さん!!!
深夜遅くまで掛けて、立花さんの話を全て聞き終える事が出来た。
最初は口を閉ざしていた彼女だったが、阿久津の企みの恐ろしさから、良心の呵責に耐えきれずようやく話してくれたのだ。
途中で立花さんの自宅にも連絡を取り、この日は家に泊まって貰った。
「私...どうしたら」
翌朝、泣き腫らした目で立花さんは呟いた。
「私に任せなさい、悪いようにはしないから」
「...はい」
怯えた目で私を見る立花さん。
阿久津の洗脳は簡単に解けそうもない、そして奴の報復を恐れているのだろう。
電話でタクシーを呼び、彼女を自宅まで送るよう手配する。
震える彼女を乗せたタクシーが消えていく。
事態は思った以上に深刻だ。
任せろと言ったが、さすがに私だけの手には負えない。
かと言って、大人の手を借りるのは立花さんの事を考えると慎重さが求められる。
こういう時に信用出来る大人が居れば助かるのだが、生憎そんな人を私は知らない。
『先生に?』
ダメだ、阿久津にされた事が公になっては、立花さんを始めたとした取り巻きの女の子達が窮地に立たされる。
『彼女の親に?』
本来なら、それが一番ベストだろう。
だが、彼女の親が私の両親と同じ人種だったら?
事無かれ主義で、世間体しか頭に無い私の両親。
役に立たないどころか、事態を益々悪化させてしまうだろう。
泣き寝入りして、彼女だけが学校を去る事になれば何にもならない。
「どうしたら良いの?」
考えがまとまらない。
今は何をするべきなのか?
昔の私なら学校に害をなすクズ等、躊躇う事無く学校に報告しただろう。
騙された女の事なんか考える人間じゃなかった。
ましてや、私と山本さんを陥れ様とした人の事なんか...
「私も変わったわね、悠太君のお陰かしら?」
きっとそうだ。
『もし立花さんが私だったら?』
『好きな人を裏切ってしまう事になっていたら?』
取り返しのつかない所まで堕ちた彼女を見棄てられない自分が居た。
「先ずは連絡しよう」
携帯を取り出す。
鬼畜にも劣るクズの企みを彼女に教えなくては。
「しまった」
ここである事に気づく。
私は知らないのだ、山本利香の連絡先を。
生徒会役員では無い山本さんの連絡先は私の携帯に登録されていない。
「困ったわね」
利香さんには同じ高校に通う友加里さんと言う姉が居る。
学年は私と同じ3年、しかし特進クラスの私と、一般クラスの彼女、接点は殆ど無い。
もちろん友加里さんの連絡先も知らない。
今日は土曜日、来週になれば山本さんは学校に来るだろう。
その時でも構わないと思うが、早く教えるに越したことは事はない。
「悠太君に聞くしかないか」
出来れば彼に聞くのは避けたい。
利香さんを本当に愛している彼が、私からの電話に不審を覚え、後から山本さんに聞いて、この事を知れば、温厚な彼でも黙ってはいないだろう。
もし傷害事件にでも発展すれば、彼まで私の前から消えてしまう。
クズが消えるのは構わない。
立花さん達が救われても、悠太君の経歴に傷をつけてしまっては元も子もないのだ。
時間だけが過ぎて行く。
「...彩希さん」
そうだ、彩希さんなら山本さんの連絡先を知っているだろう。
彼女の連絡先は登録してある。
悠太君に連絡が取れない時の為だ、決して悠太君の事を少しでも知りたい、とか彼女と一度個人的に悠太君の事を話してみたかった、とかじゃない...多分。
「いきなり電話したら...」
携帯の発信を押せない、指先が震えてしまう。
『覚悟を決めなさい、お前は浜田真弓。生徒会長だろ!』
気合いを入れて発信に触れる、耳元から電話の発信音が流れた。
『もしもし』
何度目かのコールで彼女は出た。
少し不審な彼女の声が私の緊張を高める。
「もしもし、あの彩希さんの携帯ですか?」
『ええ、どうたんですか浜田先輩?』
私の名前を言う彩希さん、連絡先を交換したから彼女の携帯に私の名前が出て当然なのだが、益々緊張してしまう。
『あの先輩?』
いけない、何故こんなに緊張するんだ?
「朝からごめんなさい、山本利香さんの連絡先を教えて欲しいの」
『利香さんの?』
「ええ」
意外そうな彩希さん、私が聞くとは予想外だろうね。
『良いですけど、今はきっと電話に出ませんよ』
「分かってる、今日は悠太君とデートよね」
聞きもしないのに、山本さんから聞かされたからね。
『...はい』
寂しそうな彩希さんの声、やっぱり彩希さんは悠太君の事が...
