第5話 甘い戦い
ヴェネツィア共和国が欧州連合に宣戦布告を行った翌週、彼の国に動きがあった。ヴェネツィア共和国セトヴァル海軍基地を出港し、大西洋を北上する巡洋艦2隻と強襲揚陸艦数隻の艦隊が確認されたのだ。欧州連合の情報網によると、フランス北西部のコンカルノー付近にあるクレーターが目的地ではないかと推測された。これまでのヴェネツィア共和国の軍事行動はクレーター付近で行われており、何らかの目的によりそれらを狙っていると思われた。
現在コンカルノー一帯は、大災厄によって付近の原子力発電所が崩壊したため汚染されており、欧州連合軍はおろかほとんど人が住んでいない空白の地帯でもある。その様な場所が占領され、環境改善装置が置かれヴェネツィア共和国の拠点とされるとなれば、欧州連合にとって戦略的に非常に不利となってしまう。そこで現状で即時対応可能な、ヴェルドゥラの属する第31独立機動兵装隊、カーダー・シュナイデンが出動する事となった。
「まさかこんなにすぐに出撃することになるとは思わなかったぜ。」
いつでも起動できるようにハーミット0(ゼロ)のコックピット内にいるヴェルドゥラがボトルのコーヒーを片手にぼやいた。
「奴さんの思い切った行動(宣戦布告)が早かったからなあ、まあ機体にもそろそろ慣れてきたし、いい腕試しにもなるだろうぜ。」
俺のぼやきに、ハーミット2(ツヴァイ)のコックピット内で暇を持て余しているロジャーが短距離間通信で答えた。
「ヴェネツィア共和国の奴らも驚くでしょうね。人型機動兵器の実戦配備は自分たちしか出来ていないと思っているでしょうし。慌てふためく様が目に撮れるわ。ふふふ。」
「油断していると足元をすくわれるぞ。作戦が始まったら気を引き締めて行けよ。」
ハーミット1(アイン)のギルベルト大尉が、ハーミット3(ドライ)のワカバや俺たちに声をかけた。
俺たちは今、コンカルノーに向けて各々が輸送機に吊るされて移動中なのだ。いつでも直ぐに起動できるように、俺たちパイロットは機体に乗ったままの移動なので暇だった。ハーミットのマニュアルも何度も読み返しているので操縦には自信がある。それに、ギルベルト大尉たちのハーミットとの実践的な訓練や模擬戦闘も行った。短期間ではあるが準備は万端だと思う。
しばらくすると機体が下降し始めたようだ。
「もう少しでコンカルノーのランデブーポイントですのよ。」
窮屈な空旅だったが、リリアーヌの声を聞けたのと、もうすぐ終わることを知り心が和むヴェルドゥラだった。
=コンカルノー沖にて=
ヴェネツィア共和国第2海軍旗艦、ブラーノ級ミサイル巡洋艦ブラーノの艦内で、ルイージ・ソスピーリ少将が各指揮官を集め、作戦会議を行っていた。
「事前の情報通り、コンカルノーのクレーター付近には欧州連合の主だった部隊はいないうえに、陸路や海路では今から我々より早く到着するのは不可能だろう。だが念のために上陸前には友軍機からの最終確認を行い、敵勢力の有無を確認してからの上陸を行う。」
大災厄によって世界中の航空機の多くが無くなった現在は、航空機は非常に貴重であり、軍事活動といえ大規模な使用はなかなか出来ないのだ。また、地表を監視する人工衛星も壊滅し、遠隔監視できる手段も世界中から失われていた。そのことを忌々しく思うルイージ少将だが、それにより今のヴェネツィア共和国の軍事的優位性が保たれているのは事実であるし、少数しか残っていないとはいえ、核を搭載した大陸間弾道ミサイルを使用できないのは僥倖であった。そもそも敵勢力の抵抗など無いと想定しているルイージ少将は余裕で今回の任務にあたっていた。
「上陸後は現地の状況確認を行い、続いて環境改善装置を起動し、陣地構築とクレーター内への調査を準備する。上陸の手順は先刻説明した通りだ。以上、何か質問は?」
質問が無いのを確認し、ルイージ少将は全員に持ち場での待機と解散を命じ会議室を後にした。
=コンカルノー都市部跡にて=
大災厄により廃墟となった都市内で、他の少数の空挺部隊と仮設の陣地で作戦会議を行っていた。今回の作戦は第31独立機動兵装隊、カーダー・シュナイデンが指揮権を与えられており、その隊長であるギルベルト大尉が司令官となっていた。
