やっぱり、自由なのが一番いいのかなって思います
クロッシュと別れたカノンとルーティの二人は、話をしながら長居することに向いている「カフェ・デ・グラス」に行き、これからの予定を話し合った。アリネスと戦争の作戦会議をしたときと同じように、フリフリのドレスを身にまとった、ゆったりとした無駄のない所作の店員が、二人を丁寧に出迎えてくれた。
「それで、次のライブには私も演奏することになるのね…今から心配だけど、カノンちゃんとセッションができるって思うと、ちょっと楽しみかも」
ミュラーゲントゥムで行われるライブは、カノンが単純なコードを担当し、クロさんことクロッシュがリズム隊を担当し、そしてルーティが合いの手を入れる形でウェードという笛の楽器の音を重ねる…という構成で曲を披露することになった。カノンはルーティの演奏を先程初めて聴いたのだが、地球にはない吹き抜ける風のような笛の音に心を奪われ、一刻も早く合わせて演奏をしたいという心持ちであった。
「心配することなんてありませんよ!だってさっきのルーティさんの演奏、今まで聴いたこともないくらいとってもきれいで、誰が聴いてもすごい!って言うと思いますよ」
「そこまで言われると照れるんだけど。初めてあなたの演奏を聴いた時の感動は、私も鳥肌が立つほどだったわ。その場に居た何百人もの人を一度に盛り上げた演奏だもの。カノンちゃんの演奏こそ、どこへ行ったって認められるはずだわ」
言ってて自分で恥ずかしくなってきたルーティは、かわいらしい動物が果物のソースで描かれた皿に乗ったケーキに視線をやる。クリームチーズの中にコリコリとした木の実が混ぜられた、そこそこに濃い味のケーキであった。
「そう、ですね!アグリッピナ広場でやったライブ、みんなすっごく楽しそうでしたし、私も楽しかったです!明後日は、ルーティさんもいっぱい楽しみましょう」
「演奏を楽しむだなんて、孤児院で楽器をやらされていた時には考えもしなかったけど…あの楽しそうな作曲を見てると、私も楽しめそうって思えるわね」
「はい、私もクロさんと作曲するのすっごく楽しかったです!…あ、クロさんといえば、フォレンティーナ帝国から追い出されちゃったみたいなこと言ってましたよね。あんないい人を国から追い出しちゃうなんて、ひどい国ですね」
「あの国はちょっと、複雑な事情があるのよね。まず──200年ほど前に、ネプテュヌス共和国、ゼノビア王国の台頭に危機感を覚えた元々はバラバラだった18の都市国家が寄り集まって、代表としてフォルトゥナが首都となって帝国を名乗っている国なんだけど、その帝国としての体裁は皇帝の手腕にかかっていて──今の皇帝の父、ハドゥスケス三世の治世では帝国が一つとしてまとまっていて、彼は”賢帝”と評されたわ。ゼノビア王国とネプテュヌス共和国との仲を取り持ったりもしていたのだけど──ハドゥスケス三世は42歳で亡くなると、政治に不慣れな子のハドゥスケス四世がすぐに即位。16歳の彼は未だに政治や一般常識をお勉強中。精神的にも未熟で、各国間のバランスを保つのにも不得手みたいね──結果、講和もうまく行かず、何度も戦争が引き起こされて、今に至るわ」
ルーティはかばんから紙を取り出し、簡単な地図や家系図を書きながらカノンにフォレンティーナ帝国の今の事情を説明していく。カ、カ、カと次々に展開される紙の上の歴史の授業は、生前受けていたものと比べて幾分か要領のよいものであった。しかし急に始まった歴史の授業にカノンは頭がついて行かず、口を開けてぽかんとしていた。カノンの頭の中は、音楽以外のことを考えられるように準備されていなかった。カノンはケーキをそろーっと口に運び、ゆっくりもぐもぐと咀嚼すると、十秒ほど後にこう言った。
「…つまり……どういうこと、ですか?」
「そうね…王様と国民とおえらいさんは、仲が悪いのよ。普通はね。それで、気に入らない人が出てきたら、誰かが誰かを攻撃するために決まりごとを作るのよ」
互いが互いを憎しみ合うゼノビア王国上部の様子を思い返し、ルーティはそうまとめる。
「なんだか、悲しい人達ですね。みんな」
「そうね。フォレンティーナ帝国も、ゼノビア王国も、みんな悲しい歴史の上にある国なんだと思うわ。あの、ネプテュヌス共和国の平和ボケした雰囲気は、どこから来ているのかしら…共和政って言いながら、ネプチューンさんとアリネスさん辺りの人が国に関係するほとんどのことを決めているみたいだし、それに対して文句を言う人もあまり見かけないし…それで悪魔も魔物も人間も、仲良く暮らしている、ように見えるのだから…奇跡みたいな国ね、本当に」
ルーティは紙の上のネプテュヌス共和国の上に、ネプチューンとアリネスの簡単な似顔絵を描き、その下に悪魔や魔物や人間が手を上げてわいわいしている様子を描いていく。悪魔も魔物も無差別に・v・のような顔で構成されるルーティ画伯の描く顔に、カノンはかわいい一面もあるのだなと少しルーティを見る目が柔らかいものになった。紙の上に広がる世界を少しでも理解しようと、カノンは栄養を求めて皿の上にある糖分をぱくぱくと口に放り込む。この前の作戦会議より幾分かハイペースで平らげたので、カノンは別のフルーツケーキを注文した。紙の上に広がるこの世界の歴史のように、短冊切りされた色とりどりのフルーツがケーキの上に乗せられていた。果樹園のような香りはカノンをリラックスさせ、この紙の上の三つの国が平和になるにはどうすればいいのか、カノンなりに少し考えた。
「…やっぱり、自由なのが一番いいのかなって思います」
「ふふっ、お偉いさんが許してくれれば、それが一番なのかもね」
ルーティは自由の少ないゼノビア王国の法や政治を思い出し、乾いた笑いとともにそう漏らした。





