悪とか正義とかよくわからないなって思います
カノンが”聞いた”中では一番良い宿を取った一行は、そこで明日以降の予定について話し合った。クロッシュは精神を統一したいと言い、別の素朴な宿を取っていた。
「明日は海路を通って、グレシリアに行くわ。昼間に話していた悪魔さんの協力があれば、すぐに着くみたいね」
ルーティはクロッシュと話し合って確認した予定の書かれた紙を参照しながら、明日の道程を説明する。
「海路は、いいね……陸路を通っていくと、レギウスが圧力をかけている……らしい?貧困都市を通っていくことになるから……ご飯が、たぶんおいしくない」
「貧困都市、ですか……なんか、そこに住んでる人たち、かわいそうですね」
カノンは美味しいご飯が食べられないという貧困都市の話を聞き、同情的な気持ちになっていた。
「貧困都市の問題はぁ、私達がなんとかすることじゃありませんよねぇ。どこかが裕福になったら、どこかが貧困になるようにできてるって孤児院で教わりましたし」
「一つの国になったことで、内輪揉めが更に激化したというのは皮肉な話ね。少しかわいそうだけど、私達がどうにかできる問題ではないわ」
「わたし達が出来ることは、強い魔物をぶっ飛ばして、その一部を税金として国にお金を渡して、国の手で貧しい人が救われることだって教わったの。でも、ゼノビアではそれがうまくいってないって話だから、あんまり納得できないの」
この世界ではネプテュヌス共和国など特殊なパターンを除けば、貧富の差が激しい都市がほとんどであった。孤児院に入り、その中でも特別待遇を受けていなければ満足に食事のできないゼノビア王国出身のデイジー、ルーティ、リリカの三人にとって、貧困とは身近で当たり前なものであった。
「うーん、そういうものなんですかね」
それなりに裕福な日本の住宅街で生まれ育ったカノンの貧困に対する理解は、机上でしか存在しなかった。「生まれ育った場所のせいで、理不尽な目にあっている人が居る」という程度の認識であった。
「貧困を根本から解決するには、そこに住んでいる人全員がお金を稼ぐ為の知識をつけて、生産力を上げていかなければならないの。その辺りの改革は、政治家の仕事なんじゃないかしら。それこそセルゲイのような、ね」
「あー、あのおじさんがそんなことするとは思えませんね。そしたら私が次の戦いであのおじさんに勝てば、あの国でも美味しいご飯が食べられるんじゃないでしょうか」
「あの国の現状を考慮すると、セルゲイよりも悪い宰相が現れることは否定できないわ。そう簡単にはいかないと思うけれど……次の戦いでカノンちゃんは、自分のことだけを考えていればいいんじゃないかしら。後のことは、あの国の人がなんとかするのだから」
「それはなんだか……うーん、難しいですね。でも死神っていうのは、そういうものなんですかね」
カノンは単純にセルゲイを倒せばゼノビア王国は平和になると思っていたが、ルーティの説明を聞くとそうでもないようなので、自分に出来ることを考えた。
「絶対的な権力を持つセルゲイが倒れることで、ゼノビア王国には新しい風が吹くと思うわ。とはいえ、絶対的な独裁者が倒れた後は政治が不安定になるから……そこは、王女様の頑張り次第ね」
「そうですね、その時は応援してあげたいなって思います、王女様。会議の時は、きれいでかわいかったのに、ずーっと暗い表情してましたし、だいなしだなって思ってました」
「カノンちゃんの応援なら、きっと元気になってくれると思うわ。今はまだ悪魔が気軽に入国できる環境ではないけれど、あの王女様に期待しましょう」
「そうですね……今日はもう遅いですし、また今度ゆっくり考えようと思います。おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
カノンはルーティから説明された様々な情報を咀嚼しながら、眠りについた。
勇者、悪魔、死神。
その全ては、地球での創作物と、この世界で実際に目にしたときの印象とはまるで違っていた。
そればかりか、これまで接してきた人間の感情も「橘奏乃子」がインターネット上やリアルで常に投げられていた嫉妬や傲慢にまみれた悪意とは異なり、それぞれのほとんどが自分の目標に向かい、魔物を討伐したり、店を経営したり、音楽に打ち込んだりしていた。
地球での人間の感情が”聞こえ”ていたら、起きている間中吐き気が止まらなかったことであろうとカノンは推測していた。
戦争の相手をしているはずの勇者フェーベは、夕食の際も無警戒に、カノンと酒をひっかけながら肉をもさもさと食べていた。
人間が嫌いになり悪魔として異世界に転生したはずのカノンは、今こうして人間と談笑し、ゆっくりと眠りにつくという毎日を送っている。
──悪いって、何?悪魔って、何?悪いから、悪魔なの?悪いのは勇者?悪魔?
ギリアムさんに悪さしてたのは、セルゲイ。
セルゲイを倒せば全てが、終わるわけじゃない……?じゃあ、私はどうすれば……?
答えの出ない問いを自分に出題し、その謎が解けないままカノンはすやすやと寝付いた。





