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黒き雷帝は深淵より至れり  作者: 山木大吉
5/8

4 パワーウェイトセット



 魔剣コロシアム出場。

 この言葉だけでもうダメだった。

 子供の頃、目をキラキラさせながら毎日布団の中で思い描いていた自分の姿。

 大観衆の中で、強力なライバルたちと互いに技を凌ぎ合い、掛け替えのない想いを削り、ぶつかっていく。

 大魔法と大魔法の衝突。熱気に押し黙る観衆。

 想像しただけで、胸が高鳴って眠れなかった。


 そんな少年の日の夢が、正面入口の受付の列に並ぶだけで叶うという誘惑。

 無理だ、抗えるわけがない。


「ダメよ」

 

 矢橋は条件反射的な速さでそう返答した。

 考慮する余地もなく論外だとでも言いたげな口調だった。


「我、出たい」


 また同じセリフを繰り替えした。

 なんと言おうと僕の気持ちは変わらない。


 魔剣コロシアムは年に一度しか開かれない大会だ。これを逃したら一年後まで待たなくてはならない。

 たったの一年くらいと思うかもしれないが、高鳴る衝動を抑えながら一年も焦らされるなんて絶対無理だ。


 強い意志を持つ僕に、矢橋は呆れたようにため息をついた。


「そもそも私たちがここに来た目的は、この会場の調査でしょう? 自分だけ呑気に大会に出場して、後は私に全部を任せるつもり?」

「それは本当に悪いと思っている」


 出場者はルール説明とかウォーミングアップとかいろいろあるので、僕が大会に出場すればほとんど矢橋に協力することはできないだろう。一度協力すると言っておきながら申し訳ない。


「それでも、出たいのだ」


 そう、出たい。これは変わらない。

 矢橋は呆れてため息をついた。


「まあ私はマスターの配下ですから、ご命令とあらばなんでもしますけどね」


 気づくと矢橋の口調が敬語になってる。

 敬語になっている時の矢橋は、怒っているか呆れているかのどちらかだ。


 確かに、矢橋が拗ねるのも分かる

 でも……。


「矢橋なら、一人で爆弾処理くらい楽勝じゃないか?」


 爆弾処理を女の子一人に任せて自分だけ大会を謳歌するなんて、客観的に見て最低だ。

 僕だって相手が矢橋じゃなければ、絶対にしないだろう。


 しかし、矢橋になら甘えてもいいのではないか。

 矢橋の包容力を心のどこかで期待する自分がいる。


 重ね重ね言うが、彼女はまじで本当にスーパー優秀だ。

 今まで彼女がやってきたことを考えれば、いくら会場広しといえど、爆弾くらい簡単に見つけ出せるのではないかと期待してしまう。


 恐る恐る顔色を伺うと、矢橋は腰に手を当てて仕方ないわねというような顔を作った。


「まあ実際、余裕だとは思うけどね」


 なんでもないことのように、あっさりと矢橋は認めた。 

 ほら、やっぱり矢橋はすごいのだ。

 あまりのかっこ良さに、思わず惚れそうになる。

 

 しかし矢橋は渋った顔のままだった。


「とりあえず、調査の件は私がやってもいい。でも他にも一つ問題があるわ」

「問題?」


 僕は首を傾げた。

 何かあっただろうかと考えていると、矢橋は僕のおでこに人差し指を軽く当てる。


「あなた、強すぎて目立っちゃうでしょ」


 眼から鱗の発言に、思わず僕は空を仰いだ。


「そうだったああああ〜〜っ!」


 そうなのだ。

 僕は、自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃ強い。どれくらい強いかというと、そんじょそこらの出場者なら利き腕を使わなくても勝ててしまうくらい強い。


 そんな僕が普通に戦えば、何かの拍子に優勝してしまってもおかしくないだろう。むしろ、八割方優勝してしまう。

 しかも僕の性格上、闘うからには全力で勝ちを目指してしまう。

 

 つまり、出場した時点で僕が三万人の観客の脚光を浴びながらヒーローインタビューを受ける運命は決まっているようなものなのだ。

 裏の社会でも陰に潜むものとして、それは避けなくてはならない。


「八方塞がりだな……」


 去年の優勝者はイケメンだったこともあり、雑誌にすら取り上げられた。僕は顔はそこそこかもしれないけど、都合の悪いことに今日はオシャレをしてきている。矢橋が言っているように、見ようによってはイケメンに見えなくもない。


