嫌なおじさんは思ってたより強いんだなって思います
「セルゲイ…?それってあの、こーんなにでっかくて、それで偉そうでいやーなおじさん、ですか?なんかあの人の声、聞いてるとすごーく調子が悪くなったんですけど」
カノンはセルゲイという名前を聞き、それが自分の次に戦う相手のものであることを思い出して、同一人物かどうかを尋ねた。
「ああ、他者の調子を操る力…それがセルゲイの能力なのだろう。あやつに挑まれ、咆哮を聞いた瞬間、吾輩の破壊衝動が収まらなくなってしまった。すまぬ、二度もいらぬ手間を取らせてしまったな…大変、大変感謝する」
ギリアムは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、カノンに深く礼をする。
「あはは、いいですってそんな。なんか、いつもいつも大変ですね……私が最初に会ったときも、同じような感じでむりやり暴れさせられてたんですか?」
「ああ、数百年前の戦いではセルゲイと同様の力を持つ者が神陣営の軍に居たのだ。あやつの力で我が軍は多大な被害を受けたのだが……ネプテュヌス共和国が数百年たった今でも変わらず栄えているのを目にした今では、我々の努力は無駄ではなかったのだと思えるな」
「今のネプテュヌス共和国、とっても平和で、いい所ですよ!みんな優しいですし、ずっとここに住んでたいなって思いました」
「ほう、それはよかった……ところで貴女は、まともに喋れるようになったのだな」
「はい、おかげさまで!”調律”がうまく使えるようになったら、なんか自然に誰とでも会話できるようになりましたね。これからもっと強くなれるように、頑張りたいなって思います。あ、私、カノンって言います!自己紹介が、まだでしたね」
「カノン、か……重ね重ね、感謝する」
「カノン、あのでっかいのを止めるのには成功したみたいだけど、さっきからずっとあれと喋ってるみたいなの。何かあったの?」
警戒心から一言も喋れないでいた「雪解けレーヴァテイン」一行であったが、ギリアムの”破壊”を止めてからずっとギリアムと喋っているカノンに疑問を感じ、デイジーが最初に口を開いた。
「さっきまで暴走していた魔力の気配は、アレからはもう感じないけど。カノンちゃんは何か情報交換しているようだけど、アレが何を言っているのかは正直……よくわからないわ」
ルーティはギリアムの言っていることが、聞いたことのない古語に聞こえていた。”調律”を使ってあらゆる言語が”聞こえる”カノンを除き、この場にはギリアムとコミュニケーションを取ることの出来る人物は存在しなかった。
「あ、みなさん!この人、ギリアムって言うんですけど、もう大丈夫みたいです!」
「カノンちゃん、それが言ってること、わかるの……?やっぱり、同じ悪魔だから?」
「あー……そうかもしれませんね!ギリアムさんもセルゲイと戦ったらしいので、この人の意見を聞きながらちょっと作戦会議したいなって思うんですけど、いいですか?」
カノンが”悪魔王”ギリアムの助けでネプテュヌス共和国に来たということはまだ伏せておいたほうがいいかなとカノンは判断し、微妙にぼかして伝えた。
「セルゲイと戦ったの……?セルゲイがここに居なくて、このギリアムって悪魔もセルゲイと戦って生きているのを見ると、この悪魔はセルゲイと同じかそれ以上に強いみたいね。賛成するわ」
ルーティは見聞きしてきたセルゲイの強さを想起し、改めて目の前の獣の強さを再確認する。
「そうなんですよ!この人に破壊できないものは、ないって言ってました!……でも、セルゲイって人が卑怯なことをしてきて、戦いの途中でむりやり暴れさせられてたみたいです」
「セルゲイは自慢の拳で全てを吹き飛ばすのが領分だと思っていたのだけど…それ以外にも攻撃手段があるのね。想像以上に厄介だわ」
「そのこぶし、について教えてくれませんか?私、対策できるなら対策したいので」
カノンは10日後の戦闘に対してこれまで楽観的であったが、ギリアムがセルゲイの意のままに操られていたと聞いて、一気に焦燥感が高まっていた。
「セルゲイが拳を上げて、数秒してから振り下ろすと、街の一角がまるで巨人が薙ぎ払ったかのように削り取られていた……そんな話を聞いたことがあるわ。敵意を持たれていて、拳の届く範囲に居たのなら命は無いと思うわ」
「ひいっ……見つからないように、頑張って”霧”の練習して、隠れながら戦わなきゃいけないみたいですね」
「隠れながらと言うが、それも難しいだろう。セルゲイとやらの索敵能力、あれは相当なものと推測されるぞ。吾輩はここより遥か南のミュラーゲントゥム大森林の奥深くで体を休めていた所に、戦いを挑まれたのだからな…あの高い木が生い茂る森の中で吾輩を見つけるなど、ネプテュヌス海の底に沈んだゴブリンの魔石を探すようなものだろう」
カノンがこのギリアムの発言を一行に伝えると、ルーティの顔色が一気に青ざめた。
「ミュラーゲントゥムから、ここまで……通り道にある全てを、壊しながらここまで来たの?」
ルーティは南のミュラーゲントゥムから一直線にここフォルトゥナ南部までの道のりが烏有に帰している光景を想像し、身の毛のよだつ思いで聞いた。
「ギリアムさん、ミュラーゲントゥムからここまではどうやって来ました?その、けっこう距離があるらしいんですけど……」
「ああ、最初にセルゲイと会った時はミュラーゲントゥム南部で眠っていたところに、いきなり戦いを挑まれたのだ。あやつに調子を狂わされる魔術を使われてからの記憶がなくてな……気付くと、スーピアと名乗る老婆の元で吾輩は転がっていた。吾輩はその老婆の魔術で、正気を取り戻したらしい。老婆に何にそこまで狂わされたのかと聞かれたので、委細を説明したのだが……セルゲイはゼノビア王国の宰相をしているから、国に乗り込んで直接文句を言ってやるといいと言っていた。成程道理だ、吾輩は死神なのだからと、ゼノビア王国に向かおうとした道中で……此処で、また、セルゲイが現れたのだ!」
ギリアムはここに至るまでのいきさつを、苦虫を噛み潰したような表情で回想した。話の最後は自身の無念を咆哮に変えて吐き出していたため、恐怖でカノン以外の一行は馬車の中に退散してしまった。
「うん、うん……スーピアって人のおかげで正気を取り戻して、ここに来るまではそこまで暴れずにすんだみたいですよ~!セルゲイは、ここに来るまで二回もギリアムさんを変な魔法で操ったらしくて……」
「おい、カノン、今、スーピアと言ったか!?」
同行していたクロッシュが、馬車の中から食い気味に反応した。彼の開いているのか開いていないのか判断のつかないほど細い目が、円に近い形まで開かれていた。
「あぇ、あ、はい。スーピアさんって、言ってましたね」
飄々とした仙人然としたクロッシュがここまで声を荒げたところは見たことがなかったので、カノンは驚きからか、少し引き気味に返答をする。
「この怪物を大人しくするなどという真似が出来るのは、カノンを除けばスーの他いない!同名というこっちゃないだろう。今、どこに居ると言った!!」
「えっと、ミュラーゲントゥム大森林?ってところらしいです」
「今すぐ向かいたい!頼む、同行してはもらえんだろうか」





