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第1話 立ち上がる緑の巨人(ヴェルドゥラ)

 スイスのほぼど真ん中にある、シュバルツホルンの山麓からブリエンツ湖を見下ろす場所に俺、ヴェルドゥラ・Y・ベラルディは住んでいる。大災厄の前後では随分と景色が変わっている。山を大きくくり抜いたような円形の崖と、湖の歪な形状がここにも隕石が落ちたことを物語っている。

 核シェルターに避難していた俺の家族は全員助かった。もっとも、直撃を受けていれば核シェルターなど意味を成さないが、家も家族も被害を免れたのである。


 大災厄から約一年が経とうとし、周辺の集落にも活気が戻ってきていたのだった。今日は俺の就職祝いを兼ねて、直近の街であるマイリンゲンまで家族総出で来ていた。この国では成人は18歳で、本来なら就職しているはずの俺だが、大災厄のせいでうやむやになっていたのだ。復興も本格的に始まり、晴れて19歳になった今年、街のエンジニアリング会社で就職が決まった。


「兄ちゃんはこれからロボットを作るお仕事をするの?」


手をつないでいた6歳になったばかりの弟、マウロが俺を見上げながら言う。


「おう!すっげー格好いいロボットを作ってお前にも操縦させてやるよ!」

俺がマウロを抱き上げそう言うと、愛らしい顔いっぱいに笑顔を作って喜ぶ。無骨な見た目に育った俺とは全く違いとても可愛い!


「ふふ、でも仕事が見つかって本当に良かったわ。これも普段から勉強を頑張っていたおかげね。」


俺たち兄弟の仲のいいやりとりを見ながら、横を歩く母のビアンカが微笑みながら言う。


 親父は軍の関連企業で勤めており、多忙で家に帰ってくるのも遅く、そんな中で俺たち兄弟を一生懸命、愛情いっぱいに育ててくれていたのだ。俺はそんな母に少しでも楽をさせたいという思いから、勉強やスポーツへの努力を怠らず、ハイスクールも学業成績優秀者の特待生で入学し、首席で卒業できた。本来なら大学へ進学という流れになるはずだが、大災厄で大学も機能していないところも多く、暫定的に就職先の会社で大学卒業の資格も取れるとのことだったので、願ってもない条件の下で就職することになったのだ。


「早く一人前になって、俺の部門にこれるといいな。その方が俺が楽できるしな!」


親父のロレンツォがそう言いながら、ガハハと豪快に笑う。僕もロボット作りたい!と俺に抱かれているマウロが足をバタバタしながら言う。

 俺の就職先は親父と同じ会社だが、ベテラン勢が揃う親父の部署とは別だった。就職試験は真面目に受けて合格した。コネで入るのは俺のプライドが許さないというのもあった。


 そんなやりとりをしていると、両親が予約をしていてくれたリストランテに着いた。小さな個人経営の店だが、シェフは某国で王宮料理人として活躍していたこともあり、料理の味はもちろんのこと、内装も格式高いものとなっている。俺たちの家族が祝い事などの特別な時によく来る店だった。



 コース料理も食べ終わり、一段落した団欒時に、緊急事態を知らせる街のサイレンが鳴り響いた。他国からの戦争行為があった際にしか鳴ることの無い警報だった。



 親父が急いで会計を終わらせ、皆で店を出ると慌ただしく人々が駆け回っていた。国民皆兵のこの国は、有事に備えて(おのおの)の役割が決められており、迅速に対応するようになっているのだ。未成年の子供を持つ家庭の片親は、子供の面倒を見るために安全な場所に避難させることが最優先される。母はマウロと避難させるため直近のシェルターに、父と俺は防衛部隊の配備されているマイリンゲン空軍基地に向かおうとした時、頭上の低空を数機の戦闘機が、耳をつんざくような音をたてて通過した直後・・・轟音とともに周囲の数カ所が爆発したのだった。

