リズムだけでも音楽は楽しいなあと思います
二人がアグリッピナ広場に向かう道中では、勇者が無様に敗北したことで、ネプテュヌス共和国に多額の賠償金が支払われるという話がそこかしこから聞こえてきた。ルーティの記憶では、潤うのは酒に関わる業者と国の懐だけであったはずなのだが、こりゃ景気が良い今日は飲みに行こうというような会話が老若男女問わずなされており、実際に酒場には11:32と早い時間から騒がしく盃を交わす様子が見受けられた。
「なんだか私達、いいことができたみたいですね!その、難しいことはわからないですけど」
「話を聞く限りだと、昨日の会議に関しては間違った情報が広まっているようではあるけれど…皆が楽しそうなら、それも悪くないのかもしれないわね」
「そうですよね!いつも楽しそうなみんなが、もっと楽しそうになってるのを見てると、こっちまで楽しくなってきます」
「ええ、もしかしたら国にとって最も大事なことなのかもしれないわね…」
アグリッピナ広場に到着すると、おじいちゃんはリハーサルのようなことを行っていた。前に見た木材のドラムセットをダダダダと叩きながら、中に入っている綿を入れたり出したりして、音を調整していた。
「おじいちゃん、こんにちは!新曲の準備ですか?」
「ああ、君たちか。この前の勇者なんだが、女の子二人にボコボコにされたという噂が広まっていてな。このぶんだともっとコミカルな表現にしたほうが良いと判断したんで、その調整をしているんだ。」
「そうなんですね!……こんな音とか、どうですかね?」
カノンはドビュッシーの『人形へのセレナーデ』の中にあるワンフレーズを演奏し、おじいちゃんに聴かせる。音楽性は違うかもしれないが、独創的なこのリズムはおじいちゃんの何らかのヒントになるとカノンは判断した。
「ほう、少しズレた音で、トン、トン、トンというリズムを刻みながら……こうか!」
おじいちゃんはカノンのドゥルルルン!という音を瞬時に聞き分け、木材を組み合わせた楽器でリズムを再現した。
「おぉ~そうですそうです、かわいくないですか、この音っ」
「ほ~うほうなるほど、嬢ちゃんくらいの歳の子で、ましてや楽器がこんなに出来る人の意見なんて久々に聞いたぞ。大いに参考にさせてもらおう」
おじいちゃんは覚えたリズムをドゥルルルン、ドゥルルルンと少しずつ速さを変えて、聞こえ方を確かめながら「楽器」を叩いていく。
「あぁそうですそうです、参考にといえば昨日その、こうわかいぎ…?っていうのに参加してきたんですけど。私で良ければ参考になるかもしれないので…あ、私はほとんど覚えてなかったんでした。はは、すみません、ルーティさんお願いできませんか?」
「ええ。何かの役に立つと思って、簡単な議事録を作ったのだけれど…早速そのときが来たらしいわね」
ルーティは手に持っていた、小さくまとまっていながらしっかりとしている作りの鞄から、何枚かの紙を取り出した。
「講和会議ってのはアレか?長年続いてた戦争を終わらせたっつう……なんでも、神がナントカとナントカを合意させたって言うじゃないか」
「ええ、今回も戦争の展開が引き伸ばされそうになったのだけど…フェーベっていう私達の仲間がフォレンティーナ帝国の皇帝さんに何かを耳打ちしてね。たぶんその通りのことを言ったんじゃないかしら、『ネプテュヌス共和国の酒を、高い関税付きで定期的に輸出入しよう』なんていう妥協案を提案してね。それで、会議にお酒を飲みながら参加していたゼノビア王国の主神のデュオニュソスっていう神が、ネプテュヌス共和国の酒は美味しいから賛成だって言って、そのまま可決されたのよ。なんとも豪快な会議ね」
会議の議事録には結構な割合でルーティの推測が含まれていたが、大体合っていた。
「はっはっは、神が絡んだ会議なんて堅苦しいかと思っていたが、とんでもない神様もいたものだな。酒欲しさにその、条約を可決させたってことかい」
おじいちゃんは皿をカンッカンッカンと叩きながら、その豪快な会議を面白がった。
「私も何度も見たことのある神がそんなことをするとは、思えなかったんだけど…なんだかこう、いつもとかなり雰囲気が違うようだったわ」
「ほうほう、酒と、神と、それで停戦かい……これをそのまま曲にしたら、おもしろそうじゃないか、ええ」
「そうですね!隣に居たおっさんはすっごくいや~な人だったんですけど、神様はいい人そうでしたし」
「その嫌なおっさんとやらの話しも聞こうじゃないか、ああ」
「いや~もうあのセルゲイ、でしたっけ、あいつ本当~にひどくって、見た目では落ち着いてるんですけどあの人が放っている音、なんだかこう、こっちを惑わしてくるようなっていうか、威圧してくるっていうか、とにかく頭が痛くなっちゃうんです」
カノンは強大な魔力を垂れ流しにしていたセルゲイの放っていた不協和音を、ピアノの低音部を用いて再現していた。おじいちゃんはそれを大変気に入ったようで、陽気な神と不協和音を放つ嫌な宰相を対比した曲をカノンと共同制作していくのだった。





