ごはんがおいしいカフェに行こうと思います
カノンのお気にのポーチは、蓋が閉まらないほどにお金でいっぱいになった。鉄貨なのでぱっと見いくらあるのか見当がつかなかったが、少なく見積もっても5000ドゥカ以上はありそうだった。
これで当分はやっていけそうだ…今日は、自分へのご褒美だ。暗くなるまで街中遊び歩いてやろうとカノンは思っていた。
カノンの生前は、学校、レッスン室、配信スタジオを往復する生活で、全く街を出歩く余裕がなかった。ネプテュヌス共和国のきれいな町並みが、彼女の好奇心を強く刺激していた。
人々がまばらになり、カノンとアリネスだけがその場に残された。
「あの、なんか色々ありがとうございました、これはお礼です」
言うとカノンは、アリネスに100ドゥカ硬貨を7枚手渡す。11歳としてはかなり大きい部類に入るカノンの握りこぶしに許容できる、限界の枚数である。
アリネスは、結局人が途切れるまで、カノンへの投げ銭の列を整えていた。
生前のライブ会場では、あそこまで手際よく列の整理が出来た試しはなく、大体ぐちゃぐちゃになっていたものである。
「いいの、これはもらえないわぁ。私、これ姫様に頼まれて仕事でやってるからぁ。ここぉ、少し前まで変な団体が集まっててぇ、大変だったのよねぇ」
カノンは、広場に貼られたポスターを見渡す。激昂魔法禁止、魅了魔法禁止、召喚魔法禁止、誘拐事件発生注意…などのポスターがずらりと並んでいる。
「そうですか、はは…これだけ良くしてもらえると、何か申し訳ないんですけど」
「そぉお?じゃーあ、私この後暇だからぁ、お散歩に付き合ってもらえるかしらぁ」
「え、いいんですか!?そんなの、私から頼みたかったんですけど!」
「ふふ、決まりねぇ。じゃあ、まずは私のお気に入りのカフェに案内するわねぇ」
一行は、裏路地に入る。さっきまで見ていた町並みは壁の色が白に統一されていたのが、だんだんとグレーや茶色の建物が増えてきて、怪しいポスターがベタベタと貼られた建物も見えた。
カノンは冒険しているようなワクワクした気持ちになる。そういえば朝からずっとピアノの練習をして、ライブをしてで何も食べていなかったことを思い返していた。カノンの期待が膨らむ。
「ここよぉ。ごはんはすっごい美味しいんだけどねぇ、"マスター"がちょっとねぇ…怖くないから安心してねぇ」
アリネスは、赤と黒で豪快にペインティングされ、扉にコウモリのようなものがあしらわれた店を指した。「血肉の宴」という名前であるらしい。カノン一人であったら、怖くて絶対入らないであろう。
「は、はい。おじゃましまぁ~す」
やけに重い扉をギギィ…と開けると、透明感のある銀の髪をボブでカットした細長い男性がコップを磨きながら、こちらを睨みつけていた。目は、白目と見分けの付かないほど薄い灰色の瞳をしていた。
「なんだお前か、アリネス。今日の日替わりディナーはデラボーアフィッシュのソテー、あといつもの前菜だ。合わせる酒はヴァル酒が良いだろう。そこの小さいのも飲むのか」
「お、おじゃましましたぁ!…あぁだっ」
"マスター"らしき人が顔に血管を浮かべながらこちらを睨んだのがあまりにも怖かったので、カノンは高速で後ずさりしてしまう。と、入り口の重い扉がけっこうなスピードで閉まったため頭をぶつけてしまった。
「あぁカノンちゃん大丈夫!?こぉら、そうやって愛想悪いからお客さん寄り付かなくなっちゃうんでしょぉ、もう。私は空いてるほうが落ち着くからぁ、良いんだけどぉ」
アリネスはカノンの頭を撫でながら、マスターに不満を告げる。
「ふむ…飯を食って、金を払って、それで出ていってくれれば誰でも良いんだがな。それでそこのパリカー、酒は飲むのか」
「ぱ、パリ?なんて?」
「お前は、自分のこともわからないのか。お前は悪魔で、種族はパリカーだろう。放っている魔力が、そう言っている」
そういえば自分の種族の説明をミケから受けていなかったことをカノンは思い出す。パリカーっていうのか。この人もしかしたら、見かけによらず案外優しいのかも知れないとカノンは思う。
「あ、はい!お酒!飲んでみたいです!憧れてたので」
「では日替わりディナーとヴァル酒を2セットだな。それでいいか」
「えぇ、それでお願いするわ。」
するとマスターは凄まじいスピードで裏の厨房に引っ込み、カンカンカンカン!と音を立てながら調理を始める。
カノンはがら空きの隣の席にキーボードを置き、カウンター席の木を赤で塗りつぶしたような椅子に腰掛ける。座り心地は、無骨な見た目の割に悪くなかった。
「カノンちゃんい~い、お酒ってゆうのはねぇ、ゆぅ~っくり飲むのよぉ。あんまり早く飲むともったいないし、むせちゃうからねぇ。レディの嗜みよぉ」
