あんなやつは頭がおかしくなって死ねばいいと思います
「やぁやぁ我こそは、お前達悪魔王軍を倒しに来た、勇者タカシ・オブ・ジ・アレスであるぞぉ~」
覇気もなく緊張感もなく、だが強大な魔力を有した"音"を放っている「タカシ」は、こちらに向かってそう言った。カノンには小声で「くぅ~、こんなこと言っても様になるし、やっぱ勇者ってかっこいいなぁ」というような更に緊張感の無い声が聞こえてきたが、タカシから聞こえてくるCの和音を八分間隔でずっと連打し続けるような人間味のない音に対する不快感で、カノンはそれどころではなかった。
カノンは一度冷静になり、タカシとやらのステータスを参照した。これから伝わってくる情報をみんなに言うだけでも、自分はある程度仕事してる感じになるだろう…カノンはそう思いながらキーボードを操作すると、そのステータスのあまりの高さに世界の終わりのような表情になってしまった後、ちょっと吹き出してしまった。
†タカシ・オブ・ジ・アレス†
HP9999999/9999999
MP99999/99999
SP4962/5000
スキル
"変化のイデア"
変化 LV12
剣 LV12
名前の周りが†で囲われているのに対しての「たかし」というありふれた名前のミスマッチさから、シュールすぎるとカノンは笑いをこらえていた。しかしタカシのステータスはチートそのものというか、本人のだっさい"音"に全く見合っていないなというようなことをカノンは感じていた。
「あの、勇者なんですけど。ベス火山で戦ったドラゴンを、えーっと…百回倒してもまだ立ち上がってくるくらいの人らしいです。どうしましょう…あ、こっちがHPとMPとSPで、こっちが使ってくる技です」
カノンは「雪解けレーヴァテイン」のメンバーに、キーボードの画面を見せる。一行はステータス化された数字はよくわからないという様子であったが、並んでいる文字列に「変化」という見覚えのない技があることに、ルーティは目を付けた。
「"変化"…変化、ね。聞いたことが無いけれど…何をやってくるのかわからないから、警戒するに越したことはないわね」
「そうですね…でも、ぐすたふ?って人がどうにかしてくれるんじゃないかなって思うので、みんなが起きてくるまで頑張ってもらいましょう!私もしっかり、応援しちゃいますのでっ」
言うとカノンはプリセット9に登録しておいた、「広野に渡る風」を再生した。重装歩兵隊の周りに風が吹き荒れたかと思うと、その風が重装歩兵隊全員の元に宿り…隊からは、驚きの声が漏れた。
「この魔法、すげぇな!まるで鎧を装備してない丸裸みたいな感覚になっちまいやがった!」
「あぁ、こんな動きやすい戦闘は久しぶりだぜ。ひょっとするとかなりの逸材なのかもな、あの幼女…」
「おいおい、そんなじっと見てると犯罪だぞ。13歳以下の子供の人権を守る法律、この国だとめっちゃ厳しいの知らないのか」
「逸材ってそういう意味じゃねぇよ、バカ」
隊全体がこのように騒ぐ中、隊長のグスタフはジロリとタカシの方角を睨んでいた。かと思うと後方で待機しているカノンの方に向き直り、こう言った。
「…感謝する、若きパリカーよ」
「はい、どういたしまして!あんなキモい勇者、グスタフさんのその槍で串刺しにしちゃってください!」
「出来ると良いのだがな。見ろ、あちらも戦闘体勢に入っているぞ」
すでにこちらとの距離が100mほどになっているタカシの方を見ると、何やら魔術師がタカシに強化をかける魔法を使っているようであった。カノンは、その魔術師が全員、若い女性であることに目をつけた。戦争にかこつけて女を囲うとか、ますますこいつはキモいなと思っていた。タカシの音はその女性達に向けて、生前カノンが配信をしていた時についた「せきやくしゃみの音がもっと聞きたい」や、大好きだという内容でカノンの体の細部を描写した1000字程度の長文のようなコメントを書かれたときと同じような感情を覚える、気持ち悪い音を放っていた。カノンは人間嫌いであるということをきれいさっぱり忘れていたが、その感覚をだんだん思い出しつつあるのだった。
「あいつ、たぶん殺したほうがいいと思います。やっちゃってくださいっ!」
「ふむ、それが仕事であるからな…捕虜となる人間を殺さぬよう、注意するとしよう」
「……行くよ。戦争だから、手加減しなくても……いいよね」
勇者の元に真っ先に攻撃を仕掛けたのは、フェーベであった。フェーベはあの魔術師から先に倒したほうがいいだろうと、一瞬のうちに100mほどを移動して、目にも留まらぬ速さで三人の魔術師の腹部に五連撃の刺突を繰り出し、またグスタフの居る辺りまで戻った。瞬きしているうちにジェット機が通った後のように、すさまじい風が重装歩兵隊を通り過ぎていった。
「まずは三人…って思ったんだけど。………おかしいな、手応えがない、かも……」
フェーベは確かに三人に対して、有効な突きを放ったつもりであった。しかし、魔術師は変わらずタカシに強化魔法をかけるべく、何事もなかったかのように詠唱を続けていた。
「あー、君フェーベ・フライブルク・オブ・ジ・アテーナさん、だっけ?どうしてこんなとこにいんのさ。もしかして悪魔王軍の味方?こっち来なよ、悪くしないからさぁ」
やたらと長いフェーベのフルネームらしい名前を早口で言いきったタカシからは、先程にも増して気持ちの悪い音が流れていた。
(もしかしてこいつ、フェーベさんまで…)
カノンはクラスの男子からまだ直接的な性欲の感情をぶつけられたことがなかったので、リアルで全方位に放たれている男の肉欲の"音"に若干の吐き気がした。
「ルーティさん、あれって…」
「どうやらみんな、勇者と"契約"をしているようね…勇者の使える魔法の一部を、不完全ながら使えるらしいわ。あれが、"変化"なのかしら」
(どうしよう、こっちの攻撃が変化ってやつで何も通らないんじゃ、勝ち目ないよ…)
カノンは目の前の男に負けるかもしれないということが、非常に許せなかった。カノンにとってタカシは、カノンが感じていた人間に対する"嫌い"を凝縮したような、魔王のような存在に感じていた。カノンが思う人間への"嫌い"はそれだけではなかったが、男に対する嫌悪感は、この世界に来てから一番のものであった。
(あんなやつ、あたまがおかしくなって、死んじゃえばいいのに。死んじゃえばいいのに。しんじゃえばいいのに…あたまが、おかしくなって…)
カノンの中に悪魔的な発想が芽生え、最後の手段としてそれを実行することを、カノンは決心していた。





