見たことのない場所に行くのは楽しいなって思います
一行がフェーベとアテーナが住んでいる家に到着し、リリカの選んだ服に着替えた。リリカが言っていた通り動きやすそうであった。シンプルな三枚の構造の一番上にあるエプロンのような部分にあしらわれた刺繍がかわいらしく、カノンはこれを大層気に入った。
アテーナがいつも本を読んでいるリビングに行くと、そこではアテーナが何かを考え込みながら本に何かを書き足していた。
一旦中断してもらい、ルーティが中心となりアテーナにこれまでの経緯を説明した。
「……そういうわけだからギリアムなる悪魔王の暴走を止めることは出来たのだけど、目的が一致した私達はミュラーゲントゥム大森林へ行くことになったの」
「ええ、ええ……やはり悪魔王に対抗できるのは、悪魔王のみということでしょうか」
「……神である貴方は、悪魔に対抗するための勇者を召喚する立場であると聞いているのだけど。今までの勇者さんはどれ程、あの化け物に対抗できたのかしら」
「ギリアムは478年前に召喚され、439年前に悪魔王となりました。今まで召喚されてきた勇者は、あれを倒すのが自分の使命であると知るや否や、勇者の権利を放棄すると宣言する者ばかりで…」
アテーナは分厚い本を本棚から魔法のようなもので引き寄せると、ギリアムを写実的に描いたスケッチとその能力らしき文章がびっしりと書いてある箇所を参照しながら、物憂げな表情でそれが暴れてきた経緯を説明する。
「私があれを見たときは……『これと、これと、これのレベルが足りない、今は逃げるしかない』っていう”啓示”が来たから。かえって、良い目標になったかなって……思った。次は攻撃が通るように……剣の威力、上げておかないと」
「わたしも、次に戦うときはまともに攻撃を当てたいの」
「いや、はは……私がいい感じに調子を整えてあげたので、しばらくは暴れないんじゃないかなって思うんですけど。できればその、戦ってほしくはないかなーって」
カノンは自分を深い森の中からネプテュヌス共和国まで案内してくれたギリアムと、なんとしても悪魔王ギリアムとまともに戦いたい仲間のフェーベとデイジーとの間で板挟みになっていた。
「カノン・ベネデッティ。貴方は勇者を倒し、イデアを集めることが使命だとマスターである死神に言われ、この世界に召喚された筈です。貴方の立場と能力なら、あの場でギリアムをけしかけ、フェーベを殺してしまうことも……可能だったかと」
「え、うーん……そんなことをする理由がわかりませんよ。だって、ここに居る人はみんないい人ですから。そう、”聞こえ”てきます」
「いい人だから、ですか。それが、死神としての権利と義務を放棄するに値するものなのでしょうか」
「だって、戦争?……のためにいい人が死ぬなんて、悲しいじゃないですか?」
カノンは自分が言っていることが当然であるというように、首を傾げる。
「……ふふっ、これはこれは。死神側の人選ミスでしょうか」
アテーナは堅い表情を崩し、控えめな笑みを浮かべた。
「そうですかねぇ。私の死神さんは、『カノンちゃんらしくていいんじゃない』って言ってくれたんですけど」
「ふむ。死神側は、平和共存路線を歩もうとしているのでしょうかね」
「あー、そうですね。私は平和が一番かなって思います」
自分にとってやりたいことをやっているだけに過ぎないカノンは、神との対立を全く考慮せずにあっけらかんと言い放った。
「本題に戻るけど、私達はミュラーゲントゥムまで向かうにあたって、またフェーベさんを少しお借りすることになるわ。これについては、大丈夫かしら」
「フェーベにとっても、良い修行となるでしょう。是非、同行させてやって下さい」
「うん……よろしくね」
フェーベは何かを期待するように、ルーティの目をじっ……と見つめながら言った。
「ありがとう。こちらこそ、よろしく頼むわ」
「わたしもフェーベと一緒に冒険したかったの!よろしくなの」
一行はフォルトゥナ冒険者ギルドから出ている馬車に乗ると、まずはガラドという海に面した町へ向かった。
「ガラドつうのはネプテュヌス共和国との中間貿易で発達した港町でな。直線距離でいえばルグディ、レギウスを通っていった方が近いんだが、通行税や安全性を考えたらこっちのが楽なんだ。あそこ一帯の山には長く踏破されていないダンジョンがあってな、その周りには魔物がうじゃうじゃ居るんだ」
フォルトゥナからミュラーゲントゥムまでのルートを提案したクロッシュは、淡々とその道筋の解説をする。
「ゼノビアでは、ガラドには水の悪魔が住んでいるから近寄るなという風に伝わっていたのだけど。恐らくゼノビアとしては、ネプテュヌスとの友好国に良くない噂を流したかったのかもしれないわね」
「ああ、確かに海中に悪魔は居るともさ。住民に、とびきり利益を生み出してくれる奴がな」
「やっぱり、悪魔さんも人間さんと楽しくやっていけてるっていう話もあるんですね!」
カノンは自分と同じ悪魔が人間と共存しているという話に興味を持ち、ぱぁっと明るい表情になった。
「おう、あいつらはな、うまい料理を食わせてやればその船にとって都合の良い海流を生み出してくれるんだ。だからな、貿易船には上等なコックが一人は乗せられるって話だぞ」
「なんだか楽しそうな人ですね!会ってみたいです」
「あいつの歌もなかなか良かったぞ!水の入ったグラスだけでやるつもりだった俺の余興が、あいつの声の存在感に負けちまうところだった」
「へぇ……!私もその人の伴奏、してみたいですっ!」
カノンは目をキラキラさせながら、馬車の窓からフォルトゥナの深い森からガラドの海に変わっていく景色を眺めていた。
細長い小型の船が行き交っているのが見え、近づくにつれ船に乗った行商人の物を売る声が、祭り囃子のように聞こえてきていた。





