5 魔剣コロシアム一般部門開始
大会の受付はあっさり終わった。
列に並んで名簿に名前書くだけだった。流石に真の名前を書くわけにはいかないから、仮の苅野を記名した。
パワーウェイトスーツは服の上からでは見えないので怪しまれることはなかったし、並んでる途中に偉そうな奴に絡まれるイベントもなかった。
ここはガキの来る場所じゃねえんだよ、とか言って見た目だけゴツくて強さはそうでもない奴に一度くらい絡まれたかった。そういういかにもな闘技場イベントを体験したかったのだ。
しかし残念なことに、ここは治安がいいらしい。僕の生きてきた世界ではそういうリンチまがいの事件はよくあったんだけどね。
戦いが始まるまで何してようかとプラプラしていると、後ろから声をかけられた。
「あの、君も魔剣コロシアムに出るの?」
振り向くと、茶髪の男の子がおどおどした様子で僕を見ていた。僕と同い年か、年下だろうと判断する。
「出るが、どうかしたのか?」
答えてやると、男の子は急に顔を上気させ明るい表情になった。
「本当っ、よかったあ! あっ、ごめんね、急に。僕、カロス。僕も大会に出るんだけど、同じくらいの年齢の子がいないから心細かったんだ!」
そう言って、カロス君は僕の手を握ってきた。
なるほど、言われてみれば確かに僕と同じくらいの年齢の出場者はあまりいなかった。
一人だけ年下だったら心細いよね、分かるよその気持ち。
僕はわけ合って大勢の年上の男たちの中に混じって行動する機会が多かった。だからコロシアムで屈強な男の中で戦うくらいでは動じなくなってしまったが、確かに最初は心細かった。この少年も今、そのような段階にいるのだろう。
「そうか、我は苅野雄介だ」
苅野雄介で登録してある以上、マスターと呼んでもらうのは諦めよう。
「苅野くんだね! よろしく!」
僕が自己紹介すると、カロス君は僕の手をブンブン上下にふった。元気溢れる明るくていい子だ。
見た目からではわからなかったが、カロス君の手の皮は厚みがありゴツゴツしていた。毎日剣を降っている者の手だ。まだ若いが、相当な訓練を積んでいるのが窺われた。
「苅野君は、緊張とかしないの?」
「ふむ、もっと緊張するかと思っていたが、案外平気なものだな」
リングに上がってから緊張するという可能性も考えられるが、今のところ落ち着いている。僕はプレッシャーには強い方なのだ。
「そっかあ、苅野君はすごいんだね。僕なんて試合も始まってないのに心臓バクバクで、さっきからトイレに三回も行っちゃったよ」
「そんなものだろう。却ってそのくらい緊張していた方が、試合の時に集中できるものだぞ」
カロス君の実力がどの程度なのかは分からないが、知り合ったよしみで是非とも頑張って欲しいものだ。
まあ、優勝するのは僕だけどね。
「そういえば苅野君、さっきから体の動きがぎこちないけど、大丈夫? 足カクカクしてるよ」
「気のせいだ」
とりあえず座るとこ見つけたいな。腰痛い。
*
あっという間に試合の時間がきた。
試合前に、カロスが「お互い頑張ろうね」と言って握手をしてきた。
つくづく憎めないキャラをしている。
リングの上には、僕とカロスを含め三十人くらいいた。予想よりは結構多い。
ゴリラみたいに筋肉もりもりのハンマーを持った男や、怪しい黒マントをきてリングの隅で薄気味悪く笑っているやつとかいる。魔剣コロシアムにおいて、強さと体格はあまり関係ない。魔法とか武器とかの総合的な技術が大事になってくる。
ともかく、この中で生き残ったたったの一人だけ本戦のトーナメントに組み込んでもらえることになる。
一般部門の選抜の方法は、とてもシンプルだ。
リングの外に出たら失格。気絶しても失格。
戦いが終わったとき、最後まで失格にならず立っていたものが一般部門の制覇者だ。
わかりやすくていいね。
『さあ、それでは魔剣コロシアム決勝への進出権をかけた一般部門、開始いたします!!』
会場に馬鹿でかいアナウンスと音楽が流れ、戦闘が開始した。
ウォーーーっと叫び声が会場にこだまし、会場の熱気が格段に跳ね上がる。
流石に全国でも指折りの大きな大会だけあって、相当な盛り上がりようだ。
リングの上のあちこちで、戦いの火蓋が切って落とされる。
上級魔法やらなんやらで、リングの上はごっちゃになっていた。まるで火の海だ。
この戦いにおいて僕が気を付けなくてはならないことは、まず第一に目立たないことだ。
パワーウェイトセットのせいで魔力も体力も圧倒的に制限がある。唯一他の参加者にまさっているとすれば戦闘経験の豊富さくらいか。
ということで僕は端っこの方で適当に雑魚を相手にしながら、強い奴らが消耗してくれるのを待つ作戦にする。目をやると、カロスはでっかいゴリラみたいな奴に目をつけられてハンマーで攻撃されていた。ドンマイ。
『さて、佐伯さん。この中で注目選手といえば誰だと思いますか?』
『そうですなー、鉄の男ガルーラ、火槍使いのセボトンヌ、他にもさまざまな注目選手がいますなあ。しかし、私はやはり去年も一般枠を制したカロス少年を推したいですなあ』
へえ、カロスって奴がいるのか。
ん?
