音楽を知らない人に音楽を伝えるのは難しそうだなあと思います
カノンが酷い頭痛から目を覚ますと、既に会議は終わり、会議室からは大半の人が居なくなっていた。カノンの周りの、「雪解けレーヴァテイン」のメンバーと、会議室の中央に居る議事録を編纂しているらしいアテーナとハドゥスケス四世と書紀らしき人物だけがその広い部屋にぽつんと残されていた。
「終わった…んですか?その、会議…」
カノンはぽつんとつぶやく。周りの音が小さくなって、自分の頭の働きがうまく”調律”されているのを感じる。カノンは戦争で勇者と戦った後はしばらく頭痛と耳鳴りが酷かったのだが、今回のそれはスキルレベルの向上からか、すぐに収まったように感じた。
「ええ、無事…ね。当分、ゼノビア王国がこちらに攻めてくることは無いみたい。セルゲイが単独で喧嘩を売ってくるっていうことも、考えられなくはないけどね…捕虜を全員生存させことができたのは、デイジーの魔法操作がうまかったことに他ならないって、私達の働きも評価されたみたいだわ」
ルーティは途中で気を失ってしまったカノンを気遣いながら、簡単に会議の解説をする。セルゲイがまた攻撃してくるかもしれないということを聞かされカノンは、少し消沈するのだった。
「デュオニュソスって神に、アレスってやつとも是非戦ってみたいものだーって言われたの!早速ぶっとばしてやりたいし、どんなやつか楽しみなの」
デュオニュソスもアレスも一応神の一柱なのだが、この世界の神様はどうやら人々に対し良い意味でも悪い意味でもかなりフレンドリーなようで、気軽に接しているように見受けられた。
「デイジーならきっと……稽古してれば神とも戦えるはず。私よりもしかしたら、センスあるかも」
「神と戦ってるフェーベ、楽しそうだったの!あのアテーナって神との稽古に、混ぜてくれると嬉しいの」
「うん…師匠もそうしてくれると、喜んでくれると思う…昨日の師匠、久しぶりに体を動かせたから、楽しそうだったし…」
「あのヘンな鳥も強そうだったし、稽古が楽しみなの!早速、昼ごはんを食べたら一緒にやるの」
「は、はは……私はなんもしてないけど疲れちゃったので、午後は家でゆっくりしたいと思います」
キーボードの示す時間は13:04となっていた。この世界ではどのくらいから午後とするかの判断はカノンについていなかったが、カノンは何も考えずに午後と言った。案の定、ルーティはちょっと首をかしげていたが、カノンは疲れからかそれを気にもとめなかった。
フェーベとアテーナが暮らす家に戻ると、一同は遅めの昼食を摂った。赤と緑の野菜と薄めの味付けをされたパン、森の素材が溶け込んだスープが振る舞われた。オシャレな見た目に薄めの味付けは、カノン好みのものであった。きれいに食べ終えると、実家でやっていたようにみんなの皿をまとめて、洗い場へ持っていった。ネプテュヌス共和国のやや現代的な水場とは違い、原始的なポンプであった。
「あの、この国で音楽はあまり盛り上がってないってアテーナさん言ってたじゃないですか。私、音楽を広めるお手伝いをしたくって。何か力になれることってありますかね」
カノンはおいしい食事と良い雰囲気をただで頂くのを申し訳なく思ったので、何か恩返しをしようとアテーナに声をかけた。
「そうですね…この国ではまず、”音階”の概念の認識がありませんから、カノンさんのような楽器の魅力は伝わりづらいかもしれませんね。それは、『地球』という星の、88個の鍵盤からなるキーボードという楽器なのでしょう?様々な手段で、様々な楽器で奏でる音楽が盛んなネプテュヌス共和国では人気が出るかもしれませんが、音の階層に価値をつけるという概念がここにはありませんので、困難であるように思います」
