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黒き雷帝は深淵より至れり  作者: 山木大吉
3/8

2 デート?




「どこに行ってたの、マスター?」

 

 じゃがいもたちとの激しい戦いから戻ってくると、黒髪の超絶美少女——もとい矢橋が俺を出迎えた。 


「変な奴らに絡まれてた」

「そう、それは災難だったわね」


 さも他人事のように矢橋はいうが、残念ながら絡まれた原因は全部矢橋にある。彼女から無自覚に溢れ出る魅力が他の者たちを誘惑し、それが僕への嫉妬に変換されるのに時間はかからないようだ。

 事実、今だって、ちょっと矢橋と会話をしただけなのに、クラスの注目を集めている。ヒソヒソと、なんであいつなんかが矢橋さんと会話しているんだ、みたいな会話が聞こえてくる。

 矢橋といえば、視線なんぞ気にもとめず堂々としたものであるが、僕はチラチラ気になって仕方がない。情けないね。


「で、何かようか?」


 尖った視線を浴び続けるのも嫌なので会話を急かすように僕は言った。


「マスターと会話をするのに、用事がいる?」


 さも当たり前だと言った表情で矢橋は首を傾げる。

 こういうことを無自覚に言うのだから彼女は恐ろしい。

 並大抵の男なら、けろっと好きになっているところだ。


 まあ、長年彼女と過ごしている僕は、そんなことで動揺しないけど。 


「なに鼻息荒くして、動揺してるの? 気持ち悪い」

「わわわ我は動揺なんかしないしい」


 おっと、鼻息が荒かったか。


 それにしても、矢橋は僕に全然丁寧語を使ってくれない。

 僕の方が立場は上なのに、気持ち悪いとか言い出す始末だ。

 使えない上司だからって舐めてるよなぁ。


 情けないことは、僕が使えないのは実際その通りなので舐められてもなにもいえないということだ。

 いつか言ってやりたい。

 僕だってやればできるのだと。


「まあ、別にいいけど。ほら、襟曲がってるわよ」


 そう言って矢橋はくっと背伸びをすると、自然な動作で僕の襟を両手で掴んで直す。

 彼女の綺麗な顔が近づき、柔らかくていい匂いが僕の鼻をひくつかせた。


 クラス中から僕に向けられていた敵意が、殺意に変わっていくのを感じる。

 ちょっとそこ、筆箱からカッターを取り出すな。


「……人目の付くところで不用意なボディータッチはやめるのだ」


 心を鬼にして、僕は言った。


「人目につかないところなら存分に触ってもいいと言うことね」

「決してそう言うことではないぞ、矢橋よ」


 僕が怒ると、矢橋はふふっと悪戯っぽく笑った。

 からかいが成功して喜んでいるとか、そんなところだろう。


 相変わらず可愛いけど、僕を誤解させるようなことを言うのはやめて欲しい。


「わかったわ。でも、今回は残念ながらボディータッチ以外にも用件があるの」

「まるでボディータッチが最初から用件だったような言い回しだな?」

「それでもう一つの用件というのは、次の日曜日のことなんだけど」


 矢橋は俺の疑問を完全にスルーして、その用件とやらの話を進め始めた。


「魔剣コロシアムって知ってる?」

「もちろんだ」


 矢橋の質問に、僕は首肯した。


 魔剣コロシアムとは、端的に言えば表の社会においての格闘大会のようなものだ。


 ただ格闘大会と違い、魔剣コロシアムにおいては剣の使用が認められている。

 あと、魔法が使える。これが大きい。


 全国から集められた裏社会の猛者たちが集い、己の技を競い合う。


 肉体戦と違って、大規模な火炎魔法のぶつかり合いは、見れば熱狂するほど迫力満点だ。だから、観客からの人気も非常に高い。


 ”ノービル”というのは魔法が使える者の総称のことだが、ノービルなら一回は憧れるのがその魔剣コロシアムへの出場である。


 かくいう僕も、昔はその大会で優勝することが夢だった。

 いろいろあって、未だに一度も出場できたことはないが。


「その大会なんだけど、不審な点があるの。それを調べにいくのを手伝って欲しい」

「不審な点?」

「昨日仕入れたばかりの情報なんだけど、日曜日そこに獄蓮会の現当主が来るらしいのよ」


 獄蓮会とは、裏社会の経済や秘密取引を牛耳る四代組織の一つである。

 その四大組織の名前は、裏の世界にいて知らないものはいない。


 一つがダークブラッドリユニオン、一つがポート・ネオ(通称PN)、一つがシルクハット同盟。

 そして最後が獄蓮会。 

 