 咄嗟にマウロを抱えて地面に伏せたと同時に、親父も母を抱え伏せていた。

どこに落ちたのかは解らないが、爆弾を落とされたようで、爆発の衝撃で巻き上げられたであろう小石などが降ってきた。


 抱き抱えているマウロは無事だったが、何が起きたのか解らないのか無表情のまま完全に固まっていた。


「怪我はないか!?」


「・・・うん。」


ようやく状況を飲み込めたのか、返事と怪我をしていないなと確認し、親父たちの安否を確認する。


「親父!?」


「おお!俺と母さんは無事だ!お前たちは大丈夫か?」


 よかった、二人とも無事なようだ。親父が全身に付いた汚れを払いながらこちらへ寄ってきた。


「まずいな・・・今の航空機はヴェネツィア共和国のものだった。交渉中だったのにも関わらず攻撃をしてきたということは、完全にこの付近を侵略してきたようだな。」


 親父が周囲の状況を確認しながらそう語った。俺たちの住むスイスも大災厄後に併合を求められていたが、公式に申し出を拒否していたのだが、何故かヴェネツィア共和国は引かずに、ねばり強く交渉をしてきていたのだった。彼の国からすれば特に魅力的な資源があるわけでも無いのに・・・


「橋も爆破されたようだし、空軍基地までの道のりも危険かもしれん。近くに廃坑があるから一時的にそこに避難しよう。」


 冷静に状況判断を終えた親父がそう言いながら方向を指し示し、俺たちは全員でその廃坑を目指して進み出した。


 至る所で道路や橋が爆撃により破損しており、車が使えない状況なのでその距離が心配だったが、廃坑へは食事をとった店の近くの山肌を登っていくようで、移動手段の問題は無かった。また、爆撃も市街地の交通網や空軍基地を中心的に行っているようで、俺たちが登っている山は比較的安全な場所と言えた。しかし、そこからは俺たちがいた街から煙や炎が立ち上り、国土が蹂躙されていく様子が見えた。

 ヴェネツィア共和国軍は航空戦力だけではなく、陸上戦力も投入していて、果てには人型機動兵器も数体いる。こんな僻地を攻めるにしては、戦略の素人の俺からしても過剰戦力だ。


「痛っ!」


 マウロが小石に躓きこけて足を怪我した様だ。こけた際に山肌の尖った岩で膝を切ったらしい。


「大丈夫か?」


 普段から携帯している応急処置セットで、さっさと消毒と被覆を行ってからマウロをおんぶし、舗装もされていない山肌を登り先を急ぐことにした。


「やっぱり兄ちゃんは凄いや!」


 自慢ではないが体力には自信があった。子供のころから空手をやっていて、全国大会で優勝もした経験がある。他の格闘術にも興味があり、習いに行ったり独学で勉強し、部員を相手に練習をしていた。そんなこんなで基礎体力は鍛えられていたし、応急処置の知識も少しは持ち合わせていたのである。


「こんな内陸のマイリンゲンがなぜ戦場になったのかしら?」


 山道を早足で歩いて少し息のあがっている母がそう言った。

 国土の中央付近にあるこの地は、レーダー網をかい潜ってきた航空機だけならまだしも、他国の陸上兵器がこの地に現れること自体が不自然なのだ。しかし、今は大災厄で国の各所に被害を受けた状態で、防衛機能なども衰えているのだろうと俺は推測していた。


「・・・。さあ、着いたぞ。」


 親父は母の疑問には答えることなく、目的地である廃坑に着いたことだけを告げた。

 木の板で封鎖された入り口を、親父と二人で蹴破り家族全員で中へ入った。親父は中に入ってすぐにある小部屋に入っていき、時代を感じる古い機械を操作して廃坑内の電源を復旧させた。そして少し奥へ入った場所の休憩室の様なところで、おんぶしていたマウロを降ろし家族全員で一息着いたのだった。


「ヴェネツィア共和国は隕石の落ちた国を重点的に併合を迫り、拒否した国には武力行使しているのではいかと軍部で分析していたようだが、その推測は当たっていたようだな。」


