御新婚じゃ、 門前で無礼つかまつる
巨匠、司馬遼太郎の「功名が辻」に山内伊右衛門一豊と妻千代との婚礼のことが書かれている。
(引用始) 信じられないほどばかな話だがこの夫婦がちゃんと夫婦になったのは、初夜から十五日目のことである。
このときは、千代も伊右衛門も、さすがに大事業をやっと果たしたような昂奮で、体をはなしてからも、容易に寝つかれなかった。(引用終)
初夜から十五日目とは何かの間違いではないかと思いながらも司馬遼太郎が絶えず史実に基ずき、文を作るために、これも事実だと信じながら、自分なりに解明した文、御一読のほど。
初夜
「旦那様、ふつつかもので御座いますが、二世の末までよろしくお願い申しあげまする」
祝宴も終わり、今二人だけ寝床の両脇に正座している。燭台の灯火が二人の姿を揺らしている。
戦国の代に生まれ、男、山内伊右衛門一豊は十四歳で父と母を失い、父の郎党であった二人の男に育てられた。
こんにち二十二歳、槍、剣、漢学以外には目もくれずゆくゆくの末に備えてた汗まびれの毎日、女子なる者を全く知らない。
若者同士で話す女子の事になると彼は自ら耳を課さずその場を避けた、邪念に犯されるのは武芸の災いとの信念からであった。
子供は女から生まれるとは知っていたが、どの様にして、何処から生まれるかも皆無の男である。
妻と娶られた千代も四歳で父親を無くし、のち母の義兄に当たる大郷士の元で姫の如く裕福に育てらた。
何時のころから始まった月月の下り物の世話も下女に頼り自ら手を煩わすことが無かった。
婚礼の決まった三ヶ月前からは下女無しで自ら始末するように教えられたが、そこは不潔の場、恥じらいに場として普段は触るものでないと母に言われていた。
その母が優しく『初夜の寝床では夫のなすがままに従いなさい』と云ってくれていた。
「私こそ」
その時初めて二人はお互いの顔、姿を見た。
一豊にしては郷土一の美人だ案じる事は無いと周りの者たちに言われていた。
自分の好みに当たる女子であろうか、もし気に入らなければ後の祭り、いかようにすべきなのか。
悩まされる不安と皆の保証する良き美人であるとの言葉にただ迷う日々であった。
が妻となった女の顔を見て一豊の息が止まった。
想像を遥かに上回るその美しさ、澄んだ目の奥から現われる自分を包み込むような眼差し、「これは」と全身が引き締まった。
座りなおして頭を床になすりつけ挨拶し直したくなるような気品の高さ、威厳、神々しさが自ずから現われていた。
『ああ、よくこのような姫が俺のような男に嫁いでくれた。夢ではないか、いや夢ではない。 ああ、俺はなんと幸せな男なのだ。大事にしなければいけない、大事に大事に』と胸に思った。
千代の見方は違っていた。新夫は何処か幼げな丸顔にこじんまりした体つきはどう見ても武勇を誇る男には見えない、がしかし童顔なれども溢れ出る気品のよさとみなぎる自信は何時の世にか大事を成し遂げる人と見た。
「床に横になりましょうか」
と云ったのが「私こそ」に続く一豊の初めての千代に向かって云った言葉だった。
「はい」
千代は小声で答えながら、おもむろに純白の寝着の裾をまとめ、厚手の帯を締め直すと両脚を掛け布団の中にいれ横たわり長い髪を横に流して両手を胸に置き緊張で目を硬く閉じ、微かな震えすら見せた。
じいっと見つめている一豊に横目を開けて、
「あの、一豊さま・・」
と力無げにいった。
「・・何でしょう」
改まったままの緊張した顔つきで聞き返した。
「その燭台の灯を消していただけないでしょうか。わたくしとても恥かしくて・・」
一豊はその声の愛らしさと口元の美しさ、さらに目の長いきれめとふくっらとした顔つきにますます心を動かされた。
「ええ、もちろんです」
一豊はいっきに灯を吹き消した。
急に真っ暗ななかに自分がいるのを知った。そのまま手探りで目星の場に自分を横たえた。
掛け布団が自分の上に摺り上げられるのを知った。一豊は暗い天井に目をおきながら幸福感に溢れ大事に大事にと思う妻と同衾するのみですっかり満足していた。