彼女の声に、私も苦しくなる。
『一体どうして利香さんに連絡を?』
やっぱり知りたいよね、彩希さんは山本さんの幼馴染み。
言っておいても大丈夫だろう。
彩希さんは軽薄な人間じゃない、短い付き合いだが、間違いない。
「話したい事があるの、大切な事を」
『それって、先輩も兄さんが好きって事ですか?』
「な、な!な!!」
彩希さんの言葉が、私の脳天を突き刺す。
『.....そうですよね、兄さんは...はい分かってますから』
そんな苦しそうに言わないで、確かにそうだけど...って、今はそんな話じゃない!
「違う、阿久津の事よ!」
『阿久津?3年の阿久津ですか?』
「そうよ」
勢いに任せて言ってしまったが、彩希さんの言葉が酷く冷たい物に聞こえる、まさか?
「彩希さん、阿久津に何かされたの?」
『....別に』
彩希さんは素っ気なく返すけど、
「それって、何かされたって言ってる様なものよ」
『まあ、少し』
やっぱりか、これは放っとけない。
「彩希さん、今日何か用事は?」
『何もありませんが』
「今から行きます」
『今からですか?』
「はい」
驚く彩希さんだけど、山本さんだけじゃないんだよ、クズが狙ってるのはね。
『分かりました。私の家は...』
何かを察した彩希さんは自宅を教えてくれた。
ここからタクシーなら15分程の距離だね。
通話を終えた私は素早く着替えを済ませ、自宅を飛び出す。
国道でタクシーを捕まえ、彩希さんの自宅に向かった。
「お待ちしてました」
「ごめんなさいね」
彩希さんは自宅前で私を待っていた。
私服の彼女はやはり美しい、私なんか比較にならないよ。
「あの先輩?」
「ご、ごめんなさい」
自信を失ってる場合じゃない。
慌てて頭を下げた。
「彩希、そんな所で話してないで、上がって貰いなさい」
玄関の扉が開き、綺麗な女性が声を掛ける。
間違いない、この女は。
「はいお母さん、先輩どうぞ」
やはりか、彩希さんはお母さん似なんだ。
納得しながら彩希さんの後に続いて自宅に上げて貰う。
「さあ、どうぞ」
「お邪魔します」
大きな玄関、なんて立派な家だろう。
伊藤君の家って、お金持ちだったんだ。
「いらっしゃい」
「し、失礼します」
リビングに入ると、1人の紳士が笑顔で私を迎えた。
一目で分かった、だってそっくりなんだもの。
「悠太君のお父さんですか」
「はい、悠太がお世話になってます。
コーヒーは大丈夫ですか?」
「は、はい大好きです!」
本当は紅茶派だけどね。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ソファーに座った私の前に置かれたコーヒー、立ち上る良い香り。
香りは好きなんだけど、味が...。
「...美味しい」
なんて美味しいの。
初めて感じるコーヒーの旨さに満たされる、身体だけじゃない、心が満たされるのだ。
「それじゃ彩希、私達は二階に行くわね、終わったら声を掛けなさい」
「うん」
彩希さんの両親は手を握りながらリビングを出て行く。
本当に愛しあっているのが分かる、私の両親とあまりにも違う。
「先輩、さっきの話ですが」
彩希さんが静かに尋ねた。
「実は...」
私は立花さんから聞いた事を彩希さんに伝える。
もう隠す理由は無いだろう。
阿久津が女の子達を食い物にしている事を。
優しい言葉で女の子を誘い込み、依存させ競わせている事。
身体を捧げた子は阿久津に対してステータスが上がり、近くに居られる事。
次に狙う女が決まれば、取り巻きを使い接触してくる事を。
「そうですか」
話を聞き終えた彩希さんはため息を吐いた。
余り驚いた様子じゃないね。
「まさか彩希さんも?」
「ええ、一度立花さんに、阿久津も一緒でした」
やっぱりか。
「言い寄って来たのね」
「兄さんが追っ払ってくれました」
成る程、そこまでは聞いて無かったぞ。
「阿久津が次に狙ってるのが、利香さんなんですね」
「山本さんと私よ」
「先輩まで?」
意外そうな彩希さんだけど、本当の事なのだ。
「うん」
「でもどうやって?