ズゴオオン、と物凄い音がした。
見やると、さっきのゴリラハンマーが吹っ飛ぶところだった。
『おおっとおお! カロス少年の爆風パンチが炸裂したあああ!』
実況が叫ぶ。
会場から歓声が上がった。
カロス君が一仕事終えた感じで額の汗を拭っている。
そこらへんで僕は察する。
どうやらとんでもない子と関わってしまったらしいと。
……よし、カロス君とはあまり目を合わさないことにしよう!
「おい、あそこに動きのぎこちない奴がいるぞ!!」「さては戦いを避けていたな!!」「弱そうだ、襲ってやろう!!」
しまった、目をつけられた。
こういう試合では、弱い奴から倒していくのが常套手段だ。
リングの隅で誰とも戦わずにサボっていたのがバレてしまったらしい。
二人組の男が僕をめがけて魔法を放ってきた。
水魔法と雷魔法の混合技だ。
一体化して、雷気を纏った水流が僕を襲う。
流石に魔剣コロシアムに出場しようと思うだけあって、実力はなかなかのものだ。
しかし、まだぬるい。
僕は体をのけぞらせ、余裕を持ってその技を躱す。
重りをつけて動きが鈍っているとはいえ、命を取る気すらない技では僕にかすることすらだ出来ないだろう。水流は後ろにそれ、他の参加者を吹き飛ばしていた。
「なっ、あいつ、俺たちの技を交わしたぞ!」
「なかなかやる……えっ、消えた!?」
僕は体力を削らないよう最小限の動作で襲ってきた男たちの後ろに回り込み、電気を少しだけ纏わせた剣で首を軽く峰打ちした。
気絶させるだけなら、これで十分だ。
二人は白目を向いてその場に倒れた。
音とか動きとか派手じゃないように倒したから、あまり目立ってはいないはず。
そもそも、カロス君が派手な技で観客や他の戦士達の目を引きつけてくれているので動きやすかった。
こうしている間にも結構な数が失格している。
リングを見渡すと、残っているのはもう十人を下回っていた。
『いやー、佐伯さん、今年は去年に負けず劣らず大混戦ですね! 続々と失格者が出てています!』
『カロス少年も順調に生き残っているようですなあ! そういえば、今年はカロス少年と同じ学年の参加者もいませんでしたかな? えっと、名前は確か、苅田君……』
『苅山君ですよ』
『あ、これは失礼、苅山君……もしかして、さっきから端っこの方でちょこまか動いている子ですかな? 驚いた、まだ生き残っているみたいですなあ!』
『この混戦の中で生き残っているんですか!? カロス君といい、若くて強いのが次々に出てきますねえ!! どうですか、佐伯さん、このまま彼が優勝しちゃったりする可能性もあるんでしょうか?』
『ははは、どうでしょうなあ。いい線は行くかもしれませんが、まだ緊張しているのか少し動きが鈍いしぎこちないですなあ。しかも、心なしか足がプルプルしているところを見ると、流石にカロス少年レベルで話さそうですなあ!』
ああ、腰痛い。
そこでアナウンスをかき消すように、ワアーッと歓声が巻き起こった。
途端、爆風が僕の体を襲った。
「はっはっはっはっは、この俺様を忘れてもらっては困るぜえええええ!」
竜巻がリングの中央で巻き起こっていた。
爆風に襲われているのは、僕だけではないみたいだ。
よく見ると、その竜巻の中心には人がいるようだ。どうやらそいつが竜巻を巻き起こしている張本人らしい。
『出たああ! 竜巻のウィズだあああ! 屈強な選手達が次々と、リングの外へ飛ばされていくうう! これはひとたまりもない!』
なるほど、このバカみたいな爆風は竜巻のウィズとやらの仕業なのか。
僕は咄嗟に顔面を覆った。
それにしても風魔法とは珍しい。
一般的に基本魔法は火、水、雷の三つのみで、あとはマイナーだ。