「今日一日は大変な日でしたね。どうかゆっくりお休みください。おやすみなさい」
数日間の婚礼という緊張の連続、会った事もない、ただ評判の美人といわれるのみの嫁に対する不安感、それら皆が納まり、期待以上の美人に恵まれ悔いの無い満足感、祝宴で飲んだ祝い酒が一豊を深い眠りに落とし入れていた。
千代は何か期待に裏切られたような気持でいながら、やはり遠路の旅と祝宴の興奮と緊張感が一度に身体に現われ知らずに眠りに陥ってしまった。
二日目
カツン、カツンと響く音に千代は目を覚ました。よこの床はきれいに整い一豊の姿は無かった。
うつろに起き上がり手洗いに向かうと義父の家から三日間だけ千代の新居を世話する事になっている下女が御湯の入った手桶と布地を持って現れた。
「おはよう御座います、奥方さま。よくお眠りになりましたか。ここに御湯を置いていきます、どうぞお体お清めなされ」
にっこりと下目ずかいで意味ありげに微笑むと台所に下がっていった。
「そう身体を清めるか」意味が分かるようで解らないまま雨戸を開けるとそこに夫の一豊が汗にまびれて木刀を丸木に切り込んでいた。
「いや、千代殿、お騒がせしましたかな、よくお休みになれまたか」
そう聞かれても答えができなかった。
夜中何度も目が覚め、自分が今何処だか、隣で軽いイビキを出しているのが夫と言う者なのか不安の中でこの新しい環境には落ち着く事が出来なかった。
「ありがとう御座います、とてもよく休ませていただきました。ここのお湯が御座います。どうぞお汗をお流しくださいまし」
下女が自分に用意してくれたものだが、汗まみれの夫につい言ってしまった。
「これはありがたい」
手にした手拭いを桶に入れると生温かい、不審に眉をよせながらも新妻の心遣いに嬉しさがこみ上げてきた。
「私は何時もは井戸端で冷水をかぶるのだが、やはり女房を持つと有難いものですね」
「いえ、下女が今わたくしに身を清めろと差出たもので、まだ手は付けておりません。旦那様のお汗を見て、ついつい、申し訳ありません」
「身を清めろとな」
何がしか頭に響くものがあったが彼にもはっきりとは解らなかった。
四夜
一豊は幸せだった。城での戦いの訓練時も心が浮いた。美しい妻、千代の顔、姿が見えるのだった。
夕餉時一豊は子供のようにはしゃぎ、よく喋った。戦の事から幼年期の事、話題付きづに喋った。
目の前に夢のような美人の妻が居り手酌で晩酌をしてくれる、千代も嬉しそうに聞き、笑い、手酌を受けてくれる、喋ってくれる、こんな幸せがあるのかと一豊は酔ったのだった。
中むつまじい若夫婦である。
床に入る前一豊は毎回正座をし
「素晴らしい日でした、おやすみなさい」
お辞儀をし灯を吹き消すと自分の場で横たわり、天を見てはこのような美女が自分の妻である事に胸が躍り唯有難い自分は幸せ者と祈る心で眠りに陥るのだった。
千代もこれが夫との同衾と言うものなのかと迷いながらも眠りについていた。
一つ床に寝ながら手もふれずに早三晩が過ぎた。
下女は今日義父の元に帰っていった。
千代一人夜なげを整え、夫が前に座るのを待った。きながしの着物に着替えた一豊は何時もながらの微笑みを満面にうかべ千代の前に座った。
杯を取ると千代が即座に酌をした。ぐっと飲み干した杯を千代に渡した時、二人の指が触れた、一豊は一瞬すばやく手を引いた。
千代の瞼に涙が浮かんできた、それを見、一豊は一瞬慌てた。
「千代何かあったのか今日。どうしたんだ・・」
うつむいたまま、黙っている千代に一豊の心は大きく動揺し始めた。
この大事な妻に何事が起きたのであろうかと正座しなおし聞き返した。
不安と迷いに悩んだ眼差しが一豊にふれると、聞き取れぬほどの声で、
「旦那様はわたしがお嫌いですか」
「えッ・・」
度肝を抜かれた一豊は膝を前に進めて千代の目に切り込むような大きな目で後を待った。
「わたくしたちまだ手も触れてません、お嫌いですの」