利香さんと兄さんは...愛し合ってます。
そんな隙なんて」
そんなに辛そうな顔をしないで、やっぱりクズが睨んだ通りなのか。
「これを聞いて」
私な携帯を取り出し、昨日録音したクズと立花さんの音声を聞かせた。
「.......あ、そんな....まさか」
彩希さんの顔色が真っ青に変わる。
「本当なのね?」
「.....」
彩希さんは何も言えず俯いて身体を震わせていた。
その様子に、私も激しい衝撃を受ける。
「....この事を利香さんに?」
数分後彩希さんが、口を開いた。
「言ってないわ」
「そうですか」
彩希さんはホッとしたような、でも少し残念そうにも見えた。
「諦めようとしました」
「諦める?」
「はい、私は妹。
兄さんとは結ばれない、何度も何度も....」
「それって」
彩希さんの言葉は私の気持ちでもある。
私だって、恋人同士の悠太君と利香さんに何度も諦めようとした。
「でも、やっぱり」
「無理よね」
「....先輩」
「私もよ、私だって彩希さんと同じ気持ちだもの」
もう私の気持ちを隠す必要は無い、悠太君を私も好きなんだから。
「...利香さんならいつかボロを出すと思ってた、その時はチャンスだって。
でも先輩まで兄さんを...」
「そんな事を?」
「はい、私は狡い妹...女です」
まさか、そんな所まで私と同じなんて。
「私もよ、山本さんはいつか悠太君に対して何かしでかすって考えてた。
だから、山本さんが他の人を触るのを止めなかった。
悠太君が不快に思えば良いって、酷い女よね」
「まさか?」
「本当よ、でも彩希さんがあんまり綺麗だから自信無くしちゃったけどね」
「まさか、先輩の方が綺麗ですよ」
「私の方が綺麗?」
彩希さんの方が遥かに綺麗じゃないか。
「止めてよ、お世辞にもならないわ」
「そんな!私はお世辞は言いません!」
彩希さんは突然大きな声を出した。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ」
まさか、本当に?
ううん、だって私なんか...
「話は聞いたわ」
「お母さん?」
「え?」
リビングの扉が開き、彩希さんの両親が再び部屋に入って来る。
その顔は怒りでもなく、ただ静かな笑みを浮かべていた。
「この部屋での会話は....まあ全部ね」
「は?」
「まさか?」
全部って、全部聞かれてたの?
全身の血が顔に集まり、みんなの顔が見られない。
「浜田さん、確かに私と妻は再婚同士だ。
悠太は私の連れ子、彩希は妻のね」
悠太君のお父さんが静かに教えてくれる。
「それで、彩希には辛い事になったわ。
悠太が好きだものね」
「...うん」
彩希さんのお母さんが優しく言うと、彼女は静かに頷いた。
「悠太が利香ちゃんと付き合ってるのは全く構わない、彩希と浜田さんには悪いけど」
「はい」
全くだ、それは仕方無い事。
「やるなら正々堂々としなさい」
「「それって?」」
彩希さんのお母さんが言った意外な言葉、私と彩希さんは顔を見合わせる。
「だから、私は任せる、ただし正々堂々とね。
意味は自分で考えなさい」
力強い言葉に私と彩希さんは頷いた。
「「分かりました!」」
迷いは消えたよ。
「さて、食事にしよう」
「食事?」
悠太君のお父さんは可愛いエプロンを締めた。
威厳ある悠太君のお父さんにそのエプロンは....意外に似合ってる。
「ご飯が出来るまで話を聞かせてね」
「話を?」
何の話だろ?
「...その阿久津とか言うバカの話よ」
にこやかな笑顔のまま、彩希さんのお母さんは呟く。
しかし全身から殺気が迸って....滅茶苦茶怖い。
「.....はい」
彩希さんは慣れている様だ。
私は彩希さんの秘めた強さの秘密を知ったよ。
こうして長い1日が終わった。
ちなみに悠太君のお父さんが作ったご飯は本当に美味しくて、心が満たされ、私は自分の家族との決別も心に誓ったのだった。
翌週、阿久津は姿を消した。
学校からでは無い、この街からだ。
噂では顔をボコボコに腫らした阿久津を見たとか、港に浮いていたとか、まあ根も葉も無い噂だと思うが。
阿久津は退学したのは間違いないから、それで良い、興味もない。
阿久津の取り巻きをしていた女の子達は数人が学校を去った。
その中に立花さんも居たが、仕方ない。
彼女は阿久津の手先として、色々していたから。
『ごめんなさい、私の為に』
最後に会った時、立花さんは私と彩希さんのお母さんにそう言って頭を下げた。
何の事か分からなかったが、きっと彩希さんのお母さんが何かしたのだろう。
深く考えない事にした。
山本さんには彩希さんと悠太君が義兄妹だと話していない。
彩希さんのお母さんから頼まれたのだ。
『あの子は脆いから』
何となく納得したのは彩希さんと私の秘密。
そして1ヶ月が過ぎた。
「みんな揃ってる?」
「「「はい」」」
生徒会室の扉を開くといつもの生徒会メンバーが声を揃えて私を見た。
『さて、悠太君は』
素早く彼を探す私、
「こんにちは悠太君」
「あ、こんにちは」
「また先輩は悠太を名前で!」
「良いじゃない。ね、彩希ちゃん」
「ええ真弓さん」
ニッコリ微笑む彩希ちゃん。
彼女は立花さんに代わって会計をして貰っている正式な生徒会メンバー、そして私達は親友なのだ。
「ダメ!」
山本さんはまた睨むが、もう睨み返したりしない。
「正々堂々よ」
「は?」
山本さんはよく分からない顔で私を見た。
「そう言う事」
山本さんを軽くいなして笑顔のまま顔を上げた。
私と彩希ちゃんの恋が実るか誰も分からない、でも気持ちは何処までも晴れやかだった。
ありがとうございました。