お金がいっぱいもらえて嬉しいなあと思います
ミケとカノンの二人は、無言で見つめ合っていた。ミケは契約はカノンが初めてではなかったので、初対面ではそこまでの感情を抱いていなかった。しかし今は自分でも整理のつかない想いに直面し、先程の言葉から二言目が紡げないでいた。
とその時、ミケの持っていた手鏡から漏れた「ピコン!」という音が、二人の沈黙を破った。
「あ、あぁ~~ごめんねカノンちゃん。そろそろ次の『裁判』始まるみたい。えとなになに…ネットの誹謗中傷を苦に自殺…親は家を開けがち、誰にも相談できず、と…ふんふんふん、カノンちゃんとちょっと似てるのかも?こりゃアタシもようやく3人目の契約、イケんじゃね?」
「はいっ。おしごと、頑張ってくださいね」
「ん。そんじゃ!」
稲妻のように現れたミケは、これまた煙のように消えてしまった。カノンは立ち上がると、自分の意識が酒を数杯一気飲みした時よりもうっすら、ぼんやりとしていることに気付く。隣を見ると、すぐそこにミケが居るような錯覚を覚えてしまう。カノンは油断していたら、幻視したミケに話しかけてしまいそうであった。
再度待合室の椅子に座り込み、日が沈んでいく海を眺めながら、先程の余韻を楽しんでいた。
そうして満足いくまで深呼吸を重ねた後、カノンはようやく自分の意識がまともになっていくのを感じた。
(そろそろ行かないと、みんな心配しちゃうな。帰ろっと)
カノンは「ブルネルスキの別荘」に戻ると、皆はすでに寝てしまっていた。体に合わせて沈み込む素材が使われた広いマットは、四人の安眠を約束していた。
…と、カノンはリリカの使っているベッドが空いていることに気付く。デイジーはすやすや寝ているけど、それ以上に寝相が悪いのかな、どこに行ったんだろ…と探していると、ルーティのベッドに入り込み腰に手を回し、ルーティを抱き枕のようにして寝ていたのを発見した。しかしルーティに寝苦しそうな様子は全くなかったため、まあそんな気にしなくてもいいか…とカノンは買ったばかりのお洋服が汚れないよう丁寧に脱ぎ、クローゼットに入れ、この国に来て初日に買ったネグリジェを羽織り、寝る支度を整えた。
(明日、500万ドゥカがもらえるのかぁ…500万ドゥカって、どれくらいなんだろ。私が「仕事」で稼いだお金は、だいたい2000万円くらいだけど…それより、価値があるのかな)
カノンは前世での仕事と今を比較し、やっぱり今のほうが楽しく稼げているなと分析していた。この世界に来てから、他人に変な気を使ったり、キモい奴に媚を売ったりということは全くしていない。今の所はいい人に囲まれながら清々しい気持ちで、異世界の悪魔ライフを送れているなと、眠りにつくのだった。
「雪解けレーヴァテイン」の一行は朝起きると、「ブルネルスキの別荘」の食堂に向かった。ホテルのバイキングのようなセットが一人一人にあてがわれ、少食のカノンはこんなに食べられないよと思いながらも、美味しさのあまりその八割を平らげて、けぷとアイドルらしからぬ声をあげていた。アイドルとしての誇りを保つことを常に意識するカノンは、その時顔全体を手で隠す努力を忘れていなかった。
そうして一同は、10時から始まるらしい勲章授与式に向かった。国をあげての一大イベントにしては、カノンのファーストライブと同じくらいの人の混雑具合で、コロシアムと比べるとそんなでもなかった。ここの国民は、政治とかそういう感じの式典には無頓着であるらしい。
「『雪解けレーヴァテイン』リーダーの、デイジー・ティナト。貴女の共和国防衛を讃え、少将の地位を与えます」
「あ、ありがたき幸せなの…」
デイジーはルーティに教わった通り、そそそとひざまずいた。勲章を与えている人が、ネプチューン姫らしい。神々しいというか、神そのものなんじゃないかなとカノンは思っていた。姫からはデイジーを凌駕するすさまじい量の魔力を感じ、たぶんこの人も敵に回しちゃいけないんだろうなあとカノンは思った。この共和制の国では毎年選挙が行われるが、ニ百年もの間満場一致の票をもらいこの人が首相になってしまうので、「姫」と言われてしまうのも頷けるなとルーティは分析していた。
「せんぱい、案外ちゃんとやれてますねぇ。安心しましたぁ」
「孤児院時代に、ああいう作法は一通り教わったはずなのだけれどね。ところどころ抜けてたところは、私が指導してあげたわ」
カノンが昨晩宿を開けていた間、そのようなことがあったらしい。
「そして、フェーベ・フライブルク・オブ・ジ・アテーナ。貴女の働きも大変宜しいものと聞いています。王国側の勇者の戦力をその風が通り抜けるような脚を用い、一瞬にして分析した功績を賞し、大佐の地位を与えます」
「……ありがとう、ネプチューンさん」
フェーベもふわぁ…とした動きで、姫にひざまずく。重装歩兵隊が軍のトップであるネプテュヌス共和国では後衛は戦争での評価の対象にならないようだが、カノンは美味しいご飯が食べられればそれでいいので、別に気にもしていなかった。
「あ、すっごい量のお金もらってデイジーさん、ふらふらになっちゃってます。おっかしい」
「このパーティの誰もあんなにたくさんのお金は持てないんじゃないかしら…リリカはどう?」
「あたしはぁ、あの三倍くらいだったらいけますよぉ。鍛えてますのでぇ」
カノンは前々からリリカの腕力について気になっていたが、あの上半身の力は「鍛えている」ことに由来するらしい。「体が弱い」と聞いていたが、案外鍛えればなんとかなるのか、でも鍛えるのめんどくさいなあ…指にまめとか、作りたくないしなあ…とカノンは改めて、自分のやりたいことをアイドル活動に絞るのだった。