大抵人が習得できるのはその三つだけだが、たまに特殊な才能を持つものが現れる。土、毒、風、身体強化などもその類だ。もっとも、特殊な魔法だからといってそれが強いための条件にはならない。結局本人の修行次第というわけだ。
僕はパワーウェイトのおかげで飛ばされずにすんだ。比重が大きかったから、中に浮くこともなかったのだ。
役にあることもあるんだね、パワーウェイトセット。
しかし、ほとんどの参加者にとっては致命的な攻撃だったようで、爆風がさった後リングの上に残っていたのは4人だけだった。
それを見て、爆風を起こしたウィズが口を開く。
「へえ、俺様の竜巻を受けて、まだ三人も立っているとはなあ。と言っても、一人は息も絶え絶えと言ったところだが」
カロス少年もまだリングに残っていた。
咄嗟に剣をリングに突き刺し、それに捕まることでなんとか竜巻を逃れたようだ。
僕も残った。そもそも飛ばされる体重じゃなかった。
そして、もう一人。
ニヤリと竜巻のウィズが視線を送った先には、リングの隅で息を切らせてはいつくばっているクロマントの男がいた。
『火槍使いのセボトンヌ! なんとか喰らいついたようです!!』
黒マントは火槍のセボトンヌというらしい。名前のインパクトが強いからすぐ覚えた。
『カロス少年も、飛ばされていません。さすがですねえ。あっ、そして、噂の苅川君も残っているみたいです!! 何とリングに残っている四人のうち、二人が高校生です!!』
『苅杉君ですよ』
『おっと、失礼』
カロス君は僕が残っているのを認めると驚いたような顔をし、そして嬉しそうに微笑んできた。
カロス君の緊張はとっくにほぐれたみたいだ。よかったね。
「ほう、ガキが二人も残ってるのか。それは気に食わねえなあ」
竜巻のウィズは僕とカロス君を見ると、不愉快そうに目を細めてきた。
「大人の大会で、しょんべんくせえガキがイキってたら、そりゃあ格好つかねえよなあ。おい、火槍使い、お前まだ立てるか?」
「……あたっ……り前だ!!」
セボトンヌはかなり苦しそうだが、槍を地面に突き立て、それを支えにしてなんとか立ち上がった。
「お前を倒すのは、後にしてやる。火槍使い、お前はあそこで突っ立ってる苅なんとかっていうガキを相手にしろ。俺様はカロスの相手をする。流石にカロス相手に横槍が入ると、俺様もただじゃ勝てないだろうからな。倒れかけのお前でも、あの程度の弱そうなガキなら相手にできんだろ?」
「……いいでしょう、ウィズさん! その共同戦線、私も乗ります!」
「へへ、そうこなくちゃあなあ!」
そういうやいなや地面を蹴って、竜巻のウィズがカロス君に襲いかかった。
爆風を背後に打ち出し、体を加速させているのだ。あの竜巻だけでも強力だが、どうやら肉体戦も出来たらしい。竜巻のウィズの剣をカロス君が受け止める。おそらくカロス君は、肉体強化系の魔法を得意としているのだろう。さっきから目立った魔法は使っていない。
竜巻のウィズの攻撃を受け止めながら、カロス君が僕に叫んだ。
「苅野君! こうなったら僕達も共同戦線だよ! 一緒に戦おう!」
「よそ見してんじゃねえ!!」
「ごふっ!」
竜巻のウィズの蹴りがカロス君の下っ腹に決まる。
よろけながも、カロス君は僕に親指を立てて見せる。
「いいだろう! 一緒に戦おうではないか!」
そう叫びながら、僕はにやついた。
だって、そうだろう?
一番厄介そうな奴らがお互いに潰しあってくれるというのだ。
そして、僕の相手は死にかけのセボトンヌ。
余裕。
隣の奴らが消耗し切ったところを見計らってセボトンヌにとどめを刺し、残った方を叩きのめす。
勝ったな。
僕は確信した。