まだ人類は滅亡しなくてもいいんじゃないかなと思います
翌朝、カノンは耳のあたりがこそばゆい感覚を覚えて、目覚めた。キーボードから流れる超絶技巧練習曲5番の耳をくすぐるような音色を、だんだんと鮮明に知覚していき、起き上がろうとする…と、耳の中に違和感を覚え「ひゃあ!?」と叫んでしまった。
「すぅ…ルーティさぁん、あたしがぁ、ずっと、そばにぃ……すぅ……」
横を見ると、リリカが絡みつくようにカノンの首に手を回し、気持ちよさそうに寝ていた。耳の違和感の正体は、リリカのくるくるとした髪の毛が、カノンの耳を優しくくすぐっていたことであった。部屋に4つあるベッドは結構距離があるはずなのだが、どんな寝相なんだ…とカノンは若干引きながらも、なんだか悪いような気がして振りほどくことも考えなかった。
「あらカノンちゃん、お目覚めかしら。残念だけどうちのリリカはいつもこうだから、もう少しそのままで居てくれると嬉しいわ。」
当のルーティさんは、机に向かってペンをもてあそびながら、今日の予定を立てているようだった。毎日誰よりも早起きしてパーティの方向性を考えるというのは、続けるのは容易ではないだろう…よっぽど几帳面で、優しい性格なんだなとカノンは思う。
「はは…そですか。お言葉に甘えて、もう一眠りすることにします」
カノンはキーボードを手元に引き寄せ、だんだん激しくなっていく『鬼火』の旋律を、キーボードの蓋を開けることで止めようとした。Bの和音とともに、アラームは鳴動を停止した。
「メッセージ」を開くと、ミケから一言、こんなメッセージがあった。
「どう?人類、滅亡させられそう?」
カノンはちょっとびっくりするものの、自分でそのようなことを言ったのを思い出した。カノンは、こう返信した。
「この世界の人は、もうちょっとの間は…めつぼうしなくても、いいのかもしれません」
デイジーはというと、ベッドから派手に落下し、壁に向かって寝ていた。四人が並んで寝ようものなら、それはそれは寝具が乱れそうであった……。
二時間ほど二度寝をすると、リリカとデイジーの二人はようやく目覚めたようであり、カノンも二人が起きる声で目を覚ますのであった。
「んぅ…あたしぃ、なんだか懐かしい夢を見てたような気がしますぅ」
「う~~~っ。みんなおはようなの!今日は一日遊び回ってやるの!」
起きた四人は、食堂に向かうことにした。パンとスープと、簡単な野菜のサラダが振る舞われた。カノンは当然のようにもぐもぐと作業的に食べていたのだが、他の三人はかなり美味しそうに食べていたのがカノンの印象に残った。
「早速、カノンちゃんと一緒に手に入れた魔石を『ベティの魔道具屋』に見せに行ってくるわ。リリカとデイジーは、先にギルドに行ってクエストを見繕ってきて頂戴。魔石を売ってお金が大量に手に入ると言っても、『格付けポイント』は稼いでおくに越したことは無いわ」
「わかったの!でっかい魔物を気持ちよーくぶっ飛ばせるのを選んでくるの!」
「あ、あたしはぁ、楽なのが良いですぅ」
一行は「ブルネルスキの家」を後にし、それぞれの目的地へ向かった。
「ベティの魔道具屋」に入ると、濃い茶色の飲み物を飲みながら、帳簿のようなものを記入しているおばあさんがいた。
「あの、ダンジョンの魔物を倒して魔石を獲得してきたんです。この魔石を使って魔力を増強する魔道具を四人分作って欲しいんですけど…この中のどれかに、良さそうなのってありますかね」
カノンは持っていた鞄を開き、おばあさんに見せた。
「おやおや、いくらダンジョンに行ってきたっつってもこれは多すぎじゃないかねえ…一つ一つ見ていくから、ちょっと待ってな。」
そう言うとおばあさんは帳簿をしまい、手袋をつけて魔石を鑑定していた。
「これは…噂には聞いていたが、このあたりのダンジョンに居るっつぅヘル・ドラゴンの魔石じゃないか。嬢ちゃんたち、もしかしてこいつを倒したってのかい」
「はい!私達の、絆の力ってやつです!」
カノンはドラゴンを討伐した時は二日分の絆しかなかったが、なぜかこの場面では、そういう言葉が出てきたのだった。
「どういう意味だい、そりゃあ…あんたら程度の小娘の魔力で、一体全体どうやってヘル・ドラゴンを倒したってんだい」
「私達の氷炎魔法使いは、すごいんですよ!ドラゴンだって、レーザーでどかーんってやって、一瞬で倒しちゃったんですからっ」
「ほう、氷炎魔法使いとはまた珍しいねえ。」
「どうでしょう。これだけ大きければ加工も大変かもしれませんが、他の魔石で建て替えてもらえればと…」
ルーティは慎重に相談をする。前に、デイジーが盛大にぼったくられていたことがあったのだ。
「そうさね、こいつを使えばあんたらが持っている魔力を倍近くまで増大させる物を作ってやれるぞなもし。加工して余った魔石を報酬とさせてもらっても…良いかな?」
これまた、おばあさんからは淀んだメロディが流れていたのだった。ぼったくられていそうだ。…しかし、おばあさんからは少し、好奇心に溢れた、いたずらっぽいメロディも紛れていたのだ。貴重な魔石を前にして、加工することを楽しみにしていそうだ。
まあ、他に当てもないし…作るものはどれも、本物っぽいし。とカノンは思った。
「わかりました。魔道具を装備してその効果が本物だと分かり次第、報酬として余った魔石は差し上げます。作るのには、どれくらいかかるでしょうか」
「そうさねえ…早くても7日はかかるぞえ。あたしの手にかかれば簡単な魔道具なら二時間ほどで出来るってもんだが、こいつぁ魔力を保ったまま加工するのがちぃと難しいぞえ。や、雑な物を作って良いんなら明日にでも完成するんだが…」
「みっちり7日かけてお願いします!」
「ひっひっひ。任せておきなぁ」
「ちなみに他の魔石の買い取りって、出来たりってしますか…?」
「おいおい、うちの店にはこんなにたくさんの魔石を買える現金なんて無いさね。ギルドにでも売っぱらいな」
「はぁ…そうします。」
そうして、カノンとルーティの二人は店を後にするのだった。





