、呪詛と(しかばね)まみれの生徒会室を静かに見渡す。


「……みんな、しんどそうね」

「しんどいですぅ。海とか行きたいですぅ。聞いてくださいよ、麻希なんか仕事してるふりしてゲームで遊んでたんですよ! ネコ型ロボットが野球やるやつ!」

「バレないと思ったから」

「殺気立ってる悠紀ちゃんの隣で堂々と遊んでバレないと思うのは無理あるよ、麻希ちゃん……」


 後輩どもが口々に(わめ)き立てる。輪郭の美しい指先でティーカップを机に置き、怜菜は一瞬、里花子のほうに視線を放った。ほら、やっぱり反応に困ってる。傾いた眉に里花子が確信を深めた瞬間、怜菜はおもむろに口を開いた。


「ねぇ、副会長。提案なのだけど」

「何? そんな改まって」

「いっそみんなで海に行っちゃうのはどう?」


 何を言われたのか分からず、里花子はまぶたを何度か開閉させた。


「仕事に集中できないのはみんなのせいじゃないもの。外が暑いのもセミが元気なのも、ぜんぶ夏という季節環境のせい。だったら今、無理に頑張ったところで焼け石に水でしょう? 好きなところへ遊びに行って活力を取り戻せるなら、その方がきっとみんなのためになると思うの」


 思わぬ提案に悠紀が「いいんですか!?」と食いついた。瑛子も麻希も前傾姿勢で瞳を輝かせている。早くも予定が決まりつつある現実にようやく追いついた里花子は、慌てて「待って待って」と割り込んだ。


「みんなって、まさか私も怜菜も?」

「私はともかく、ぐったりしてるのは里花子も同じでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「仕事が終わったあと、遅くまで受験勉強してるのも知ってるわ。誰にだって息抜きは必要よ」


 そこを指摘されると言い返せない。ぐっと喉を鳴らす里花子に、天使みたいな笑顔で怜菜は微笑みかけた。


「決まりね」


 やったやった、とぴょんぴょん跳ねながら悠紀たちはハイタッチを交わしている。今しがたまでの閉塞的な空気が嘘のような後輩たちの姿を、頭を抱えながら里花子は眺めた。怜菜に檄を期待したのが間違いだった。優しくて、後輩思いで、おまけに仕事も勉強もできる完璧超人の彼女は、「仕事しろ!」なんて怒鳴りつけるような発想を持ち合わせているような子ではない。そんなことは付き合いの長い里花子がいちばん分かっているはずだったのに。


「やったやった! 海だ! 一年ぶりの海だぁ!」

「どこ行こうかっ」

「メディテレーニアンとか」

「それはどうやって行くの?」

「簡単ですよー。電車に乗って羽田に出て、ちょいと飛行機に……」

「あら、ずいぶん遠くまで行くのね」

「騙されるな怜菜! そいつらが言ってるのは地中海(メディテレーニアン)! 地球の向こう側!」

「やだなー、冗談ですよ冗談っ」

「ちょっと隣の浦安(うらやす)市に行くだけですよ」

「どこのTDS(テーマパーク)に連れて行くつもりだ?」


 ダメだ、この連中には話を任せられない。何も分かっていない様子の怜菜を押しのけ、悪賢い後輩たちをいなして場所を決めた。目的地は海外でもなければテーマパークでもない、区内の海浜公園だ。最寄りの小岩(こいわ)駅前からバスに乗り込めば、片道四十分ほどでたどり着ける場所にある。

 決まってしまったからには楽しむしかない。久々のバカンスだ。せめて精一杯、外の空気を吸って気分を入れ換えよう。それに──自分はともかく生徒会長の怜菜が休んでくれるのなら、それに越したことはないじゃないか。

 肩の力をちょっぴり抜いて、はしゃぐ後輩たちを前に里花子は苦笑した。心労と疲労の絶えなかった乾きかけの肺が、その一瞬、潮の匂いのする潤いをわずかに取り戻した。







「海! 海入りましょうよ海! 暑くてたまんないですよっ」

「向こうの東なぎさまで遠泳しましょう」

「麻希ちゃん、向こう行くの禁止だってよ」


 ⊿次回「pier2 海に着いたらお昼どき!」




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