ダンジョンに向かおうと思います
宿についたカノンは、明日のダンジョンに行くという予定について、考える。生前のゲーム知識から行くと、一度入ったら中々抜け出せない所であろう。準備は、するに越したことがない。
戻る途中で露天に立ち寄り、大きめのバッグと、切れ味の良さそうなナイフを買っておいた。120ドゥカと、100ドゥカであった。何日滞在するかわからないが、2日分の干し肉も買っておいた。30ドゥカであった。
「戦うのはあのデイジーって子が大体なんとかしてくれそうだけど…何かあったら、あのリリカって頼りなさそうな人に回復をお願いしなきゃいけないのかな」
カノンはそう予想する。ルーティって人は、街の人をほとんど気付かせることのなかった「目眩ましの指輪」の効果に左右されず、こちらに気付いた。これは、かなりの探査能力があると見ていいだろう。ダンジョン内でいきなりピンチになるということが無さそうなのはありがたかった。
案外、あれはあれでバランスの取れたパーティなのかもしれないとカノンは思うのだった。
私はあくまで応援係…そう考えると、また新しい「プリセット」を登録しておかなきゃな、とカノンは思う。「アラーム」は、25:34と表示されている。10時間睡眠と、ギルドへの移動時間を確保するとなると、あと1時間くらいしか余裕がない。ティモっていうのが一体何分くらいなのかもよくわからないし、一日が30時間あるって、計算がめんどくさいなとカノンは思うのだった。
前世では時間を管理して寝て、起きないと仕事にならなかった。だがこの世界の時間はよくわからず、眠くなったら寝て、アラームで起きたほうが、よっぽど楽であった。ミケが「アラーム」機能を付けてくれた心遣いに、カノンは感謝するのであった。
カノンはプリセット5に心が落ち着く曲を、プリセット6にひたすら暴力的な曲を登録した。プリセット6に登録された曲は、「女の子が黒人の人形をひたすら床に叩きつけ、しまいには人形の全身の骨が脱臼してしまう」というとんでもないテーマの曲であった。使い所は、限られそうだ。
そろそろ自分でも、プリセットがどれがどれだかわからなくなってきたな、とカノンは思う。「メッセージ」の「新規作成」を選び、下のように書いて、「一時保存」を押した。
1 終末歌ひめアポカリプス
2 カノン・コード
3 リスト12の練習曲 1
4 ぞうの子守唄
5 リスト12の練習曲 3
6 ゴリウォーグのケークウォーク
2番の元気になる曲と、5番の心が落ち着く曲だけを使って終わるといいな、とカノンは思った。敵に突然囲まれた、みたいなときは敵を眠らせることのできそうな4番が便利かもしれないが、味方まで眠ってしまいそうなのがデメリットである。そうこうしているうちにさらに囲まれているという可能性も、ありそうだった。6番は、最終手段だ。何が起きるか全くわからない。
準備はこれくらいでいいだろう、時刻は26:47を指している。寝間着に着替え、すぅ……はぁ…と深呼吸をすると、カノンは眠りにつくのであった。
翌朝、6:00に設定しておいたアラームが、ドゥルルルルン!という強烈な不協和音とともに鳴り始めた。カノンは深い眠りについていたが、30秒くらいで意識を取り戻していく。
リスト・超絶技巧練習曲の中で最も難しいとされる4番・マゼッパの音をじっくり聴きながら、カノンは今日起こることへの覚悟を決める。
(ついに、ダンジョン…かあ)
魔物のパンチ一発で死にそうなHPをしているので、常に死と隣り合わせだ。しかし、カノンは前世では、自殺の直前にしかこんな恐怖感は味わったことがなかった。なんだか、すごく怖いけど、体が勝手にワクワクしてきちゃうなあ…と思っていた。
デデーン!という雄大な和音を奏で、アラームは鳴動を終了する。Dの和音である。
カノンは「ブルネルスキの家」で朝食をすませると、少しピアノの練習をした。バッグに鞘のついたナイフと干し肉を放り込んでからそれを背負い、ギルドに向かう。お金の入ったお気にのポーチは、1000ドゥカだけバッグに残し、あとは宿に預けた。宿の周りには警備員が常に3人くらい目を光らせていて、カノンが持っているより安全だろうと判断したためだ。
