にい!!
悠太君の妹、伊藤彩希の存在は私の日常を掻き乱し始めた。
それまで生徒会室に来るお邪魔虫は山本利香だけだったが、新たに彩希さんまで生徒会室に来る様になってしまったのだ。
「はい兄さん、出来ました」
「ありがとう彩希」
今日も生徒会室で彩希さんは悠太君の手伝いをしている。
事務能力に長けた彼女の存在は仕事が多い生徒会に於いて確かに貴重な戦力だ。
それは認めよう。
だが...
「ふう」
「兄さんお疲れ様」
彩希さんは悠太君の肩に手を置き、揉み始める。
一見すると微笑ましい兄妹の光景に映るが、私にはどうにも彩希さんの醸し出す空気が妹を越えている気がしてならなかった。
「相変わらず仲が良いね」
「そうかな?」
「そうだよ」
山本さんも複雑な目で2人を見ている。
いくら悠太君の妹とはいえ、やはり嫉妬はするのだろう。
「利香さん、一緒に帰りましょう、今日は私の家で夕飯を食べるんでしたよね」
「そうだった、おじさんのご飯楽しみ!」
彩希さんの言葉に利香さんの機嫌がたちまち直る。
山本さんの家は両親が共働きで、よく悠太君の家で食事をとっているそうだ。
なんて羨ましい。
「お疲れ様でした先輩」
「お疲れ、伊藤君、山本さん」
仲良く帰る3人を見送る。
その後ろ姿に、妬ましさを感じる自分が嫌だ。
私の母親は専業主婦なのに、昔から全く食事を作らない。
趣味のサークルや近所の主婦の集まりだと理由をつけては、しょっちゅう家を空けて殆ど帰って来ない。
そんな母に父も諦めて、同様に帰らなくなった、
離婚しないのは世間体だ、あの2人はそれしか頭に無いのだ。
「...帰ろう」
人は人、他人の家庭を羨んでも仕方ない。
私には私の家庭の事情があるんだから。
『本当は山本さんみたいに。悠太君と一緒に夕飯を食べたいくせに』
本音が湧き出てくる。
こんなの私じゃない、私はいつでも冷静な筈なのに...
「会長」
「誰?」
校門を出た私の背後から突然声が、すっかり油断していた。
「立花さん?」
「はい、一緒に帰りましょう」
そこに居たのは会計の立花美里さん。
一足先に生徒会室を出た彼女は先に帰ったとばかり...
「浜田さん」
「あ、え?」
立花さんの隣にもう1人居たのか、薄暗くて分からなかった。
「えーと...」
誰だろ?
声を聞く限りでは男の人みたいだけど。
「阿久津です」
「阿久津君?」
なんだ、立花さんは阿久津君と待ち合わせをしていたのか。
「駅まで一緒に行きましょう、夜道は危ないですから」
「せっかくの2人っきりを邪魔したら悪いわ」
阿久津君の誘いを断る、今日は気分が乗らない。
「大丈夫です会長、行きましょ」
「ち、ちょっと」
立花さんは私の鞄を掴み取り、自分の鞄と一緒に持って先に行く。
こんな強引な事する子だったかしら?
「分かりました」
諦めて駅まで歩く、途中で阿久津君は何かと話し掛けて来るが、どうにも話す気にならなかった。
「ありがとう、ここで良いわ」
ようやく駅前に着いた。
2人に軽く頭を下げて、立花さんから鞄を受け取ろうと手を出した。
「良かったら夕飯を一緒に食べませんか?」
「は?」
そう言う立花さんは私の鞄を掴んだまま返そうとしない。
「そうだ、そこのファミレスが良いな」
「ええ」
唖然とする私を他所に話を決める2人に不快感が広がる。
「遠慮します」
なんでこの2人と夕飯を食べなくてはいけないの?
