店の雰囲気で料理の味はぜんぜん違ってくるなって思います
ガラド伯領地に入る手続きは、ネプテュヌス共和国よりも簡単なものであった。衛兵らしき人に「滞在目的は?」と聞かれ「観光です」とルーティが答えると、「そうですか、存分に楽しんできてください。この国では個人目的での購買について、関税は一切取りませんので!」と満面の笑みで通された。
馬車から降り、金色に輝く”生まれ変わった伝説に伝わる禁じられた封印の杖”レーヴァテイン・ノヴァを見せびらかすように歩く先頭のデイジーを見ても、道行く人はなんか変な人が居るといった程度の目線を送って、何も言わずに通り過ぎていった。各々が忙しそうに、自分の用事を次から次へとこなせるようメモを見たり独り言を言ったりしながら、狭い道を速歩きで行き交っている様子は、日本の首都圏のように慌ただしかった。
「人がいっぱいで、賑やかな街なの!なんだかワクワクしてきたの」
「ネプテュヌスよりごちゃごちゃしてますけど、楽しそうな国ですね!」
ネプテュヌス共和国を行き交う人々の調和を重んじた”音”をカノンは心から気に入っていたが、ガラドの人々のスピーディに淡々と物事をこなすメカニカルな”音”もカノンは嫌いではなく、ふむふむと頭の中で一人一人の”音”を観察しながら街を歩いていた。
「ほう、ほう……ガラドに来るのは何十年かぶりになるが、より一層活気づいとるな、こりゃ」
「交易の面では、ネプテュヌス共和国よりも栄えていそうね。さっき言っていた、ゴキゲンな悪魔さんが影響しているのかしら」
「それもあるが、ここにはネプテュヌス共和国や隣の領地のフォルトゥナとうまくやっていくバランス感覚のある領主がおってな。そいつが巧みに関税撤廃キャンペーンとやらを駆使したり、魔物の大量発生なんかで困った時は冒険者を派遣したり、格安で武器を輸出したりで、貿易相手はこの大陸に収まらないと聞いていたぞ」
「成程。その人の意志が代々受け継がれて、今の繁栄があるのね」
「ああ。あいつはまあ、食えん奴だったがな……あ、あれは!ハンザ・バルじゃないか」
「ハンザ・バル……うん、あそこから、とってもいい匂いがする。入ろう」
フェーベは吸い寄せられるように「ハンザ・バル」と書いてある看板が吊り下げられているドアを開け、中に入った。デイジーもそれに続き、ぴょこぴょことしたステップを踏みながら入店する。
「クロさんが知っているということは、相当前からある店なのかしら」
「ああ、俺はあそこでよく演奏をする代わりに飯をおごってもらっていたからな。といっても、五十年ほど前の話だが……」
「五十年もやってる、老舗なんですね!」
「ああ、だから驚いたんだ。あいつぁ弟子を取るようなタイプじゃなかったし、結婚もせんだろうからな。生きていりゃ100歳超えてんだろうな、あのオッサンはなぁ」
一行が店に入ると、若い女性に「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」と出迎えられた。店内には老人のような影はなく、どうやらクロッシュが言っていた当時の店主は居ないようであった。ベス火山で戦ったドラゴンがそのまま入りそうなほど広い店内はカノン達6人を入れて、ちょうど満席であった。
「注文は私にまかせて。えっと……すみません、これと、これと……あと、これを」
フェーベは自分の食べたいものを全て注文していく。カノンはフェーベの指をさした先になんとかの丸焼きというようなことが書いてあったのを見ており、よっぽどお腹が空いているのかなと思っていた。
「あ、あそこでなにか始まるみたいですよ!なんだか、大掛かりな楽器ですね」
運ばれてきた穀物酒に口をつけていると、店の中央に設置されたステージらしき所で、木琴を大きくしたような楽器のソロ演奏が始まった。その軽快なリズムを聞いているうちにカノンは食欲が増幅され、気付くとまだ料理が運ばれてこないのかなといった風に机をトントンと叩いていた。美味しい物を食べている時の幸福感をそのまま音にしたような旋律だなとカノンは感じていた。
「あんな楽器、ゼノビアでもネプテュヌスでも見たことないの。ルーティは知ってるの?」
「いや、私も知らないわ。カノンちゃんが使う楽器と似ているような気はするけれど…」
「アレぁ、シルダムって楽器だな。ここを切り盛りする人も内装も随分変わったが、あのシルダムだけはなーんも変わっとらんな。店も、楽器も、大事に受け継がれておる」
クロッシュは店内を陽気なリズムで彩っているシルダムという楽器について、感慨深そうに語っていた。
「見て、料理、運ばれてきた……うん、思っていた通り、とっても多い」
フェーベは赤茶色のソースで彩られた料理を眺めて、うっとりとした様子でつぶやく。カノンは丸焼きという文字列からグロテスクなものが運ばれてくるのではと少し心配していたが、首を落とされている状態で運ばれてきたのでただの肉の塊といった印象であった。
「あのぉ、これぇ、私達だけで食べ切れますかねぇ……?」
リリカは不安そうにこぼした。
「なんなら、私一人でも食べきれると思う……心配、ないから」
「量はともかく、とってもおいしそうなの!」
デイジーは要領よく肉塊を人数分に切り分けると、ぱくぱくと美味しそうに口へ運んでいく。
「さっきの穀物酒と合うように、絶妙な味付けになっているわね。多くの飲食店が並ぶ激戦区の店内が満席になっているのも、納得だわ」
「料理の味もそうですけど、この曲、聞けば聞くほどお肉が食べたくなっちゃいますっ。なんですかね、リズムでしょうか、メロディでしょうか……うーん」
カノンは”音”がよく聞こえるため、奏者が「ご飯を美味しく食べられるように」作った音楽から受ける印象が、そのまま自分の感情となってしまっていた。カノンはこの日、フェーベが食べるそれと同じ程度の量の肉を夢中で平らげていた。