「遅いの~。馬車がもう来ちゃうの~」
「私達が早く来すぎただけでしょ、デイジー。ギルド正面にある時計を見て頂戴、まだ7ティモと半分よ」
「せんぱぁい、あたしまだ眠いですぅ。馬車の中で寝ててもいいですかぁ」
ギルドの前には、「雪解けレーヴァテイン」の三人が待っていた。デイジーは相変わらずただの木の枝…レーヴァテインを持ち、ルーティは昨日持っていた杖の玉の光がより磨かれて輝いているように見えた。リリカが持っている杖は、なんだか魔法少女ロッドのような、おちゃらけたものだった。
ギルドの隣にある馬車乗り場からは、朝早くから多くの人が行き交っていた。ダンジョンが発見されたということで、便数を増やしているらしいというのは、ルーティの話だ。
「これに乗りましょう。4人乗りで、片道120ドゥカ。元が取れるように頑張りましょう」
ルーティは馬の上に甲冑の着た騎士が乗ったものが、荷車に繋がれているそれを指差した。
「デュラハン馬車ですかぁ。速いのはいいですけどぉ、あんまりよく眠れなさそうですぅ」
「つべこべ言うならリリカが全額払ってもっと良い馬車を出すの。私達は4人で一つのパーティなの」
デイジーに4人で一つ、と言われ、カノンは悪い気がしなかった。
「すいません、ベス火山ダンジョンまでお願いします。これ、お代です」
ルーティは3人から徴収した90ドゥカと自分の30ドゥカを合わせて手渡し、デュラハンにそう言った。
「ハァーッハッハ!貴様らのような小娘がベス火山に入って、生きて帰れるとは思えんがな!これが最後の馬車となるだろう、せめて最後くらい乗り心地のいいように走ってやる!」
デュラハンは一行に、失礼なことを言っていた。
だが実際乗り心地はまあまあよく、カノンが生前撮影スタジオと自宅を行き来していた電車よりちょっと揺れるかな程度だった。
火山の近くに至ると、そこは灼熱地獄といった暑さだった。
「せんぱぁい、もう帰りたいですぅ」
リリカは座席に横になりながらそう漏らす。
「これくらい耐えられないとダンジョンの中に入ったら死んだも同然なの。覚悟を決めるの」
デイジーはそう言ったが、彼女自身もかなりの汗をかいていた。カノンも暑さで限界であった。どうしようかと考え、カノンはキーボードの蓋を開ける。「調律」ボタンを押し、ドビュッシーの「雪が踊っている」を涼しくなるイメージをしながら弾いた。
すると、馬車の中が快適な温度になった。
「あなた、不思議な術を使うのね。早速、パーティーの役に立てたじゃない」
とルーティは笑顔を浮かべて言う。ルーティも、暑さで先程まで息が上がっていた。
「いや~それほどでも…私は応援係として、精一杯がんばります!」
「雪が踊っている」をプリセット7に登録していると、火山の麓に大きな穴が空いているのが見えた。ここが地獄の入り口と言わんばかりに開かれたそれは、地下に通じているみたいだ。
麓にたどり着くと、デュラハンが動きを止めた。
「ハァーッハッハ!ここが貴様の墓場となろう!せめて命尽きるまで足掻くと良い!さらばだ!」
デュラハンは走り去っていった。麓には、帰りの馬車が6セットほど待機しているが、暇そうにしている。デュラハンの言う通り、ここで全滅してしまうパーティーも多いのかもしれない。
「いよいよね…私達の裕福な暮らしのために、頑張りましょう」
「おー!スラム宿とも、今日でお別れなの!」
「ここまで来たら、やるしかないですよねぇ…」
「みなさん、私は5mくらい後ろにいますので…はい」
四人はそれぞれの決意を胸に、ダンジョンへと入場するのだった。
入り口の正面で、ダンジョンを管理しているらしい二人の門番を、デイジーは邪魔だと言わんばかりに青と赤のレーザーのようなものを発射してどかしていた。足元に発射して驚かせただけだったので、門番に怪我はなさそうだった。
「あいつら、ダンジョンに入るには4人以上必要だーとか魔法使いだけでの入場は許可できないーとか言って前は通せんぼしてきたの。今回もまた何か理由をつけて通せんぼしてくるに決まってるの」
デイジーの蛮行に、早くも不安になるカノンなのであった…