「敵部隊は他に足場のいいルートが無いため、クレーターへはこのD70基幹道路を通って向かうと思われる。そこで我々はAとB地点で廃墟の中に潜み、敵部隊が伸び切ったところを挟撃する。人型機動兵器が何機いるかは不明だが、それらは我々のハーミットが相手をするので、空挺部隊の諸君には敵車両の足止めと、環境改善装置の確保をお願いする。航空機からの偵察を欺くため、この会議解散後は各自掩蔽作業を実施してくれ。以上。」
ギルベルト大尉の命令後、俺たちは速やかに動いた。まずは空挺部隊の火砲車輌を、射角を確保できる状態でハーミットを用いて廃墟の中に隠し、その後は自分たちの機体をそれぞれの地点へと隠したのだった。今回は敵にこの地が無人であると思わせるために、偵察のために友軍の航空機は出ない。しかし、情報収集能力に特化したワカバのハーミット3(ドライ)があるため、敵の航空機の接近や、沿岸部の監視はこちらからは行えた。
日が暮れ、夕食用の携行食をヴィクターが、B地点で待機している俺とロジャーの所へ持ってきてくれた。
「戦争初めてなんだろ?やれそうか?」
携行食を渡しながらヴィクターが俺に心配そうに聞いてきた。口数の少ない男だが、ここに来るまでの約一週間でそれなりに会話するようにはなっていた。
「ああ、一応マイリンゲンでハーミットで戦っているし大丈夫だと思う。」
「その時は人を殺したのか?」
その質問に俺は即答できなかった。恐らくは殺していないだろうとは思うが完全に否定はできない。
「今からやるのは戦争だ。相手も殺さず自分を死なないというのは無理だろうから、まずは自分が死なないことを優先しろよ?ま、戦闘に参加しない俺が言うのも説得力無いけどな。」
「ヴィクターの言う通りだ。お前は戦う事を第一に考えろ。敵の生死を考えている暇は無いぞ。」
いつも陽気なロジャーが珍しく真顔で言う。俺はここにきて初めて戦場に立っているのだと自覚させられた。
「まあ、なんにせよ戦って生き残ってお前はリリアに褒めてもらわないとな!」
「何でリリアの名前が出てくるんすか!?」
慌てる俺だったが・・・。
「お前がリリアが好きなのバレバレだぞ。」
ヴィクターがボソッと呟いた。
「いやいや、好きとかって言うのではなくですね!ほら、アイドルのような感じで・・・。」
俺の言い訳だけがしばらく灯のない廃墟の中で響いた。
緊急通信によって簡易ベッドで仮眠していた俺とロジャーは起こされた。ハーミット3(ドライ)のワカバが洋上より向かってくる航空機をレーダーに捉えたようだ。
「敵機は2機、おそらくは上陸前の偵察と思われますの。あと5分後にはこの付近へ到着しますわ。」
「各員敵機がいなくなるまでその場から動かず見つかるなよ。」
指揮車輛で情報収集を行っているリリアが状況を知らせるとともに、ギルベルト大尉が指示を出した。
リリアの乗る指揮車輛はハーミット各機の情報を取りまとめることができ、それらを各機へ一括共有できるようにもできるのだ。
まもなくしてヴェネツィア共和国軍のものと思われる戦闘機2機が飛来した。2機は並んで水平に飛行し、幹線道路上とクレーター付近までの往復と、都市部を一回りして飛んできた方向へと帰って行った。
「敵機、レーダー探知範囲外へ離脱。」
リリアの声がハーミット各機のコックピット内に響く。
「次は陸戦部隊が上陸しこの場を通るだろう。作戦通りに動いて敵さんに一泡吹かせてやれ。」
ギルベルト大尉の声に皆が力強く返事した。
各々が持ち場に身を潜めて待つこと約2時間。ギルベルト大尉の読み通り、敵部隊は幹線道路を縦列で進軍してきた。敵に悟られないようにあらかじめ有線で用意していた連絡通信によりその状況をギルベルト大尉へ伝える。
俺とロジャーの待機している目の前を通って行くが、こちらには気づかずどんどん進んでいく。先ほどの航空機による偵察と、ここまでに何も障害が無い事から警戒心もあまりないように感じた。予想していたよりは小部隊の様で、Golem-Mk2(サイクロプス)1機とA.B.C-Soldato5機の1個小隊とTENGUHMU戦車5両とその他、随行部隊だ。小部隊とは言ってもCS6機いると今までの戦力でいうところの、戦車1個大隊クラスに匹敵するので、こんな辺境の地を占領するには十分な戦力だった。