 悪名高いダークブラッドリユニオンと違って、シルクハット同盟や獄蓮会はその大まかな構成すら分からない未だ謎に包まれた組織だ。


 特に獄蓮会は、どこに行ってもやばそうな匂いがぷんぷんする噂が絶えない。

 そこのトップといえば、もはや宇宙人が出てきてもあまり驚きはしない。

 

「それはまた、大物だな」 

「ええ。見つけることは困難でしょうけどね」

「しかし、それほど珍しいことでもないのではないか?」


 魔剣コロシアムはかなり大きな大会であり、注目度も高い。

 だから今までにも目が飛び出しそうな大物が戦士たちの戦いを見に闘技場に来ている。


 その大半がプライベートであり、獄蓮会の当主だけで警戒をするには情報が足りない。


「確かに、それだけだったら私も放っておくでしょうね。でも、これを見て」


 矢橋がポケットから取り出したのは、大会に出場するメンバーの一覧表記だった。


「出場者がなんだというのだ?」

「選手じゃない。主催者のところよ」


 矢橋が指差した先を見ると、組織名が連なる一番先頭のところに”ダークブラッドリユニオン”と明記されていた。


「なんでこんなところにダークブラッドリユニオンが手を出してるのだ?」

「さあ、分からない。でも、それが獄蓮会が動き出したことと関係あるとしたら?」

「どうなんだ?」

「それをこれから調べるんでしょ」


 大真面目な表情で矢橋は言った。


「とりあえず、何か大きなものが陰で動いている気がするの。これは私の感よ」


 一個人の”感”なんて不確かなものを僕は普段、絶対に当てにしない。

 しかし彼女の場合は話が別だ。

 今までにも、彼女が『何か怪しい』と事前に報告していたことは何度かあった。初めの方はあまり気に留めなかったが、なかなかどうして、これが外れない。

 

 後日になってそこから大量の兵器が掘り出されたり、有名貴族の死体が出てきたりすることもざらでは無かった。

 そういう経験が何度か重なって、すっかり僕は彼女を信頼し切っている。


 彼女がいうのだから、今回も『何か』が魔剣コロシアムの裏で動いていることは間違い無い。

 僕は深く頷いた。


「わかった。日曜日は開けておこう」

「もともと用事なんてないでしょ」


 そう言い残して去っていこうとする矢橋に、僕は声を掛ける。


「いや、あるぞ」


 どっかにいこうとしていた矢橋はピタッと足を止めてスタスタ戻ってきた。


「まさかそれ、女じゃないでしょうね」

「女だが、どうかしたのか?」


 そう答えた瞬間、矢橋の形相が恐ろしいものになる。

 例えていうならば、まるで鬼だ。

 焼いて食べられそう。


「……今すぐ別れなさい」


 恐ろしく低くて太い声に、僕は思わず身震いした。


「ええっ、しかし母さんにはまだあまり親孝行できてないのだが……」


 休日買い物に付き合うよう頼まれていただけなのが、なんかまずいことでもあったのだろうか。

 矢橋は僕の言葉を聞くと、すぐに気の抜けた表情になった。


「えっ、ああ、お母さまね、なんだ……。そういうことならいいわよ、別れなくて。これからも親孝行たくさんしてあげて」


 そう早口に言うと、矢橋は胸を撫で下ろした。


 どうやら、誤解が解けて機嫌を直してくれたようだ。矢橋はたまにこうやって急に怒りだす時があるのだ。大抵は矢橋の誤解のようなのだが、なにを誤解しているのかはいつも分からない。


「じゃあ日曜日、忘れないでね」


 そう最後に念を押して、足早に矢橋はどこかに行ってしまった。


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