「いやいや違う。大間違いですぞ。あなたがあまりにも美しく神々しい方なので、もったいなく触る事も控えているのです。私のような者に嫁がれたあなた。私は嬉しくて嬉しくて私の宝物を粗末には出来ません。あなたは尊い尊い方なのですぞ」
千代の目から涙が噴き出た、嬉しかった、夫の心が分かった、震える口元に何か言いたげだが声は出ずただ両手を一豊の前にさし出した。
震える両手があまりにも可憐で思わず一豊は手をうけとめた。手とはいえはじめての素肌の触れ合いにぎっくと二人はしながら指と指でお互いを確かめるように絡まった。
一豊は千代の指の滑らかさに驚き思い切って千代の手を握り締めた。
その柔らかさには度肝を抜かれた、男の豆だらけの手しか知らない一豊には脅威だった。
手がこんなにしなやかでは他の処もさぞしなやかなのではと思っただけで男としての欲望と緊張感と焦りで全身が硬直し握った手を緩める事も忘れてしまった。
「あなたの宝物とはうれしゅう御座います。でも宝物とはいえ、わたくし生きておりますのよ。わたしはあなたの妻で御座います。どうぞお気兼ねなくお使いくださいまし」
一豊は嬉しかった、食膳をわきにずらすとそのまま千代を座ったまま抱きこんだ。
「悪かった、あなたに迷いと不安を与えたこのワシ、謝りようが無い、すぐに寝具の用意ができますか」
武士の身である、抱いたまま床に押し倒すような小人の仕草はせず、あくまでも規律を守った態度であった。
千代は寝床を整えると屏風の陰に隠れた。まだ九月の末、薄手の白の寝着に着替えた一豊は二枚重ねの布団の上で正座して千代を待った。
音も無しに現われたこれも純白の薄手の寝着に包まれた千代の恥らう、つつましい笑顔にまたまた一豊は感歎、怖気づいたが横に座った千代に声も掛けず抱きついた。顔を近づけ頬と頬を触れた。
『ああ、なんとワシは幸せ者』と夢中の中で二人して柔らかな布団の上に重なり倒れた。
が何をどうして良いかの分からずただ抱きしめた、口を求め初めて口と口とが触れた。異様な興奮が二人の唇にあらわれ唇どうしが左右に動き、開いた口から舌が歯に触れ、舌どうしが触れた。
『ああ、なんと素晴らしい』二人の感激が同時に起き、鼻からの熱い息が息よい良く二人を包んでいった。
一豊の片手が千代の寝着の裾を開くと滑らかな腿に触れ震え始めた。千代もなされるまま腿を閉じたまま震えた。
その時口と口とは離れお互い顔をお互いの肩に置きこれから何が起こるかに全神経が手と腿に集中し千代の両腕は一豊に巻きついていた。
手は腿を這うように膝頭に触れるとゆっくりと上がっていった。両股の付け根に来たとき動きが止まった。
一豊は軟毛に触れたのだ、驚いたこんな処に毛があるとは想像も付かなかったのだ。そのうえ男と違う何もない平らだが切れ目に気づき、これが男と女の違いと合点した。
されば何が何処にと勇を決めて手を股の間に滑らせた。
千代はどうされるのかと怯え震えていた。
『初夜の寝床では夫のなすがままに従いなさい』の言葉が聞こえ、千代はされるまま両脚をわずかに開いた。
一豊の中指がなにやら湿った場所に来た。なにもわからず中指を動かしていると窪みに触れた。これが以前聴いた女子のもう一つの口なのかと胸の弾みの高まりに合わせて場所を確かめ『ヤッ』と指を突き込んだ。
「・イタイ・・・」
千代が身をくねらせた。驚いた一豊が指を引き抜くと燭台の灯に赤く染まった中指が見えた。
「ひえ、申し訳ない、・・ご免なされ・・・」
寝床を飛び出ると一目散に井戸端に行き、手を清め、桶に一杯の冷水を頭からかぶった。
気を整え新しい寝間着に身を包むと、横に成っている千代に正座し、
「申し訳ありません、怪我をさせてしまって、痛くは無いでしょうか、薬でも持ってきましょうか、大丈夫ですか、傷が治るでしょうか、申し訳ありません、お休みください」
燭台の灯を消すと自分の場に横に成った。懸命に高ぶる自分を抑え寝付かれぬまま千代の痛さを察していた。
千代は今一度試してもらいたい気持ではあったがうっとりしながらあの口付けの感傷にまだ酔っていた。
五夜
夕餉の席は静かだった。お互いに昨夜の事を考えていた。
