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黒き雷帝は深淵より至れり  作者: 山木大吉
4/8

3 闘技場にて


 時は流れ、日曜日。天気は快晴。

 言われた通り待ち合わせ場所の駅に来ると、矢橋はもう先についていたようで、柵に寄りかかって文庫本を広げていた。

 なんか女の子っぽいフリフリの服を着ておしゃれしている。

 夏に似合う涼しそうな格好で、通り過ぎる人がみんな振り返って矢橋に釘付けになってる。

 普段の地味な格好でも十分だけど、お洒落をするとさらにすっごい可愛いな。 


「待たせた」


 僕が声をかけると矢橋は読んでいた本から顔をあげた。


「ええ、待ったわよ。......マスターって、オシャレもできたんだ」


 矢橋は僕の格好を見て驚いた声をあげる。


 実は、今日は闘技場の調査ということで、周囲の人間に怪しまれないように普通の人間の格好ってやつをしてきたのだ。雑誌で最近トレンドの服を調べ、チェックのズボンや少しダボついたTシャツなんかも取り入れてみた。

 

 しかもなんと、今日の僕は眼帯を外している。

 正直眼帯がないと落ち着かないのだが、オシャレのためだ。

 残念なことに、どこのファッション雑誌にも眼帯をつけているおしゃれな人はいなかったのだ。仕方がない。


 ちなみに、左手の包帯はつけてるけど、これを取っちゃうと落ち着かなさすぎて挙動不審になりかねないので付けてきた。

 こんくらいはいいよね。


「かっこいいじゃない、どこぞのイケメンかと思ったわ」


 矢橋の言葉はおそらく半分くらい本心だろう。

 僕も鏡で自分の姿を見て我ながらなかなかイケていると思ってしまった。普段あまり服装に気を使っていない分、ギャップでかっこいいと感じてしまうのかもしれない。


「そうか? 矢橋こそ、見つけた時はどこぞの天使かと思ったぞ。すっごい可愛いな、なんでそんな可愛いんだ」


 これは全部本心だ。そして、事実だ。

 よく見ると、薄く口紅とかつけてある。僕と同じ高校生のはずなのに、色っぽさが段違いだ。


「もしかして我のためか? 我のためにおしゃれしてきたのか?」

「そんなわけないでしょ」

 

 そんなわけないだろうなと思って聞いたのだが、案の定そんなことはなかった。


「周囲に溶け込むために必要なのよ。決してデートで浮かれておしゃれしてきたとかじゃないわ」

「デート? 調査ではなかったか?」

「ん? そう、調査よ。当たり前でしょ」


 平然と彼女は言い放つ。

 やはり矢橋も周囲に溶け込むためにわざわざおしゃれしてきたようだ。


 確かに高貴な方々もたくさん来ている闘技場において、目立たないためにある程度のお洒落は必要だ。ちゃんと先を見越しているあたり、流石に矢橋は優秀だ。

 でも一つ不安な点は、矢橋のオシャレによって周囲に溶け込むどころか逆に目立ってしまうのではないかということだ。矢橋は超かわいいから、どこぞの馬の骨に目をつけられてしまうかもわからん。気をつけないといけない。


 

 待ち合わせて早速、僕たちは闘技場に向かう。

 試合が始まるまでかなり余裕があるが、あまりゆっくりはしていられないない。

 闘技場までは二駅で、そこで軽く朝食をとってから目的地に向かった。

 闘技場は決して普通の人間には知られないために地下の奥深くにある。 

 入るためには隠し通路がいくつか用意されていて、僕と矢橋が使ったのも、そのうちの一つだ。


 長い通路を下ってたどり着くと、試合も始まっていないというのに闘技場を埋め尽くさんばかりの観客が座っていた。足を踏み入れた瞬間、人の熱気が僕たちを襲った。


「相変わらずすごい人気ね」


 矢橋が額の汗を拭きながら言う。

 何年か前にも来たことがあったが、その時もこんな熱気が会場を満たしていた。ピリピリとした空気感を、懐かしさとともに思い出す。


 試合場は、闘技場の一番真ん中に設置されている。

 十五メートル四方ほどのリングが高々と設置され、何台ものスポットライトが当たっている。

 

