天使よりも悪魔のほうが楽しいんじゃないかなって思います
カノンとルーティの二人は「ブルネルスキの別荘」に戻ると、食堂に置いてあったパンを一つずつ部屋に持ち帰り、それを食べつつ明日の予定を確認し合った。
「明日は12ティモに軽く合同ライブをして、その後ここに戻って、魔法陣を通ってフォレンティーナ帝国に行くって予定でしたっけ。フォルトゥナっていうところはつまんないとこでしたけど、見たことのない所に行って演奏するのって、なんだかワクワクします」
カノンはセルゲイとの戦いのことは一旦忘れ、翌日行う予定のライブのことで頭をいっぱいにしていた。ミケがライブを行ってスキルレベルを上げるというカノンの行為に対して「いいんじゃない、カノンちゃんらしくてさ」と言ったため、カノンはそれをまともに受け取り、明日ライブを行えばおそらくまた強くなるだろうと推測していた。
「ミュラーゲントゥムに行くのよね。あそこがフォレンティーナ帝国の自治領になったのはここ100年くらいのことらしいわ。国の大半が農村部で、規模もそんなに大きくないみたい。気負わずに演奏ができそうね」
「クロさんの話を聞く限りだと、自然がいっぱいできれいそうなところでしたよね!ここのにぎやかな”音”もいいですけど、木や草が歌を歌ってるみたいにざわざわする音をゆっくり聞くのも、リラックスできそうです」
「木や草が歌ってるっていうのは中々、詩的な表現ね」
「そういえば私、生まれたとき、気付いたら草に囲まれてたんです。その時、風に揺れてる草が歌ってるみたいで、すごい気持ちよくて。ここで生きていくんだなって思うと、とってもワクワクしました!」
カノンは生まれたと同時に”調律のイデア”の効果で聴覚が大幅に強化されたのだが、その時に聞いた地球には生えていない草の”音”は、カノンがこの世界での生活に大きな期待を抱くものであった。しかしその少し後に聞いた破壊的な音は、この世界で抱いた最初の絶望であった。
「”煉獄の遣い”である悪魔が、生まれたと同時に大自然の音に心躍らされるなんて。どっちかといえば、天使のような生い立ちなんじゃない?」
「天使、かあ…まだ見たことはないですけど、悪魔の方が楽しいんじゃないかなって思います」
「私も天使を見たことはないから、完全に想像ね。神の言い伝えによれば、一応”いる”らしいけど…天使は自分の仕事で忙しくて、地上に来れないんじゃないかしら?死神と悪魔は、見る限りだと案外暇そうだけどね」
「確かに、ミケさんにあれをやって、みたいなことを言われたことって、そんなに無いですね。やっぱり暇なほうが、楽しいことが出来ますね!悪魔に生まれて、よかったなあ」
「その悪魔に課せられた使命が、勇者と戦うことだったかしら?……そのための準備は、どうするつもりなの?」
ルーティはここまでセルゲイに関する話題が何一つ出なかったため、心配しながらカノンに話を振る。
「ああそうですそうです。明日の朝、”変化”で使うための魔道具を買っていきたいんですよ。朝、あの彫刻を動かした時みたいに、元気にやってくれる魔道具があればいいんですけど」
“変化”を使って動かす物質には、魔力が宿っていたほうが何かと都合が良いことは今朝の実験でわかっていた。カノンはかわいらしいデザインの人形や彫刻を自由にしたかったのだが、右を見ても左を見ても西洋風のものが立ち並ぶこの街並みから、あんまり期待はできないかなと思っていた。
「ある程度の魔力がある魔道具というと……あのインチキ婆さんに頼るしかないのよね」
「あのおばあさん、ベティって言うんでしたっけ。今はまあまあお金がありますし、10000ドゥカくらいで良いのが買えたらいいなって」
「10000ドゥカ……ね。少し前じゃ考えられない金額だわ」
「ちょっと悩みどころですけど、あのセルゲイって人とまともに戦ったらたぶん死んじゃうんじゃないかなって思うので、やれることはやりたいかなって思います」
「命には替えられないものね…」
「そうですね!魔力がいっぱいあって、それでかわいいデザインの魔道具、ないかなあ」
「インチキ婆さんにそんな趣味があるとは思えないわね。お金にしか興味なさそうだもの」
「案外、楽しくなってかわいいお人形とか、作ったりしてるかもしれませんよ!」
「『楽しくなって』?…想像できないわ」
カノンはベティの声に流れる"音"をたどることによって、ベティの感情に存外浮き沈みがあることを知っていたが、ルーティにとってはただの金に汚い婆さんという印象が拭えなかった。
その後も予定を話し合い、明日の予定は「ベティの魔道具店」に行き、セルゲイと戦うための魔道具を調達する所から始まる運びとなった。
フォレンティーナ帝国に向かった後は、現地の馬車でフォルトゥナから遠く離れたミュラーゲントゥムに向かう手はずになっていた。マルスが御するものでない馬車は初めてであったので、乗り心地がそれほど悪くならないことを祈りつつ、カノンは眠りにつくのであった。





