いち!
軽くお付き合いを。
特進コースの補修授業が終わり、はやる気持ちを抑えながら足早に生徒会室へと向かう。
『なぜ私はこうまで急ぐのだろう?』
生徒会長であるのも理由だが、それだけでは無い。
早く会いたいのだ、生徒会の書記を務める彼に。
「遅くなってごめんなさい、みんな揃ってる?」
生徒会室の扉を開き、中を見渡す。
もちろん探すのは彼、だか悟られてはいけない、常に冷静な私でなければ...
「あれ?」
おかしい、彼の姿が見えない。
今日、生徒会がある事は連絡した筈なんだけど。
「斉藤君、1人まだ来てないみたいだけど?」
副会長の斉藤亮平君に尋ねる、彼は生徒会の連絡を一手に引き受けて貰っていた。
「伊藤は職員室に」
「そう」
素っ気ない無い斉藤君、でも悠太君はちゃんと来てるんだね、偉い偉い。
で、どうして私が悠太君を探してるって、分かったの?
「さて、仕事、仕事と」
あくまで冷静は私は会長の席に座り、先日の入学式で撮影した写真のチェックする。
生徒会ホームページの活動報告にアップする為だ。
パソコンのモニターを見つめる目は、一人の生徒に釘付け。
壇上で挨拶をする私の斜め後ろに映る彼の姿に。
『...悠太君』
声には出さない、そんな事は出来ないわ。
私が悠太君を想っているのは絶対の秘密なんだから。
「やれやれ」
「斉藤君、何か言った?」
「いいえ」
横目でため息を吐くとは、どういう意味だ?
他の生徒会役員まで私をなま暖かい目で見ていた。
「ちゃっちゃっと片付けるわよ」
「はい」
私の掛け声にみんな慌てて視線を逸らす。
そんなに怖い目をしていたかな?
自分で言うのもなんだけど、切れ長で綺麗な二重瞼なんだけど。
「失礼します」
聞き覚えのある声、心臓の鼓動が跳ね上がる。
待ってたわよ!
「アンケートを持ってきました。
どこに置きましょう?」
伊藤悠太君は大量の紙が入った段ボール箱を抱えて生徒会室に入って来た。
結構な重さなんだけど、彼は軽々と持っている。
「ここに置いて、重かったでしょ?」
急いでパソコンを閉じながら前のテーブルを指差す。
大丈夫かな、見られて無いよね?
「いいえ、ありがとうございます会長」
ニッコリと微笑む悠太君。
捲ったカッターシャツから覗く、鍛えられた二の腕...彼が筋肉質なのは知っている。
昨年の体育の時間偶然にもプールで水着の彼を見てしまったからだ。
「先輩、どこを見てるんですか?」
素晴らしい記憶を思い出していたら、後ろから聞こえる無粋な声。
振り返ると1人の女子生徒がジト目で私を見つめていた。
「山本さん居たの?」
「そりゃいますよ、だって私は悠太の彼女ですから」
わざわざ言葉に力を籠める山本利香さん。
悠太君は山本さんと幼馴染みで、小学生の頃から付き合っているのは知っている。
「山本さん、何度も言ってるでしょ?
生徒会室は部外者以外立入禁止よ」
負けじと視線を返す。
彼女の大きな垂れ目より、切れ長な私の方が迫力があるだろ。
「利香、先に帰っててくれて良いぞ」
困った様子の悠太君。よく言った!
「イヤだ」
山本さんは首を振りながら悠太君に甘えた視線を...全く。
「利香?」
「だって最近ずっと一緒に帰ってないし、何か手伝える事無い?」
「貴女に手伝える事なんか...」
「山本さん、それじゃアンケートを各項目別に分けて貰えますか?」
私の言葉を遮る様に斉藤君が口を挟んだ。
「はい、副会長ありがとうございます!」
「ち、ちょっと、斉藤君」
斉藤君の言葉に喜んで彼の肩を触る山本さん。
スキンシップが過剰な女だ、でも私は止めない。
いくら言っても直らないし...山本さんの、だらしない姿を悠太君に見せる為に。
「うー大変だよ」
始めて10分も経たない内に弱音を吐く山本さん。
彼女が手にしているアンケートは毎年4月、全生徒を対象に行われる物で、学校に対する要望、そして体育祭や文化祭の希望が書かれている。
「手伝いましょうか?」
会計の立花美里さんが山本さんに声を掛ける、優しいね。
「だ、大丈夫です」
強がる山本さんだけど、アンケートは1,000枚を軽く超える量だ。
事務作業に不馴れな彼女じゃ荷が重すぎるよ。
「...悠太」
縋る目で悠太君を呼ぶ山本さん、最初からそれが目当てか。
「仕方ないな」
悠太君は本当に優しい。
山本さんが居たら悠太君も作業が捗らないし、何時間掛かるか分かったもんじゃない。
「私達も手伝いましょう」
「え~!」
テーブル席に向かう私に非難の目を向けるが、そんな物気にしない。
だって私は生徒会長なんだから。
悠太君の右の席に座る。
左側に座る山本さんの視線が刺さるけど、気にしないのだ。
「そういえば伊藤君」
立花さんが何か思い出したように呟いた。
「何ですか?」
「妹さんが入学されたんですって?」
「え?」
悠太君に妹が?
思わず手が止まる、妹が居るとは聞いていたが、悠太君は2年生だから1つ違いなのか。
「そうだよ、彩希ちゃんって言うんだ」
山本さんは知ってて当然か、幼馴染みだし。
「よく知ってますね」
「ええ、阿久...知り合いから聞いたの。
可愛い子が入ったって」
立花さんは言い掛けて止めたが、彼女は阿久津の取り巻きをしている。
阿久津君は学校で知らない人は居ない有名人だ。
誰にでも優しくてイケメン、モテる人物としてだが。
「俺も聞いたな、伊藤、凄い美少女だって?」
「そうですか?」
斉藤君の言葉を軽く流す悠太君、素っ気ないね、まあ兄の立場ならそんなもんか。
私は一人っ子だからわからないけど。
「うん、彩希ちゃんは凄く綺麗なんだ!」
何で山本さんが誇らしげなの?
でも綺麗な妹か、興味あるね。
だって私が悠太君の彼女になれば真弓姉さんって呼ばれたりするんだし。
「会長?」
「な、何でも無いわ悠太君...」
「何で浜田さんが悠太を名前で呼ぶんですか」
底冷えの声を出す山本さん。
しまった!私とした事が、
「失礼します」
その時、生徒会室の扉がノックされた。
「はい!」
助かった!
私は急いで席を立ち、扉に向かった。
「どちら様...」
扉を開けると1人の女子が立っていた。
その姿に言葉を失う。
何て綺麗な人だろう、スラッとした体型、艶のある長い髪。
なにより整った顔立ちは女の私でさえ魅了されてしまった。
「一年D組の伊藤彩希です。
書記の伊藤悠太は居ますか?」
「あ、え?」
伊藤彩希って、まさかこの子が?
「あれ?彩希どうした?」
「兄さん、今日一緒に帰る約束してたでしょ」
悠太君を見つめる彩希さんの笑顔に、激しい胸騒ぎを感じてしまう私だった。