いつもの私なら諦めてしまうが、何故か今日は怒りが。
「...すみません」
私の様子に立花さんは鞄を差し出す。
阿久津君も先程までの笑顔は失せ、無表情で私を見ていた。
「ごめんなさい、また今度誘ってね」
さすがに気まずい空気を感じる。
鞄を受け取り、改札へ小走りで向かった。
「ん?」
改札前で違和感を感じる。
何だろう?
「あれ?この鞄」
違和感の正体は手にしていた鞄だった。
学校の指定なので一見では分からないが、これは私の鞄では無い。
「ひょっとして立花さんの?」
参ったな、今更また彼女に会うのは嫌だけど、
私の鞄を彼女が持ってるのも嫌だ。
「仕方ないか」
諦めて制服のポケットから携帯を取り出す。
彼女の番号は登録されている。
「おや?」
携帯のコール音と同時に鞄から伝わる振動、まさか立花さんの携帯は鞄の中に?
しばらくすると留守番電話に切り替わる、どうやらそのようだ。
「やむを得ませんね」
道を戻る、おそらく2人はファミレスに居る筈だ。
「あら?」
店内に2人の姿は見当たら無い。
店員にも尋ねるが、そんな客は来店してないと言われる。
「帰ったのかな、明日にでも渡そう」
諦めて再び駅に。
途中で人気の無い公園を歩くと男女の会話が聞こえてきた。
「お前、役に立たないな」
「ごめんなさい」
「ん?」
聞き覚えのある声、私は木の陰に隠れた。
「もう良いよ、美里がこんなに使えないとは思わなかった」
「....そんな」
阿久津君?
なんて冷淡な声だ、対する立花さんは泣きそうな声。
「もう俺に近づかないでくれ」
「嫌だ!」
「バカ!声がデカイ」
立花さんの口を押さえつけ辺りを見回す阿久津く...阿久津。
「...何でもするからお願い」
「もうお前から貰う物は無い」
「...酷いよ」
何だと?
まさか立花さんは阿久津に...
ポケットから携帯を取り出し、アプリから録音ボタンを押す。
少し光が漏れたが、幸い2人に気づかれなかった。
「最後のチャンスをやる」
「最後の?」
「伊藤彩希の秘密を探れ」
『え!』
声が出そうになるのを懸命に堪える。
「ひ、秘密って?」
立花さんは混乱した様子て阿久津に聞いた。
「俺の勘だが、伊藤悠太と伊藤彩希はただの兄妹じゃない」
「は?」
しまった、思わず声が。
「は?じゃねえよ」
「...私なにも」
「黙って聞け」
「うん」
良かった、どうやら立花さんと勘違いしたみたいだ。
意外と阿久津はバカだな。
「あの兄妹、俺が睨んだ所、血の繋がりは無いな」
「まさか」
また声が!
でも大丈夫、阿久津はバカだから。
「彩希が伊藤悠太に向けてるのは間違いなく女の目だ、実の妹が兄貴に向ける目じゃねえ」
確信した様な阿久津の言葉に、私も否定出来ない。
だとしたら全てが噛み合う。
「でも、どうやって調べるの?」
怯えながら立花さんは阿久津に聞くが...
「戸籍を見るとかあるだろうが」
「無理よ、戸籍は本人か家族しか...」
「委任状作るとか考えろよ、少しは頭を使え」
よく頭が回るな、でも法律違反でしょ?
「1週間やる、それまでに何とかしろよ」
「....そんな」
「分かったな、その後の浜田と山本の事で俺は忙しいんだ」
今言った浜田って、私?で、山本って利香さん?
呆気に取られていると、阿久津は1人公園を出て行く。
残されたのは1人泣きじゃくる立花さん。
「立花さん」
「....え?会長どうしてここに?」
「話は聞いたわ、少し時間良いかしら」
聞きたい事は沢山ありそうだ。
生徒会長として、浜田真弓としてね。
踞まる立花さんの脇に腕を差し入れ、彼女をタクシーに押し込んだ。
向かうは私の家。
『長い夜になりそうね』
そう思った。