目の間を部隊の最後尾が通過し、それをギルベルト大尉報告して間もなくのこと。
「作戦開始!」
A地点に敵部隊が到達し、ギルベルト大尉の戦闘開始命令が下された。
潜んでいた廃墟から一気に飛び出す俺のハーミット0(ゼロ)とロジャーのハーミット2(ツヴァイ)。飛び出した衝撃で轟音と砂ぼこりが巻き上がり、ヴェネツィア共和国軍の部隊後方は身構えようとするも、高速接近するハーミット2機に即座に応対できずにいた。
あらかじめロジャーと打ち合わせしていた通り、俺は敵部隊の左側から襲撃しA地点へと向かう。
プラズマソードを装備し、ハーミット0(ゼロ)が戦車のキャタピラと砲身を素早く切断する。昨晩のヴィクターの言葉が脳裏によぎりながらヴェルドゥラは敵に死傷者が出ないような戦い方をするつもりでいた。
反対方向から攻めているロジャーはそれを甘い戦い方だと見ながらも、同じような戦い方をすることにした。
「本当に甘ちゃんだよな。ま、それがいい所でもあるのかもな!」
そう言いながらハーミット2(ツヴァイ)を一気に戦車迄接近させ、両手でヴェルドゥラ同様キャタピラや砲身を破壊し行動不能にした。
ロジャーの駆るハーミット2(ツヴァイ)は接近戦使用で、ハーミット0(ゼロ)とほぼ同様の設計だが、射撃武器を持たず両手のマニピュレーターがプラズマソード同様の機構になっており、4機のハーミットの中でより対CSのものとなっていた。もちろん戦車に対しても非常に有効で、2機のハーミットは一気に戦車5両を屠っていくのだった。
時を同じくとしてA地点のギルベルトとワカバも、先頭集団に対し攻撃を開始していた。
部隊後方と違い、CSが6機も並んでいるので、ギルベルトは先制攻撃は身を潜めた状態で行う事にしていた。
ギルベルトの駆るハーミット1(アイン)は砲撃特化の機体で、手には51口径125 ㎜滑腔砲を改造したライフル砲、右肩には200㎜ロングレンジキャノンを装備し、砲撃で確実にCSを仕留められる火力を持っていた。
ギルベルトは瓦礫の隙間に通したライフル砲で、指揮官機であろうGolem-Mk2(サイクロプス)の頭部へ狙いを定める。文字通りまずは『頭』をつぶす作戦だ。
引き金を引いた瞬間、轟音と共にサイクロプスの頭が吹き飛んだ。戦車の主砲では角度的に狙いにくいかつ、貫徹しにくい人型機動兵器の装甲も、51口径125 ㎜ライフル砲はいとも容易く砕いて見せた。
ギルベルトはそれを確認することなく、その場から一気に離脱する。サイクロプスの付近にいた2機のA.B.C-Soldatoが先ほどまでギルベルトのいた地点に向けて105㎜ライフル砲で砲撃する。
ヴェルドゥラとロジャーの機体より機動力の劣る機体だが、ギルベルトは繊細な操縦で廃墟内をかいくぐり、相手と確実に距離を取りながら砲撃体勢をとった。距離の近い方の機体をライフル砲で狙い、奥の機体をロングレンジキャノンで狙いを定めた。サイクロプスに比べ巨大なA.B.C-Soldatoは狙いやすく、武器を持っている右前腕部を攻撃した。
見事命中して2機とも攻撃手段がなくなり、機内でヴェネツィア共和国兵は慌てたとき、レーザー照準が自機に当たっているアラームが鳴り響いた。
「機体を降りて投降せよ、次はコックピットを狙う。」
ギルベルトは無力化した機体の鹵獲を考えていた。しばしの静寂のあと、ワカバからの通信が入った。
「後方の3機のうち1機がこちらへ向かってきます。」
ワカバのハーミット3(ドライ)は偵察・情報収集に特化した機体で、廃墟のビル3階で身を潜めて、機体背部のレーダーと両肩のカメラで幹線道路上の状況を監視していた。手持ちの武器も装備できるが、今回の作戦は情報収集に専従していた。
「ヴェルドゥラとロジャーは?」
敵機にライフル砲を向けたままのギルベルトはワカバに確認する。
「はい、2人とも戦車を『無力化』させながらこちらへ猛スピードで向かってきています。」
