結局なんのために転生したのかなと思います
「喜んでもらえたようでなによりです、えへへ……」
「変わるのは見た目だけで、ウチの”水鏡”とかは問題なく使えるみたいスね、ハイ……わ、このしましまウサギさんソックスまでそのままなんスね。ちょっとハズいかも」
リサは記憶にある世に出回っていたL.I.S.A.と、目の前の鏡に映し出されている自分自身とを比べ、とんでもない再現度だなと驚嘆していた。
「あ、さっきから気になってたんですけど、”みかがみ”?って何ですか?」
「コレっスか?ウチが望んだものをなんでも映し出せて、しかもウチの魔力の範囲内ならなんでも跳ね返せるらしいスゲェ能力ッス。こうやって、ステータス画面みたいなのも開けるッスよ」
そう言ってリサはカノンがキーボードの画面に出すそれと同じようなステータス画面を”水鏡”に映し出す。
リサ・桜庭・ミウミウ
Age.19
HP:97615810/98263000
MP:518326/521000
SP:11872/12500
"嫉妬のイデア"
"色欲のイデア"
"暴食のイデア"
"生死のイデア"
嫉妬 LV12
色欲 LV11
暴食 LV8
水魔法 LV12
銀輪 LV12
水鏡 LV12
何に使うかわからない能力だらけであったが、ひと目見ただけでまともに戦えば勝てない相手だなと理解したカノンは、改めて目の前のこのファンシーな生き物に喧嘩を売らなくてよかったと心の底から思っていた。リサは本人が思っている以上に悪魔の才能があるのだろうなとカノンは考えていた。本人の力がこれほどまでにあるにも関わらず、「リスペクト」などという言葉で自分を褒めちぎるのはもはや意味がわからないなとカノンは苦笑いを浮かべた。
「はは、大変お強いんです、ね……」
「あー、これはなんツゥか、アンちゃんがガチで強いからウチもその影響でこんななっちゃっただけっぽくてさ、それでイキんのはなんかダサいッつぅか……わり、見なかったことにしてくれると助かるッスわ」
そう言うとリサは手をぱっ、ぱっ、と振り、”水鏡”を四散させて元の海水へと戻した。
「ええと、ラブアンド、ピース?を目指してる……んでしたっけ。リサさん的には、水魔法!暴食!とかで相手をやっつける!っていうのはなんか違う、というような?」
「そッス。世界平和の為にはこんなデケェ力、ジャマなんスよね。まァこんな世界だとこの力頼りになンなきゃいけない時も来ちまうンすけど……最低限、ウチを世話してくれたダチは守りたいなって思うンで、それなりに努力はしてるッス」
リサは一瞬うつむいて暗く鋭い表情になった後、すぐに「へヘッ」と前歯を見せて物柔らかな印象に戻り、「ダチ」の居るらしい海の底を誇らしげに見つめた。
「そう、なんですか……友達を守りたい、なんて考えたこともなかったです。みんなで頑張って、協力して、それで強い敵にも勝ってー、てやってきたので」
カノンにとってリサの姿は、カノンが”変化”の力で小さくしたにも関わらず、先程まで辺りを無造作に荒らしていたクジラの化け物よりも大きいものに見えていた。後ろで応援していればパーティメンバーがなんとかしてくれると信じ、補助魔法をかけ続けることに専念していたカノンには、目の前の身近でかわいいマスコットのような人物がとても遠い存在に思えた。
「んー、よくわかンねっスけど、それがカノンちゃんのやり方ならいいンじゃないスかね。こう、持ちつ持たれつ的な?」
「持ちつ、持たれつ……ですか」
「あー、なんつゥのかな。出来ることをやりゃいいンじゃないスかね?この子らとカノンちゃん、仲良いみたいッスし。ダチ同士を頼りにするって、カノンちゃんが思ってるより……ウチが、ダチをドーンと守ってやるのより、ムズいことなんじゃね?って思うンすけどね。そこンとこはリスペクトっすわ。ここの人間、なんつゥかダチを大切にしないトコあるンで」
「そう考えてみれば私はずっと、大切にさせてもらいっぱなしですね……」
「その年ならさ、いンじゃね?どんどん甘えちゃった方が良いッスよ」
「そういうもの、ですかね……」
カノンはリサの“水鏡”に映し出されたステータスに、Age.19というものが書いてあったことを思い出す。海外ゲームをやっていた経験から、Ageが年齢を表すということはカノンも知っていた。ここからカノンの年も見られているんだなとカノンは推測したが、バーチャルアイドルとしての仕事で二十歳前後の人と一緒にゲームなどで遊ぶ機会の多かったカノンは、大人と自分はさして変わらないのではと思っていた。バーチャルアイドル「カノン」はかつて気配りのうまい性格を売りにしており、年上の仕事相手の方が子供っぽく振る舞うこともしばしあった。
「カノンちゃんはなんツゥかさ、早くオトナになりすぎたんじゃないスかね。ほら、さっきからカノンちゃん、ウチの言うことを”聞い”てから様子を伺ってー、顔色を伺ってー、て感じじゃないスか。もっと自由にさ、フリーダムにさ、スカっと生きた方が良いと思うッス──悪魔らしく?」
リサは眼帯をつけていない方の左目を左上に向け、ふゅっひゅーと口笛を吹く。その風音は、一切の悪意も善意もなく、機械的な事実を述べているまでと主張しているように"聞こえ"た。
「私は……私は」
カノンは思い出す。親が、学校が、運営会社が、ファンが、周りの人間の何もかもが嫌になって、自殺をしたこと。人間に復讐を誓い、『悪魔になって、人間共に非道の限りを尽くそうと思います』と言って、異世界に転生したこと。
転生すれば全てが変わり、自分の思い通りになるとカノンは思っていた。
カノンは、橘奏乃子は、変わっていなかった。カノンは、バーチャルアイドル・カノン姫は、カノン・ベネデッティはいつだって、人の声を”聞い”て、あるいは見て、受け止めて、相手の都合の良いことが”聞こえ”るように音を発信する、偶像になっていた。
「自由じゃない……悪魔なのに……?」