「はい、楽しみです!」
「いつもの前菜だ。今日のドレッシングはちょっと酸味を強くしてみた、どうだ」
と言うが早いか、早速前菜がグラスに入った酒とともに2セット、カウンター越しにドン!と出てくる。調理時間は2分くらいであろう、信じられないスピードである。
バラの花のようにカットされたみずみずしい葉っぱが中央に置かれ、上部にはパンとスープが添えられていた。左には魚の切り身が三切れ盛り付けられており、店内の赤い照明にキラキラと反射していた。
左下と右下には、魔力の"音"が聞こえてくる先端に花をつけた野菜が、素材そのままソースが添えられ置かれていた。
「わぁ…」
一流の庭師が整えたお花畑のように盛り付けられたそれは、芸術のようだった。カノンはその出来栄えに、恍惚とした表情を浮かべる。
「どうした、これは彫刻でも絵画でもないんだぞ。さっさと食え」
「はい!いただきま~す!」
仏教文化の生み出した手を合わせる動作に、マスターは特に突っ込みを入れることもなく、裏の厨房に戻った。
アリネスも料理に、同時に手を付ける。乾杯のような文化は、ないみたいだ。カノンはもぐもぐと口いっぱいにお花畑を頬張りながら、ヴァル酒に手を伸ばす。
「カノンちゃん、お酒はゆぅ~っくり…」
「わかってます!…んん!」
「どうしたのぉ?口に合わなかった…?」
「すっっっごく美味しいです!これ!最初にちょっとぴりっとして、その後にすっぱいのとフルーツがばぁ~!ってしてます!それで後にちょっと甘いのが来て、すっきりしてます!」
「あぁ、それならよかったわ。マスター、飲みやすいお酒ばっかり選んでくるんだもん…これが、癖にならないと良いけどぉ」
皿の上の料理が右下と左下の草だけになった頃、マスターが魚料理を運んできた。
「デラボーアフィッシュのソテーだ。今日はかなり質が良いものが手に入ったから、レアで焼いてみた。ここ一年で一番柔らかい仕上がりになったぞ、どうだ」
マスターが先程より少し柔和な表情になり、魚料理をカウンター越しに置く。緑、紫、黄色の新鮮な葉っぱが乗った魚のソテーの横に、赤いソースが添えられている。
「いただきます!」
早く食べないと怒られる"ルール"を理解したのか、カノンはがっつくようにソテーを切り分け、口に運ぶ。
「ん~~!!これが、本当にお魚なんですか!口の中に入った瞬間、ほわって溶けて、なくなっちゃいました!」
「ね、カノンちゃん。料理はすぅっごくおいしいでしょ。」
「はい!来てよかったです」
カノンはよっぽど気に入ったのかヴァル酒をもう四杯頼み、ゴクゴクと飲んで魚料理を流し込んだ。あまり美味しすぎるお酒も考えものねぇ、とアリネスは思う。酒だけでいつまで居る気だ、と言わんばかりにまたマスターはこちらを睨みつけている。
「じゃあお金、置いとくわねぇ。いつもと同じでしょぉ。ごちそうさまでしたぁ。あこらカノンちゃん、これ忘れ物ぉ」
とアリネスは70ドゥカを支払い、カノンの手を引きキーボードを回収しながら退店する。
「まったく…いつもうるさい客の騒がしさが、二倍になってしまった」
と、マスターは毒づく。草やソースが散らばった机をこれまた凄まじいスピードで片付けると、皿洗いに着手するのだった…
「すぅ…すぅ…」
カノンは酔いつぶれて完全に寝てしまった。先程までの完全なアイドル像はどこへやら、よだれが垂れている。外はもう夜だ。HPが15しかないカノンが外で寝ていたら、大型の魔物が蹴躓いて下敷きになった拍子に死んでしまいそうである。
「こぉ~ら、女の子がこんなところで寝ちゃだぁめ。起きないとぉ~~~ふぅ~…」
「ひゃあ!?」
カノンは、息とともに何か冷たい魔力のようなものを耳に流され、飛び起きた。
「カノンちゃん。ここから一人で帰れる?よかったらぁ、送ろっか?」
「あいえ、大丈夫です!ちゃんと方角は"聞こえて"くるので!あっこれ!さっき支払い忘れてました、それじゃ!」
とカノンは強引に100ドゥカ硬貨をアリネスに握らせる。そのままカノンは走り去ってしまった。
「聞こえてくる、ねぇ…もしかしたら私達、似た者同士なのかもねぇ。それじゃぁ、またぁ」
アリネスは手を降って、ポーチの中身をジャリンジャリンと鳴らしながら夜を走り抜けるカノンを目で追う。
カノンは「ブルネルスキの家」に戻り、チェックインを済ませると、そのまま部屋のベッドにボフッと飛び込んだ。
色々やることがあるような気がするけど、まぁ、いっかあ……
とカノンは最大限の力を振り絞って寝間着に着替え、そのまま掛け布団を頭まで被り、眠りにつくのであった。





