ダンジョンを進もうと思います
「…右に曲がると、魔物が居るわ。デイジーの一撃で仕留めたいから、レーヴァテインを構えて頂戴」
ダンジョンに入って10分くらいすると、早速動く火の玉のようなモンスターが5体現れた。ルーティの"探知"の通りである。
と、デイジーが即座に赤と青の螺旋を描いたビームのようなものを射出し、それらを蒸発させた。
「スピリットね。物理攻撃が通らないから普通は厄介ではあるけれど、私達の敵じゃないわ」
「おまけにこいつからは結構高い魔石が出るって聞いてるの!早速儲けちゃったの」
「でもこれ、凍っちゃってますねえ…」
「半日くらい経てば溶けるから平気なの!」
デイジーは持っていた革の鞄に魔石を放り込む。なんかお金ないって言ってた割には高そうなかばんだな、とカノンは思う。
その後も味気ない戦闘が続く。リリカが探知に従って敵の居る場所を照らし、ルーティが敵のなるべく少ない方へ先導し、カノンが下に通じていそうな"音"を探しながら、デイジーが螺旋のビームで狼やトカゲのような敵を蹴散らし、どんどん魔石を集めていった。
「ここを左に曲がれば下に通じると思います。下から聞こえる"音"ほどだんだん強くなっていってるので、気をつけてください」
カノンの処理能力では、周りの敵を全て探知することなどできなかった。既に、30体ほどの魔物を討伐しているが、探知に従って魔物の少ないルートを選んでいる。こんなに魔物があふれる"音"を知覚したら、また70時間くらい眠ってしまうだろう。
ルーティの敵を探知する能力は、一同の柱であった。
風の微かな"音"を聞き分けながら、下の階に進んでいく。
「この辺り、どんどん壁や床が熱くなっているように見えるけど、カノンちゃんの不思議な術のおかげで全然熱く感じないわね。驚いたわ」
下の階に進むと、マグマのようなものが煙を吹いていた。それなりの装備で臨まなければ、靴などは一瞬で溶かされてしまうだろう。下の階に進んだという報告が少なかったのも頷けるな、とルーティは考える。
ここで念の為カノンはプリセット7を調律ボタンとともに再生し、ひんやりとしたベールを重ねがけするのだった。
「そっちを照らして、リリカ!」
「ふぇえ、もう、足が疲れてぇ…」
「そこなの!いただき~」
リリカはふらふらになりながら、ルーティが示した方角に光を灯す。すると、その方角に狼のような獣が二体居た。すぐさま、デイジーがその咆哮へビームを赤と青に分け発射すると、獣は半分以上が抉れた状態で吹っ飛び、やがて動かなくなった。
「あの、そろそろリリカさんが限界だと思うんです。私もちょっと疲れちゃって…この辺で休みませんか。周りに魔物の音は、聞こえませんし」
ダンジョンの角のような所に立ったところで、カノンはそう提案する。
「確かに…私の探知にも反応がないわね。休憩にしましょう」
「整地ならわたしに任せるの!」
言うとデイジーは、手からお湯をだばばばと出す。すると、地面でぐつぐつと煮立っていたものが落ち着き、あたりは普通の岩になった。
氷と炎の魔力が完全に混ざれば、お湯になるのか。便利な使い方もあるんだなあとカノンは思う。
そのまま座り込んで各自食料を取り出し、食事にしていく。カノンは、プリセット5の気分が落ち着く曲を流す。バラード調のリスト12の練習曲 3番だ。リスト超絶技巧練習曲のもととなった12の練習曲は、なんと14歳という年齢で作られたらしい。
カノンはデイジーの出したお湯と、干し肉を交換するのだった。カノンは、道中での水のことを何も考えていなかった。日本では、蛇口をひねればどこでも水が飲めてしまうからである。
お湯は、日本の山から出る湧き水のようにほんのり甘かった。
「デイジーさん達は、どうやってお知り合いに?」
カノンは何気なく、そう聞いた。
「私達は全員、ゼノビア王国の孤児院出身なのよ。もっとも、国の言いなりになるのが嫌で逃げ出して来ちゃったけどね。闇魔法の研究が異端、だなんて、馬鹿げてるわ。あそこは、孤児の中から魔力の高い人を集めてこき使う魔法使い工場みたいな所だったから、早急に潰れると良いわ」
「あいつらひどいの。わたしがまだお湯しか出せなかった頃、さんざん落ちこぼれだのなんだの言っていじめてきたの。でも、レーヴァテインを手にしたその時から、どかーんと魔法が出せるようになって、見返してやったの!センセーみたいなやつらを、全員ふっ飛ばしてやったの!」
「新入りなのに全然魔法が使えなかったあたしを、二人はとおっても優しくしてくれましたよね。おまけに体も弱くって、迷惑かけてばっかりで本当にぃ…」
「そう、だったんですか…私、生まれたばっかりの悪魔だから、ネプテュヌス共和国のごく一部のことしか知らなくって。大変だったんですね」
「心配は要らないわ。ここに来て、デイジーもリリカも随分元気になったんだから。クエストをこなせば、『格付けポイント』が上がって、それだけで一定の評価が得られるわ。バカみたいな権威にすがってる王国とは大違い」
「よくわからないけど、わたしとリリカをいじめてきたあいつらがいいヤツなわけがないの!」
「この前まで、ゼノビア王国のスパイがアグリッピナ広場で悪さしようとしてたって、話題になってましたよねぇ。姫様の側近のアリネスさん、それをまとめて倒しちゃったらしいですよぉ。憧れちゃいますぅ」
「リリカさん、それって…」
「なんでもぉ、ネプチューン姫は我が国の象徴だって言って誘拐しようとしてたみたいですよぉ。この国で200年も姫を勤めていらっしゃるのに、訳がわかりませんよねぇ」
「か、関わらないようにします。ゼノビア王国…」
「悪魔は見つけ次第、惨殺されるらしいわ。カノンちゃんは、入らないほうが良いかもね」
「ひえぇ…気をつけます」
そういった具合で、1Fごとに休憩をはさみつつ、一同は地下5Fまでやってきた。地下4Fまで行くに従ってスピリットの大きさが増大したり、素早く動くトカゲが火を吐いてきたりしたが、デイジーがその全てを相殺し、蹴散らしていってしまった。