「変装すればいいんじゃないか?」

「それも一つの手ね。でも、きっと会場中で噂になるわ、あの圧倒的強さの男は誰なのかって。気をつけてたって、あなたに関するある程度の情報の流出は避けられない」

「確かにそうだ……」


 どんな奴がこの会場にいるかもわからない。天才ハッカーみたいなのが本気で僕の素性を調べれば、丸裸もいいところだろう。


 絶望的な状況に、僕は閉口するしかない。


 しかし、まだ諦めきれない。

 中途半端な願望じゃない。本気で夢だったのだ。

 拝むように見ると、矢橋は何度目かわからないため息をついた。


「仕方ないわね。マスターがどおぉーーーしても出たいっていうなら、許可してあげないこともない。でも、これをつけてもらうわ」


 そう言って矢橋は、何やら背中のバックから金属のジャラジャラしたものを取り出した。


「なんだそれ」


 僕の疑問を完全にスルーして、矢橋はいくつものパーツに分かれたそのジャラジャラした金属器具みたいなものを俺の全身に取り付けていった。


「だから、なんだそれ」

「はい、できたわよ」


 計6箇所、両足首と両肩と両手首に金属器具を紐できつく結びつけ終えると、矢橋は立ち上がった。ちゃんと取り付けられているか確認して、満足げに頷いた。


 矢橋が満足げなのは良いのだが、なんだろ、すっごく重たい。

 立ってるだけなのに普段の五十倍くらいしんどい。


「パワーウェイトセットよ。総重量八十キロ」


 こともなげに、矢橋は言った。


「それが一体なんなのかは、大体察した。しかし、流石の我もこんなに可憐な美少女のバックからゴツゴツした物が都合よく平然と出てきたことに対して驚きを隠せないのだが?」

「そんなに変なことかしら。準備の周到さは乙女の嗜みよ。いつなん時パワーウェイトセットが必要になるかわからないでしょ」


 当然だとでも言いたげに、矢橋は耳にかかった黒髪をかき上げた。

 もしかして、鞄の中にパワーウェイトセットを入れていくことは、ポッケにティッシュとハンカチを入れておくことくらい当たり前のことだったりするのだろうか。知らぬ間に世の中の常識が変わってしまっただけなのだろうか。


 しかしとすると、百キロ近くのバッグを矢橋はここにくるまでずっと背負ってきたということになる。今まで重そうな素振りを全く見せなかったから気づかなかった。

 もしかして、我慢してただけだったのだろうか。こんなあるかないかもわからない時のためにずっと我慢してたのだろうか。

 ごめんね、気づいてあげられなくて。


「それをつけて出ることが、魔剣コロシアムに出る条件よ。ちなみにそのパワーウェィトセットは特別製で、装着している人の魔力を九十九パーセントカットするわ。だから、魔法を使うときには普段の百倍頑張ってね」

「何だその鬼畜仕様」


 鍛えているとは言っても、所詮肉体は生身の人間と同じなので、八十キロも背負えば普段通りには動けない。スピードもスタミナもパワーもずっと落ちるだろう。

 でもそれにしたって、魔法が使える分有利だろうと思っていた。

 僕は剣術もそこそこできるが、主に得意としているのは魔法だ。特に電気属性の魔法に優れているので、そこらへんの魔法をどんどん使っていけば最悪動かないでも勝てるのではなかろうかと踏んでいた。

 しかし、どうやらそれは難しいらしい。

 例えば上級魔法『サンダーアタック』を使うときに必要な魔力の一パーセントなら、せいぜい初級魔法『ビリビリ』すら出せるか怪しい。その上、魔力は無尽蔵にあるわけではないから、できるだけ魔力の消費量を抑えなくてはならない。その意味でもこの魔力九十九パーセントカットというのはとんでもないハンデだ。


「どうする、やっぱりやめにする?」


 挑戦的に口元をにやつかせながら、矢橋が言った。

 きっと矢橋はこれだけハンデを負えば、さすがの僕でも一般部門すら突破できずに無残に散っていくとでも思っているのだろう。

 

 僕がやめるはずがないことを知っていながら、なんとも賢しいことだ。だったら良いだろう、乗ってやる。久しぶりにマスターはすごいのだということを矢橋にも思い知らせてやろう。


「ふふ……この程度のハンデ、望むところだ」


 こうして僕は魔剣コロシアムに出ることになった。

 


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