傷は治ったであろうか、今宵も試されるだろうか、あの口付けだけでもして欲しい。目と目が恥らいをおびながら時折触れては微笑んだ。
「大丈夫ですか。傷は痛みませんか」
「大丈夫です。痛んでおりません」
一豊は緊張した心地で思い切った云った。
「でわ、今夜も、よろしいですか」
「ええ、お試しください」
二人の顔がまっかにほてった。下を向いた二人はこれ以上何も言え無かった。
千代は早々と食卓を片付けるとすぐに寝床の用意を始めた。一豊の心臓は破裂するばかりに烈しく早まっていた。
横に座った千代は美しかった。また声も掛けず抱き寄せた。口と口とが触れた。その感触は昨夜にも増して二人を恍惚の世界に引き入れていった。
柔らかな布団の上に重なり倒れると一豊の手はいまや心得たりと腿をつたって付け根に行った。千代の腿がわずかに開かれた。
二人の深い息ずかいが喘ぎのように変わっていった。温かい湿りに満ちた場で一豊の指は休み無く動いていた。窪みに触れたこんどはゆっくりと指を沈めた。
一豊は不思議でならない、柔らかな無花果の粒に取り巻かれ指の動きに合わせてくる肌、まだ奥があるのではないかと試すと入る、一豊は未知の世界に入り込んだように夢中になって指を動かした。
千代の顔が引きつった、喘ぎながら我慢すべきなのか云わぬべきなのか。
「一豊様、優しくしてください。痛くございます。あ、イタイ・・・」
一豊は指の動きを止めた。
「・・痛いか」
「はい、お指の爪が・・」
一豊は指を引き抜き、つくづく灯り下で見るとしっとり濡れたごつごつ節のある指にがさがさに削られた爪が延びて見えた。
「申し訳なかった」
台所に走ると砥石で爪を研ぎ始めた。思いはあの不思議な感触である、頭がくらくらしながら、この爪ではあの柔らかな肌に傷つけたのではないかと詫びる心だった。
全ての爪を根元まで磨き挙げると千代の横に座った。
「申し訳なかった、爪は奇麗に切ってきました、まだ痛みますか・・」
「・・はい・・・」
頭から被った布団の下からか細い声が聞こえた。一豊は今夜はこれ以上すべきでないと燭台の灯を消し自分の場に横に成った。
「お休みなされ」
一豊は指の感触を忘れる事に専念して眠りに付いた。千代は初めは不思議に感じた肌の気分が爪の引っ掻きで痛みに変わり我慢した数分が今も続いていた。
六夜
「いやはや、昨夜はまたまたあなたを痛みつけて、あいすみませぬ。この爪めけしからん奴ゆえ、ほらこのとうり削り取りました」
「マア可愛そうに、そんなに削られて」
と中指を掴むとそっと千代は口に入れ
「昨夜の敵討ちで御座います」
と上目で一豊を見ると指を噛んだ。
「・・イタイ」
一豊は飛び上がりながらも千代の可愛らしさと同時に湧き上がった男欲に千代の顔を包むように口付けした。
千代の甘い吐息になお欲情は募り下人の如く千代を畳の上に倒すと我慢ならずと千代の着物の裾に手を入れた。
「なりません」
千代がその手を叩き撥ね退け裾を正した。やはり上家の姫、寝床の上でなければならないのかと
「なりませんか。さあ床をひきましょう」
と一豊自ら布団を取り出した。
「なりません。月のものが始まりました。六七日はお手を触れてはなりませぬ。母がそう申しておりました」
「月のもの、なんですかそれは」
千代は言った。女として生まれたからだ、月々我慢しなければならぬ不快な日々を。それらの日々は不潔にてけして触ってはならないと。
「六日間もですか」
「はい」
一豊は萎縮した、「はア」と大きく息を吐くと羨ましげに千代を見た、千代もまた情けない諦めの目で一豊を見ていた。
十一夜
一豊の男欲を抑える苦悶は一通りでは無かった。
今では知った男と女の違い、同じ寝床にいながらまだ知る事の出来ない何か。妻の寝息になんど襲い掛かろうと思った事か、五日我慢した。
片手を動かすと千代の寝着に触れ温かいからだを感じた、其の儘にしていると千代の手が触れてきた。柔らかなその手を欲情に燃えた手で握り締めた。