アテーナは眉をひそめてそう言った。カノンは物心ついてからにドレミファソラシドの絶対音感があったため、音階の概念が無い、ということがよくわからなかった。地球での暮らしでは音楽の授業で音階を習うのだが、この国には学校すら無いように見えた。
「音階が無いっていうと…じゃあ、リズムでなんとかするしかないんでしょうかね」
カノンは音階の概念が無い、と言われて真っ先に思い出したのが、アグリッピナ広場でガラクタを叩き巧みな演奏をしていたおじいちゃんであった。カン、カラランとリズムだけで飽きさせることなく音を聞かせるあのような技術は、一生真似できないなとカノンは思っていた。
「確かに、地球で言う所のドラムのような楽器はこちらの国にもありますが、それを専門にしているという方はおりませんね…軍隊や冒険者の号令に、よく使われるのですが」
カノンはドラムの概念はあるということを聞き、これだ!と思った。カノンが地球で有名になるきっかけとなった「終末歌姫アポカリプス」という曲は、左利きであるカノンが低音をフル活用してドラムを再現することでその技術をアピールすることができたのだ。
「それだったら私、できるかもしれません…たぶん」
「そうですか。全く音楽を知らない人に聴かせるというのは一筋縄ではいきませんが…それでもやって頂けるのなら、この上ない喜びです」
カノンは、そういえば音楽を教えるってどうやるんだろうとこの時思った。聴いてもらえればそれで成功なのだが、音楽が何かということをわからない人に音楽を聴かせるというのは、「音楽」の前提をどう教えれば良いのだろうか…と自分は音楽を教えることについて何も知らないことに気がついた。
「あの、ネプテュヌス共和国にそのリズムの達人が居るんですけど、その人に色々教わってきてもいいでしょうか…」
「ネプテュヌス共和国ですか…要人専用の転移魔法陣があるのですが、お使いになりますか?」
「あれは結構高価な物だったと思うのだけど、その辺りは神様の権限でなんとかなるのかしら」
ルーティは転移魔法陣の大体のコストを知っているので、疑問を投げかける。設置するまでに十数人の魔術師が大掛かりの魔法陣を組み、二つの場所に転移の魔法をかけるというのは相当の労力と魔力を要するので、大抵の利用料が高値となっていた。
「ネプテュヌス共和国のフリッキーという人が作った、無料で利用できる魔法陣なので心配には及びませんよ。『ブルネルスキの別荘』というところに繋がっているのですが、ご存知でしょうか」
「あ、知ってるも何もこの前まで泊まってたところです、そこ!」
「では、不便は無さそうですね。…実はここの地下にある魔法陣でして」
そう言うとアテーナは床にある隠し扉を開けた。そこには地下に通じる階段があり、その先の部屋には強大な魔力の音を放つ魔法陣があった。床で完全に音が遮断されていたので、カノンはこれの存在に見るまで気づかなかった。魔力も音も不思議な力で遮られているためここなら誰も気付かなそうで、利用客で溢れるということもなさそうだった。しかし、神が棲むとはいえ自宅そのものであるので、これほど大掛かりな魔法陣を組んだにしては、利用する規模が小さすぎるなとルーティは少々疑問に思っていた。
「それでは、幸運を祈っています…」
「はい!だいたい、五日くらいで戻ってくると思います」
カノンはアグリッピナ広場の様子を暇があれば”聞いて”いたのだが、おじいちゃんは二日に一回そこに顔を出していた。聞こえ次第、声をかけようと思った。
「カノンちゃん、私もついていっていいかしら。音楽についての知見は、私も気になる所があって…」
「ルーティさんなら頼りになるので、大歓迎です!一緒に行きましょう」
「ありがとう、カノンちゃん。あなたのやってる音楽と私のはちょっと違うみたいだけど、お互い良い意見が交換できることを期待してるわ」
こうしてルーティとカノンの二人はネプテュヌス共和国に行き、音楽を伝えるための音楽について探求することとなった。





