アテーナさんが悪く言われてるのは悲しいなあと思います
「──それで、最初の印象としてはこう、ひたすら怖いな~って感じで、ダダダダダ~って…それで、それ以降はそんなに喋らなかったので、こう…静かなんですけど、いや~な感じで、デーン!って感じですかね……」
カノンはピアノの低音部を使い、セルゲイから受けた印象をリズムだけで表現しようとする。カノンには難しい作曲用語はわからない上、そもそも楽譜の形も違うらしいこの世界で伝わるかはわからなかったので、音の説明には「って感じ」が多用された。
「ほうほう……それでその後の神様ってやつがぁ……こうかい?」
おじいちゃんはサンバのようなリズムで軽快にドンタタドンタと楽器を叩く。その陽気なリズムは、カノンがおぼろげな意識の中で実際に耳にしたデュオニュソスの放つ音とほぼ同じリズムをしていた。
「わぁ…!そうです、ほとんどそんな感じです!ただ、あの神様の喋り方って…確か、これくらい激しかった、ような気がします!」
声量はセルゲイのそれと比べて一段と大きかったデュオニュソスの声を表現すべく、ドゥルルルンという音をメジャー調のコードを使いながらカノンはピアノの低音部に指を滑らせる。
「はぁ、こいつぁまた……ずいぶん気のいい爺さんみたいじゃないか。神様という先入観は、デュオニュソスとかいうのから排除したほうがよさそうだなあ、うん」
「そうですね!……ああ~、でも、フォレンティーナ帝国の人に聴かせるには、音階でメジャー、とかマイナー、とかやってもうまく伝わらないんでしたっけ。たしか。これをリズムだけでやるかっていうのは、難しそうだなあ……」
カノンには、音階を使わずに音楽を表現するということがどういうことか、まだわかっていなかった。そういうことを勉強するために今おじいちゃんと曲を共同制作しているのだった、とカノンが思い出した時、おじいちゃんの様子に変化があった。
「嬢ちゃん…今、フォレンティーナ帝国って言ったか?それで、そこで音楽を聴かせるって」
カノンが「フォレンティーナ帝国」と口にした瞬間、おじいちゃんの表情が普段アグリッピナ広場で音楽をやっている時の心から音楽を楽しんでいる表情とは真逆の、鬼のような形相になった。カノンにも生前おじいちゃんを突然怒らせるようなことがあったが、都度火に油を注ぐような対応をしてしまっていた。今回やるべきだと判断したのは……
「あ、あの、何か気に障ったなら、ごめんなさい!」
謝るという一点に尽きた。おじいちゃんから流れている音は、とても激しく、抑えがたいものに”聞こえた”。カノンは雰囲気を察して、すぐに謝るという習慣がバーチャルアイドルをやっている頃からの癖になっていた。生配信で何かヘマをした場面では、謝ったときとそうでないときのファンの反応の差は顕著であった。謝った時の方がファンは幾分か優しく、「ええんやで」「これはしゃーない」等の温かいコメントが送られる割合も高かったことを、カノンは観察していた。
「ああいや、嬢ちゃんが謝ることではないんだがね。俺は元々そこの出身だったんだが…音楽をやっているとな、お偉いさんが怒るんだな、あの国は」
「えぇ!?あの国の神様やってるっていうアテーナさんは、音楽を広めたいって言ってたんですけど…」
「おいおい、そりゃ本当かい。奴ら、アテーナって神の名前を使って、強引に俺達のことを弾圧してきたぞ」
「アテーナさんがそんなことをするとは思えないんですけど…ルーティさん、あの人、すっごい優しい人ですよね」
「ええ……そうね。神の力で直接ここを統治しようみたいなことを、考えるような雰囲気はなかったわね。とても聡明そうな人で、初対面の私達にとても良くしてくれたわ」
今までの曲の構成をメモしていたルーティは、フェーベと住んでいた家で生活する、知的な人間味溢れるアテーナの所作を思い出しながらそうコメントする。
「ほうほう…するてえと、あの公爵殿下はでたらめを言っていたっていうことになるんだな。長年、顔も見たことのないアテーナって神様を誤解してたわい。戦の神アテーナの怒りを買いたくなければ、今すぐ音楽をやめるか、この国を去れって言われりゃあ、去るわな、そりゃあな」
おじいちゃんはアテーナの「聡明そう」な様子と公爵から言われたアテーナとのイメージを比較し、ドン、ドドン…ダッとインテリジェンスなリズムを奏でる。
「アテーナさんはおじいちゃんみたいな人をこの国から出てけなんて言いませんよ!そうですよね、ルーティさん」
「ええ。あの優しい神様がそんなふうに政治に利用されているというのは、あまりいい気分じゃないわね…」
「こうなると、あの偉そうなやつを一泡吹かせたくなってきたな…嬢ちゃん達、協力してくれるかい」
「はい!その代わり、私にリズムの作り方、教えてほしいんですけど。お願いできますか」
「おうよ、この道70年だからな。教えるだけ教えてやるぞ」
そうして、一行は一定の反骨精神とともに、リズムだけで曲を構成していく。