「『無力化』ね。ならば残り3機は奴らに任せる。お前は洋上からの動きの監視も続けろ。」
「了解!」
ヴェルドゥラとロジャーは戦車とその次にいた車両をどんどんと行動不能にし、ギルベルトたちのいるA地点へ向かっていた。
「ワカバは戦闘に参加しなくて隊長1人だからな、さっさと行って助けて恩を売りに行こうぜ!」
幹線道路の反対側を進むロジャーがいつもの調子で軽口を言った。
「っす。6機いましたもんね、急ぎましょう。」
並んで移動していた俺も同意した。その直後、2機のA.B.C-Soldatoがこちらへ向かってくるのが見えた。俺はアルスター基地で新たに導入され、機体腰部に固定されていたシールドを左手に装備し、前面へ向けながら突き進んだ。マイリンゲンでライフル砲を受けても無事だったが、機体へはある程度ダメージは有ったらしく、今後は砲撃を受ける際はシールドを使うように言われていたのだ。
なぜ避けないのかって?ここは廃墟との間の幹線道路で狭いというのもあるが、ロジャーと事前に打ち合わせしていたことがあるからだ。シールドを装備した直後にロジャーのハーミット2(ツヴァイ)は俺の後ろへ隠れながら進んだ。
その直後、2機のA.B.C-Soldatoがこちらへ向けて砲撃してきたが、シールドに直撃する。俺は構わず2発目が放たれる前に敵機の元へ向かい、相手の機体直前でロジャーと散会した。
右手に装備したプラズマソードでマイリンゲンの時と同様に脚部を切り裂き、バランスを崩した瞬間に右腕の武器も破壊した。
それと同時にロジャーも進んでいた勢いのまま、掌底のような動作で片足を破壊し、崩れ落ちた機体の頭部を破壊した。
「A地点でサイクロプス1機とA.B.C-Soldato2機を中破させ、ギルベルト大尉が鹵獲を試みているわ。残った1機がこちらへ向かってるから早くこっちへ来て。」
ワカバの通信が入った頃には俺たちは既にA地点へ向かっていた。行動不能にした戦車やCSの処理は空挺部隊に任せる手はずになっていたので問題はなかった。
「よう、最後の1機はお前に譲ってやるよ。もし仕損じたら俺がやってやるがな!」
ロジャーがそう言うと幹線道路の端に寄りながら移動を開始した。もう最後の敵機が見え、向こうもこちらを認識してこちらを向いていた。ギルベルト大尉の機体と同じライフル砲を装備していたのでそれを構える。ロジャーはその間にも敵機へ近寄るので、敵機はどちらに狙いをつけるべきか迷うような動作をしていた。ロジャーへ狙いを定めた瞬間に俺は引き金を引き、敵機の右肩を打ち抜いて無力化させることに成功した。同時に敵機の目の前に到達したロジャーがコックピット付近に片腕をかざした状態で停止した。
「敵勢力の無力化を確認しました。」
ワカバからの通信が入り、その直後ギルベルト大尉がオープンチャンネルの無線で敵味方双方へ発信した。
「我が方の完全勝利である。残った者たちは武装解除を進言する。抵抗すれば容赦はしないが?」
その通信を聞いた敵軍の機体や車両からは、両手を上げた人間がゾロゾロと降りてきた。
「沿岸部より航空機2機が接近してきますのよ。」
指揮車輛にいるリリアからの無線に一瞬皆に緊張が走る.
「本体からの状況確認だろうが、各自油断はするな。」
ギルベルト大尉が冷静に指示を出す。
しばらくして戦闘前よりもかなり高空を飛行して一往復し、2機はまた沿岸部へ去って行った。ギルベルト大尉の予想通り偵察だったのかもしれない。
「状況終了だ。リリアーヌとヴィクターは本部へ通信を行ってくれ。」
「了解ですの。」「了解。」
「よっしゃ!飯にしようぜ!飯!」
ロジャーがいつもの気楽な感じで全体無線で皆に伝える。
「お前は切り替えが早すぎる。まあ後処理をさっさと済ませるか。」
ハーミット部隊の初陣は大勝利で終わった。
その後、環境改善装置も無傷で回収し、それを起動させ駐留部隊がこの地に置かれることになり、クレーターの調査も専門部隊が行う事になったのだ。
ヴェネツィア共和国第2海軍旗艦、ブラーノ級ミサイル巡洋艦ブラーノ
全くうまいことまとまらなかったです・・・。