 それを取り囲むようにしてびっしりと観客席が埋まっている。見渡したところ、観客はざっと三万人はいるだろうか。地下とはいえよくもこんなに大袈裟な建物をバレずに作ったものだと、僕は感心すると同時に半ば呆れる。


「これでは、獄蓮会の当主は簡単には見つかりそうにないな」


 会場には老若男女問わず様々な人がいた。

 とてもじゃないが、特定の人を見つけられる人数ではない。


「大丈夫よ、魔法が使える人間だけ当たっていくから」


 動揺も見せずに、矢橋が答えた。

 この会場に来ているのは、なにも特殊な能力を持った裏の人間だけではない。

 魔法が使える人間”ノービル”に対し魔法が使えない人間のことを”マルチ”と呼ぶのだが、会場の中でノービルはだいたい一割程度。

 残りの九割は全員魔法の使えないマルチだ。


 ノービルとマルチを決めるのは、決して血や生まれではない。

 実は、人間にはもともと魔法を作り出す魔素というものが流れている。

 それを自覚しコントロールできるようになることが魔法を使う条件であり、だから論理的にはどんな人間であれ魔法を使うことが可能だ。


 ただ、魔法を使うためにはそれ相応の努力が必要で、魔法を覚えたいと修行を始めてから初級魔法である”火の子”を発現できるようになるまでにだいたい十年はかかると言われている。

 僕は才能があったのと運が良かったのとで期間を短縮できたけど、それなりに代償は支払った。あまりコスパの良いものではない。


 たとえ裏の社会に生きてる人間で魔法を覚えることに魅力を感じても、それを極める途中で挫折してしまう者がほとんどなのだ。


「なあ、調査やめて一緒に見物しないか? 我はできれば日頃の疲れを癒すべく全力で魔剣コロシアムを謳歌したいのだが」


 相手だって警戒くらいしてるだろし、いくら矢橋でもこんな中で獄蓮会のトップなんて見つかるわけがない。

 と、僕は思っている。


 それならポップコーンでもつまみながら子供の頃に憧れた大会を見物するのも一つの手ではないだろうか。

 休日返上でやってきたのだし、そのくらいしてもバチは当たらないと思う。

 しかし矢橋の次のセリフは、そんな僕の淡い考えを吹っ飛ばした。


「爆発物が仕掛けられているとしても?」

「ぬっ!?」


 文字通りの爆弾発言に、僕は持っていたお茶を溢しそうになる。

 

「それは本当か?」

「あくまで可能性の話だけどね。私の勘よ」


 なんだ、感か。

 ……おっと、矢橋の感は当たるんだった。

 とすると、ここで呑気にくっちゃべってる暇もないではないか。


「何をしている、矢橋! 早速探しに行かないと爆発してしまうぞ!」

「大丈夫よ、今日爆発することはないと思うわ。感だけど」


 そんなんで安心できるかい!

 ……おっと、矢橋の感は当たるんだった。

 とすると、爆弾を撤去するのは試合が終わってからでも遅くないのか。

 僕はほっと胸を撫で下ろした。


 じゃあやっぱりポップコーンで見物だな。

 闘技場のどこかに屋台はないのか探しに行こうとすると、闘技場にアナウンスが流れた。


『〜ピンポンパンポン〜

 えーっ、只今より、魔剣コロシアム一般参加の応募を開始いたします。出場したい方は、正面入口の受付までお越しください。繰り返します。只今より、……』


 思わず耳を疑った。だって、今まで選ばれた選手しか出場できないと信じ切っていたのだ。


「今の聞いたか、矢橋?」

「知らなかったの? 去年あたりからあるわよ、一般参加の枠。決勝には一人しか進めないから、かなり狭い門らしいけど」


 どうやら、矢橋はこのルールについて知っていたらしい。

 だったらどうして僕に教えてくれなかった。

 今更のように少年の日の憧れが、胸の中に蘇ってくるのを感じた。

 

「我、出たい」


 流れるように、僕は言った。


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