めんどくさそうだけど案外なんとかなるんじゃないかなあって思います
カノンはキーボードが、ピコン、と鳴る音に気付いた。「メッセージ」を受信する時に鳴る音は騒がしい町中でもよく響くので、カノンの深い眠りから意識を取り戻すのに十分であった。キーボードの蓋を開き、「メッセージ」を開く。そこには、こんなことが書いてあった。
「From:ゼウス=オイゼイト4界戦争協会
†セルゲイ・コルベイ・オブ・ザ・デュオニュソス†より、カノン・ベネデッティへの宣戦布告受諾。内容を確認されたし。
対戦相手:†セルゲイ・コルベイ・オブ・ザ・デュオニュソス†
対戦場所:規定通り。担当神に確認されたし
対戦時間:本日6ティモから300ティモの経過まで、カノン・ベネデッティが任意のタイミングで「開始」を宣言するまで。宣言がない場合、300ティモ後強制的に対戦場所へ転移される。
To:カノン・ベネデッティ 」
書いてあることにわからない点がいくつかあったので、カノンはミケにメッセージを送信し、二度寝することにした。念の為、よくわからないところから来たメッセージは、ミケに転送していた。
「突然よくわからないところからメッセージが来ました。ゼウスオイゼイト4界戦争協会ってところからです。宣戦布告ってあるので、このセルゲイって人と戦わなきゃいけないらしいんですけど…なんか見た感じだと、勝てなさそうなんですよね。にげちゃいたいんですけど、10日くらいしたら勝手に戦いが始まっちゃうらしくて。いきなりでわけがわかりませんし、いろいろ確認したいので、また私のところに来てくれると嬉しいです。」
カノンは以上の事をおぼろげな意識で入力し終わると、また眠りについた。カノンはこの時、セルゲイと戦うことはあまり考えていなかった。逃げて隠れていれば、なんとかなるだろうという考えが、これまでのこの世界での経験から染み付いていた。たぶん、この戦いも、後ろで応援していれば誰かがなんとかしてくれるだろう……そう思いながら、カノンは意識を広く柔らかいベッドに委ねていった。
カノンが二度寝から目を覚ますと、時刻は8:32であった。既にルーティは起きており、ウェードの練習をしていた。すやすやと気持ちよさそうに寝ているカノンを気遣ってか、音量は小さく、柔らかい旋律を奏でていた。
「ルーティさん、おはようございます……あの、ちょっと相談したいことがあるんですけど」
「何かしら、カノンちゃん。曲のことならカノンちゃんの方が詳しいはずだから、任せたいのだけど…」
「あぁ、クロさんの曲は昨日の感じで練習していけば、今日中になんとかできるかなって思います。ちょっとそれとは違うことなんですけど…私、セルゲイって人と戦わなきゃいけないらしいです。その、悪魔の宿命っていうか、そんな感じで…」
カノンは未だに、ミケとの契約のこと、異世界から転生したことをルーティに話す勇気が持てなかった。町中で”聞いた”話によれば、死神と契約した悪魔というだけでかなり目立ってしまうらしく、悪い評判というものにトラウマのあるカノンは意図的に自分の出自について隠していた。アリネスも実は死神と契約した悪魔であるらしく、そのことからネプチューンの近くに彼女を置くことに反対する勢力もかつては居たという。しかしその勢力は、風のようにどこかへ消えていってしまったらしい。
「あのセルゲイと戦わせられるの?宿命っていったって、そんな無謀なことが…」
「なんか、ゼウスとなんとかっていう所からメッセージが来て、それで、10日以内に戦えみたいなことが書いてありました。えーっと…ゼウスって、確かすごい神様なんでしたっけ。神様から急にメッセージが来るのって、なんていうんですかね」
「『啓示』、かしら。そういうのは、12人の勇者だけが受け取るものだと聞いているのだけど。カノンちゃん、本当は何者なの?」
「うーん……なんか、寝て起きたら、悪魔になってたって感じですかね。それで、枕元にはこの楽器があって……私にも、よくわからないかなぁ。自分のことを説明するのって、難しいです」
カノンは自分自身について多少ぼかした説明をルーティにしたが、今の自分の状況について飲み込めていない部分が多いことは事実であった。
「全能神ゼウスから啓示が来た時点で、その内容に逆らうということはこの世の摂理に歯向かうことになるわ。この世の存在の、全てを司る神、それがゼウスよ。恐らく、従わなかった場合は……そうね、存在を消された上で、気付いたら私達の記憶からカノンちゃんが消えている、という事もあり得ると思うわ。セルゲイとの戦いは避けられないんじゃないかしら」
「すっごく、すっごく嫌ですけど、やらなきゃだめみたいですね……よくわからないことが多すぎるので、えと、悪魔の先輩にしっかり確認したいなって思います」
カノンはミケのことをとっさに「悪魔の先輩」と表現したが、我ながらうまいごまかしかただなとカノンは思ったので、今後もミケのことをそう呼ぶことに決めた。
「そうね…私も今の説明では、カノンちゃんがセルゲイとどうして戦わせられるのか、意味がわからないもの。この世の全能神とかいうやつも、身勝手なものね」
「ほんっと、自分勝手な神様ですよね!…あ、悪魔の先輩から連絡が来るまでは、頑張ってクロさんとの曲、練習したいと思います!このメッセージも、ひょっとしたらなんかのイタズラかもしれませんしね」
「ゼウスを名乗る誰かさんも、十分危険だと思うのだけど……とても、とても大きい不安要素が出来てしまったわね。けれど、今私達がするべきなのは、フォレンティーナ帝国に音楽を伝えること…」
「はい!あんな変なおじさんと戦うことよりも、絶対に音楽のほうが大事だなって思います」
二人は朝食を摂ると、昨日個人で演奏していたパートを合わせ、デュオ演奏で練習していく。ルーティはカノンが寝ているうちにつまずいていたパートを克服していたらしく、昨日と全然違う音になっているとカノンはルーティの努力ぶりに感動していた。
しかしルーティは、カノンがセルゲイと戦うということに本人以上の心配をしていた。ルーティは物心がついた時から、ゼノビア王国でのセルゲイの圧政、セルゲイ自身による度重なる弾圧を目にしてきた。セルゲイの圧倒的な魔力と筋力から繰り出される謎のエネルギーの波動は、辺り一面を烏有に帰すものであった。
中々演奏に集中することが出来ず、さほど難しくない部分で小さなミスをしてはカノンに首をかしげられていた。
そのようにして三時間ほど練習をした所で、「ピコン!」という音とともにミケからメッセージが届いたのだった。





