勝てない相手とは目も合わせたくないなあと思います
キィン、キィン、キキン、キキキキキィ…
カノンは剣と槍がぶつかる音で目覚めた。窓から庭の方を眺めると、フェーベとアテーナが稽古をしていた。二人の武器のぶつかり合う響きはコロシアムで聞いたような力と力のぶつかり合いとは違い、互いが互いを確かめ合うような、デュオのようなものであった。
アテーナの肩に乗っていた鳥もそのくちばしでフェーベを貫かんと狙いを定めており、フェーベは二対一の構図でやりあっていた。鳥のくちばしは庭にある木を貫通するほどの威力であり、でっぷりとした見た目からは想像のつかないほど素早く、手強そうな相手であった。
「なんていうか、異次元すぎて…ついていけないなあ」
カノンはそんなことを思っていた。フェーベの動きは全くもって目で追うことが出来ず、音だけが聞こえてきた。カノンにとっては目で追うよりも、音を聞いた方が稽古の運びがよくわかるという具合であった。
カノンが十分ほど稽古を聞いていると、雪解けレーヴァテインの一行も目覚めたようであった。ベッドから大きくはみだし、あと一歩で部屋の隅にある彫刻を倒しそうになっていたデイジーも、稽古の音で目覚めたようだ。
「おはよう、カノンちゃん。しばらく暮らしてわかったのだけれど、早起きなのね」
ルーティはカノンにそう声をかけた。隣でなぜか同じベッドで寝ているリリカも、ぽけーっとした様子で起床した。
「はい!アイドルは生活習慣が、大事ですから」
「あ、アイドル…?」
ルーティは聞いたことがないといった様子で首をかしげる。
「ああ、アイドルっていうのはですね、歌って踊って、人を元気にする仕事のことです」
「そんな牧歌的な仕事があるのね…広場でやっていたアレも、あいどるってヤツなのかしら」
「そうなりますね!前やってたときはつらいことの方が多かったんですけど、ここでやるアイドル、楽しいんです!」
「そう、そうなの…ネプテュヌス共和国は音楽に寛容だから、カノンちゃんにぴったりの国かもしれないわね」
「はい!早くサードライブ、やりたいなあ。この国では音楽が全然聞こえてこないから、構想を考えるしかできなさそうですね」
「ゼノビアもあんまり盛んな方ではなかったけれど、ここは本当に興味が無さそうね」
「そうですね。マルスさんが言ってたとおり、本当につまんない街なのかもしれません」
そうして一行は稽古をしているフェーベとアテーナに挨拶をすると、アテーナがそろそろ朝御飯にしましょうと言い、一行は朝食をご馳走になるのだった。
朝食が作られるまでの間、カノンはずっと「霧」の練習をしていた。複雑すぎて覚えられなかったクロード・ドビュッシーの「雨の庭」は、調律LVが上がったおかげで完全に脳内で再生できるようになっていたので、その練習も少し手をつけた。自分で「雨」を作れるなんて、便利そうだなと思ったからである。カノンはなんだか、自分の中の頭の整理がスキルによってうまく"調律"されているような感覚を覚えた。これは便利だから、色々使えそう…と思った後、カノンは両手に神経を集中させる。
ドビュッシーの「雨の庭」は「霧」よりも難度の高い曲であり、半分のテンポでも厳しいものであった。調律スキルでピアノが突然うまくなったりしないかなあ…とカノンは思うも、そこまで現実は甘くないらしい。地道に、地道に練習を重ねていくのだった。
「雨の庭」の難易度に絶望しながらピアノの練習をしていると、アテーナの作ったサラダとパンが運ばれてきた。カノンもそれをちょっと手伝い、食器を並べた。カノンはここに居るとお母さんの居る実家を思い出すので、その時していた行動をそのままするようになっていた。
「ちょっと苦いですけど…目が覚めますね、これ」
食事が始まると、カノンは紫色の葉っぱに塩のような粉がかかったサラダを口に含み、そうこぼした。
「魔力を含んでいる他、気持ちを安定させる作用があります。音楽家には、宜しいかと…」
アテーナはその葉っぱをそう解説する。カノンが耳をそばだてると、その葉っぱからは多彩なメロディが流れているのを感じた。
「アテーナさんも音楽とか、やるんですか?」
「ええ、この国で広めたいのですがね…皆さん、自分の食い扶持で精一杯なようで。自分の力不足を痛感するばかりです」
「そんなこと、ない……師匠はずっと、頑張ってるって、知ってるから」
卑屈になったアテーナをかばうようにフェーベはそう言った。カノンはフェーベの言葉にここまでの感情を乗せて聞こえてきたのは初めてであったため、結構仲間思いなんだなと意外に思っていた。
「フォレンティーナを司る神、アテーナさんでもどうにも出来ないことがあるのね」
「ええ。全知全能の神、ゼウスでも敵わない存在というのも、おりますから」
どうやら目の前のアテーナ師匠という人は神みたいな存在らしい。しかしなんでも出来るというわけでもなさそうなので、そこまで怖がる必要もないかとカノンは考えていた。
「さて、そろそろ講和会議が始まる時間です。セルゲイとデュオニュソスが、少しでも大人しくなってくれれば良いのですが。現状ですと、どうにも難しいように思えてなりません」
「アテーナさんも、そう思うのね。ネプテュヌス共和国のゼノビア出身の人も、セルゲイが絶対に折れることは無いって言っているわ」
どうやら、講和会議はセルゲイをどう説得させて、折衷案を作り出すかにかかっているようだ。カノンは難しいことはよく分からないので、セルゲイという人に気付かれずに講和会議をやり過ごすことだけを考えていた。
カノンは、絶対に勝てなさそうな相手に対しては目が合うことも恐怖であった。それも、強力そうな味方がついているとあっては、また苦い思い出が蘇りそうであった…。