千代にしても自分から夫の手に触れたのは行き過ぎかと後悔した、が握り返された凄まじい力にその後悔も飛び去り、手の硬さと大きさにこの人は戦場で戦える人だと内心頼もしくなってきた。
千代の上半身に一豊がかぶさり口を求めてきた。重なった口は止まることなくお互いを求め舌に取り付くと吸い込んだ相手は痛みを覚えながら呻いた、番が変わると吸い込んだ相手が呻くまで吸い込んだ。
二人の寝着に包まれた身体は熱った、熱くなりすぎ一豊は寝着の胸を開いた。千代も熱いのではないかと助けるつもりで胸元を開いた。
見て驚いた。筋肉ではなく丸く持ち上がった乳房が未熟な紅色の小さなさくらんぼを付けて輝いている。
触りたくなった、指で摘むとさくらんぼは軟らかく動いた、本能的に口に入れ、吸った。
千代の両手が一豊の頭を掴み、息が荒くなってきた。吸った、吸う内にさくらんぼは大きく硬くなった、でも止めづに吸った。
一豊の手が千代の脚に触れ、上がっていった。そこは厚手の布で覆われていた。千代の手が一豊の手を制した。
そうか触ってはいけないのだとその手は一方の乳房に移った。柔らかな柔軟な感触が掌一杯に感じ揉んでみた。揉めが揉むほど一豊の気は逸って来た。
「いけません一豊様。堪忍してください。後二日ほど勘弁してくださいまし」
千代は喘ぎながら一豊を押しのけ胸元を締めると座り直した。
望みを失った一豊は飛び起き井戸端に走り下腹に冷水をかけ頭からも冷水をかけ荒い息の中気が治まるまで浴びた。
半時も掛かった。しゃがんだまま呻いた。『なんと浅ましい俺なのか』と。
十二夜
城での訓練は烈しかった。合図と共に変える体制にともすれば遅れを取るほど一豊の頭は今夜は今夜はと気もそぞろだった。
出掛けに正座した千代が
「旦那様、今日も御無事で、お帰り心してお待ちしております」
初めて見せた媚にみなぎった眼差しに驚き見返すと媚びた眼差しを伏せながら頬が紅色に変わったのが見えたのだった。
『お、お 今宵か』思うのみで全身が硬直し思いはあの指の感触、あの柔らかな温かい湿った包みに今度こそ己のものを包ませて貰えるのだと思う度に号令の合図が聞こえなくなるのだった。
「伊右衛門」
組頭が目前に立ちはだかっている。『しまった遅れを見られたか。』
「伊右衛門、貴様らは今夜からこの城の夜番を四日間することにあいなった。宿直だ。これも訓練のひとつぢゃ良いな、帰るではないぞ。家には使いを出す」
十五夜
四日間の宿直は一豊にとっては地獄にいるような辛いものだったがその任務が其の夕時とかれた。
初夜以後十五日目。一豊、千代は二重びきの寝具の上で正座し、両手を付いておもむろに頭を下げ、
「よろしくお願いいたします」
と威を正す。大きな微笑と期待を隠せない眼が輝いて止まらない。
二人とも今は何がどうなるかおおよそ理解している。ただ其の終末がどんなものなのか終末があるのかも全く想像すら出来なかった。
「一豊様、やはりその燭台の灯を消していただけないでしょうか。わたくしまだ恥かしくて・・」
したりと一豊は一噴きで灯を消した。
十月の満月の光が閉めた雨戸の隙間から明るい光線となり部屋を明るみ、二人の姿をほのやかに浮き立たせていた。
一豊は寝着の帯を解き衿をはずし上身をあらわに出した。千代の帯を解き衿を静かに脱がした。
二つの裸の上半身が漏れ月の明りの中で仏像のように輝いている。
一豊は千代の口を求めた。唇と唇が重なった時一豊は千代の唇の柔らかさに驚いた。今まで気が付かなかったのか分からなかったのか、とろける様な感触は一豊に一層の愛着を与えた。
触れ合った胸と胸、初めて知る素肌の感触、押し付けられた乳房から伝わる鼓動の響き、擦れ合う乳房の動き、燃え上がる激情にひとつになった裸体が床に倒れ落ちた。
開かれた裾で二人の熱した腿が触れた。四つの腿がお互いを締め付けながら位置を変え場所を変えながら何時の間にか千代の両腿は一豊の両脚を挟んでいる。
『寝床では夫のなすがままに従いなさい』とは云われていたが、頭のいい千代には指を入れられたその夜から、夫婦の営みはこうするものだろうと思い巡らし日々を過ごしていたのだ。
