人を殺すより楽しませたほうが楽しいと思います
「──それでその時、ルーティさんが声をかけてくれて、ちゃんとたかしっていうキモいヤツをどうにかしようって考えられたんです。ルーティさん、何をするときでも冷静で、大人っぽくて、それでがんばりやさんで。すっごく頼りになるなあって思ってます」
カノンはミケに、勇者タカシと戦っていた時の一部始終を話していた。ミケは大げさな身振り手振りでカノンの冒険譚にリアクションを取っていた。
「うんうん、人の考えが”聞こえ”すぎちゃうのって、”調律”持ってる人にありがちなんだよね~。そこをさ、なんとかしてくれる仲間ってやっぱ大切だよね!カノンちゃんの言う通り頭良さそうだしさ、美人さんじゃん!ね、ルーティさん。そのストール、どこで買ったの?雰囲気出てるし、似合ってる」
「これは、私の仲間のリリカが選んでくれたの。その、全体の色のバランスがどうとかで、私にはよくわからないのだけど…そう言ってくれると、選んでくれたリリカも嬉しいんじゃないかしら。後で伝えておくわ」
急に話を振られたルーティは、指摘されたストールをもてあそびながら若干どぎまぎした様子で返事をする。
「リリカさん、すっごい女子力っていうか、そういうセンスがあって。私も真似したいな~って思うんですけど、感性っていうか……すっごい勉強しないと、あそこまでになれないんじゃないかなって思います。魔法とかだけじゃ、立派な大人になれないんだなあって」
「私達は仲間だから、そういった所はリリカに任せれば良いんじゃないかしら。カノンちゃんに会って、色々余裕が出来るまでは気付かなかったけど…リリカのああいったセンスは、私達の誰にも無いものだから」
「あ、そうかもしれませんね!また合流したら、フォレンティーナ帝国の服、見繕ってもらいましょう。この魔道具、今リリカさんが楽しそうに服を選んでるって教えてくれてますし」
カノンが薬指に巻き付いたヘル・シンパシー・チェーンに意識を集中させると、リリカ、デイジーらの今の大体の行動が頭の中に”見え”てきた。
「あそこは建造物が無骨な割に、服装は独特というか、ネプテュヌス共和国のものとは違った良さがあったように見えたわね。…そういえばデイジーは昨日までコロシアムでフェーベさんと戦っていたのに、今日もどこかで魔物と戦っているようね」
「デイジーさんは、魔法を使ってどかーんって戦うのが大好きみたいですよね!なんだか、すっごい勇者っていうか、おはなしの主人公っていう感じがします」
「勇者、ね……彼女がそういう出自だということは聞いたことが無いけど。デイジーは、幼少期の記憶が無いらしいから」
「それ、ますます勇者っぽい話ですね!」
「カノンちゃん、なんか楽しそうな仲間に囲まれて、いい雰囲気じゃん!」
「そうですね!仲間に恵まれるのって、良いことだと思います。あ、これデイジーさんが用意してくれたアイスキャンデーなんですけど、ミケさんとオイゼイトさんもどうですか?」
その後二時間ほどこの世界のファッションや食べ物の他愛もない話をしていると、ミケの隣でうつむいているオイゼイトが不機嫌そうに足をトントンと鳴らしていた。彼女らのガールズトークは、”死神王”オイゼイトの「時間。ミケーラ、共に煉獄へ帰還せよ」という一言で打ち切られた。
「そんじゃカノンちゃん、死神の力が馴染んだらまた連絡してね!そこのルーティさんって人も死神の力を怖がってそうだし、二人でよーく相談したら良いんじゃないかな?じゃ!」
ミケが指をパチンと鳴らすと、ミケとオイゼイトの姿は煙のように消えた。その場には、ルーティとカノンの二人だけが残された。
カノンは最大MPがじわじわ上昇していくステータス欄を眺めてにこにこしながら、ルーティは死神の力について自身でまとめたメモを見返して神妙な表情を浮かべながら、待合室を後にした。
「私、死神になるみたいですね!まだなってみないとわからないことも多いですけど、このまま死神として強くなっていけばセルゲイって人もなんとかなりそうです!だって死神ですよ、死神」
「そ、そうかもね……ところでカノンちゃん。『死ぬ』って──どういうことだと思う?」
「え?急にどうしたんですか……」
カノンは唐突な話題に疑問を抱きながら、キーボードの蓋を閉めてルーティに視線を送る。
「カノンちゃんがこれから習得する能力……”生死のイデア”って言ったかしら。あれでカノンちゃんはおそらく、殺そうと思った人を手順を踏んだら誰でも殺すことができる。そうでしょう?ちょっと、心配になっちゃって」
「さっきは、そんなこと言ってましたね!でも私、人を殺そうと思ったことってそんなに無いんですよね!だって人を殺すより、楽しませたほうが、楽しくないですか?ああもう私死んじゃいたいなーって思ったことは、その、何回かあるんですけどね」
死んじゃいたいと思ったときにそれを一度実行してしまったという過去は、ルーティに黙っておくことにしていた。嘘は言っていないので、ヘル・シンパシー・チェーンの力で心の中をある程度見透かされているルーティが不審がるような”音”はしていなかった。
「……嘘じゃないみたいね、カノンちゃん。私が思うに、人を殺すことのできるような力は、誰かがコントロールしないと絶対、私利私欲のために……あるいは、自己満足のために使われると思っているの。今、カノンちゃんをコントロールしてるのって、あのにやけ顔のお姉さんと、底の見えない女の子だから。一方的に契約の話が進んでいるのが、力をただ与えられているのが、すごく引っ掛かるの。何か、騙されてるんじゃないかって」
「うーん……たぶん、ミケさんはいい人ですし、オイゼイトさんも、こう、悪い”音”は聞こえてこなかったので。大丈夫なんじゃないかなって思うんですけど……」
「それが、カノンちゃんの考えなのね。……うん、カノンちゃんはその力を使って非道な真似をするようには”見え”ないわ。あの二人の考えが読めないから、細心の注意を払う必要はあるけど。これから使う力についても、一緒に相談して上手に使っていきましょう」
「そうですね!ちゃんと死神になれたら、あのセルゲイって人をどうするか、考えたいなって思います」
ルーティとしては納得できない点がいくつか残ったが、カノンが死神となることで文字通り死の殺戮悪魔になることはなさそうであったので、当面上彼女はカノンがどうセルゲイと戦うかということについて考えることにした。