一豊は自分の下半身が千代の両腿に挟まれているのを知った。
けたたましい口付けに喘ぎながら、力まかせに胸を擦り付け、腰を上げ千代の窪みにいぞんだ。
だが所分からず的は外れ、ただ虚しく突き当たるのみであった。
「そこではございませんよ」
思わず笑いながら千代は一豊を手引きしなければならないと思った。
これが一豊の生涯を手引きし一城の主に仕上げた賢妻千代の一豊を導く始めでもあったのだ。
千代は一物に指で触れ息を止めた。
竹刀のごとく固く太い。こんな物がわたくしに刺し込まれてはと怯えてきたが一豊様を信頼しなければ妻になる資格がないと
「ここで御座います・・」
竹刀の先を手引きした。
「・・お、お、其処であったか・・」
声がうわずっている。二晩も指で失敗した勇み焦る気持ちをおさえ、千代の手引きに合わせるようにゆっくり優しくと身体に入っていった。
閉ざされていた、つぼみが強いて引き裂かれるように一枚一枚剥がされながら開らかれていく、千代はわずかなと抵抗と不安に襲われながらも、最後の一枚が剥がされると抵抗も不安も消え失せていた。
同時に一豊の全身がけたたましく痙攣し抱く力が増し、呻きと同時につぼみの中が膨らんだ。
千代はいまだあじわった事の無い心地よさを知った。同時にそれが子種であると知ったのは後の後の事であった。
嬉しかった恋されていると信じた。どこにも痛みはなかった、ただ夫の身体が重くかさなり一部が自分の中にあることが分かった。
喜びに全身内側も外側も力の限り締め付け抱きついた。
静かに重くかさなっていた夫の腰が又動き始めた。締め付けていたつぼみがすぐさままた開かれた。
締め付けては開かれる、締め付けては開かれる動きは繰り返された。
たびが重なるにつれて千代の気持は空中に舞い上がり何も分からなく全身に心地良さが溢れ現われ喉元からは喘ぎが押し出されていた。
(引用) このときは、千代も伊右衛門も、さすがに大事業をやっと果たしたような昂奮で、体をはなしてからも、容易に寝つかれなかった。(引用終)
容易に寝つかれなかったのは当然である。一度知ったこの夫婦の味は若い二人には、愛の泉が溢れ出るまま、すたる事がない。
「千代との交わりがこんなに素晴らしいものとは考えにも及ばなかった。千代お前、痛くは無かったろうな」
「痛くなぞ御座いませんでした。私とて旦那さまのお力には気が遠くなって、髪は乱れ、ほらこんなに汗が、わたくし旦那様の妻になりました」
「妻に・・・?そうか、わしは夫になったのか。わしらは夫婦か・・、そうだ夫婦だ。な千代?」
「はい、夫婦で御座います。旦那様、うれしゅう御座います」
にこやかに見合う二人の目がいつの間にか涙で溢れていた。一豊にとって高貴で美しい千代が自分の妻になりえたことに、ただ嬉しかった。
千代にとっても妻に成り得たその身が幸せだった。
涙顔の二人はどちらからとなく汗に光る素肌を抱き寄せ一つの体となっていった。
「・・一豊さま・・・」
微かに漏れる上声の中で一つの体は一つの動きと成っていった。
東の空にこんもり明りが見える頃までこの若い夫婦は虚しかった十五日を取り返すかの様にその行為は繰り返された。
宿直あけで次の日が御用無用であったのが幸いしていた。
*
後、数週間、山内伊右衛門一豊の家の雨戸は明るいうちから閉まっていた。
「お若いお二人ですからね」
家臣も訪れた知人たちも微笑みながら頷き門前で無礼した。
(完)
追記。「功名が辻」の三冊めに一豊と千代との歳の差が十三であるのを知らされた。
二十二歳の一豊にとっては千代は九歳でしかない。九歳では教養ある大人の会話が出来たとも信じがたい、史実など信じ難いものだ。
後年賢妻として教科書に載った妻女として読者は五歳違いの十七歳として書き上げた。
御拝読ありがとうございました。
今少しエロチックな物語を読みたい方は18歳以上のサイト、ムーンライトノベル(女性用)をご覧ください。作者名“アロハといち”で探索すると楽しい恋愛物語が数々読めます。お楽しみください。