 部屋にいくつもある簡易椅子の一つに腰をかけた親父が言い、やれやれとため息をはいた。


「どういう理由であれ、危険なことは許されないわ。マウロおいで。」


そう言った母にマウロが抱きついた。


「怪我したところは痛くない?」


「うん!兄ちゃんがおんぶしてくれたし大丈夫!」


 とりあえずやっと皆落ち着きを取り戻せる環境にはなったのだが、外ではまだ戦闘が続いているらしく、山肌に何かが爆発したような大きな音が、地響きとともに時折聞こえた。


「これからどうするんだ?」


 俺は誰に問うでもなくつぶやいた言葉に親父が反応した。


「とりあえず戦闘が終わるまではここで避難しておく方がいいだろう。奴らも民間人を虱潰しにする訳でもなかろうし。」

 椅子から降りて近くにあった簡易ベッドから毛布を引っ剥がし、俺と母さんにお前たちも使えと言わんとする風に投げてきた。投げ終わると毛布の上にゴロンと横になった。

ってこの毛布ホコリだらけじゃーねーか!投げたときに舞い上がったホコリで、くしゃみをしそうになっている俺を気にするでもない親父。


「入社してきてからお前に渡そうと思っていたが、こんな状況だから今渡しておく。」


 そう言うと特殊な端子の付いた小さなデバイスを渡してきた。


「これは?」


俺は初めて見る規格の端子が付いたそれを360度色んな角度から確認しながら聞いた。


「ん、まあそれはいわゆる鍵だ。まあお前が使うことはないかもしれんが、最悪の場合はお前がそれを使え。」


「ってか何の鍵よ?」


「まあまあ、深く気にするでもないわ!ガハハ!そんなことより水道がその辺にあったハズだから、水をとってきてくれ。ここまで急いできたし喉も渇いたしな。」


「げげっ!?こんなところの水飲めるのかよ!?」


「俺が子供の頃、友達と忍び込んで遊んでいた時、何度も飲んだことがある井戸だから問題ないわ。ガハハ!」


 どこで遊んでたんだよこの親父は・・・めんどくせーと思いつつも確かに俺も喉が渇いてきていたので、やれやれと立ち上がる。


「僕も行く!」


「いけません。怪我もしているんだし、マウロはここで待ってなさい。」


「むむぅっ!」


 立ち上がろうとしたマウロは母さんに制止され、しぶしぶと残ることになった。 


「ヴェルドゥラ、気をつけてね!」


 母さんのその言葉を背中で受け、振り向かず軽く右手を挙げて返事し休憩室を出た。

 廃坑の入り口と反対方向に少し歩いたところに、それまでの通路より狭い脇道に井戸らしきものを発見した。


「あったあった、でもこれ本当に飲めるのかよ・・・。」


 独り言を言いながら木製の蓋を開け、底を確認する。近くにポンプが設置されていたので、電源スイッチを入れてみると動き出した。何十年前かの機械なのによく動いたなと感心しながら吸水ボタンを押すと、吐水口からドバドバと水が出てきた。始めは茶色い水が少し出てきたが、透明な水しか出なくなったので、口に含んでみた。


「大丈夫そうだな。」


 飲めそうなのを確認し、ひとしきり喉を潤した。

 あとは休憩室に持って帰るための容器が無いな、まあ皆ここで直接飲めばいいかと思案していたとき・・・。

先程までとは違う大きさの爆発音と振動、すぐ近くで・・・この廃坑内で起きた様な爆発音だ。急いで家族のいる休憩所まで戻ると、信じられない光景を目にした。

 薄い鉄製のドアがあった休憩室の壁が吹き飛び、天井部分の岩が崩落して砂埃を巻き上げていた。


「親父! 母さん! マウロ!!」


 大声を出しながら探すが、誰の返答も無い。皆がいたハズの付近の岩を、力任せにいくつもどかせると、白い左手が見えてきた。


「母さんっ!?」


 結婚指輪をはめたこの手は母さんに違いないが、手を握りしめても動かない・・・。見えている場所より胴体側には、人の手力はどうすることも出来ない大きさの岩があり、隙間から血が滲みだしていた。


「母さん・・・マウロ・・・?    親父!!」


 付近の岩をいくつもどかせるが、大きな岩はどうしようもなく動かない。廃坑の入り口付近に着弾したのか、また爆発音と振動が廃坑内にまで響いてきた。


「うるっせぇんだよっ!!」


 そう叫んだとき、拳大の石が頭上から降ってきて額を掠め、落ちていった。それに構わず岩をどかせ続けようとしていると、崩落して高くなっていた天井部分から更に岩が降ってくるが見えた。


 「クッ・・・!」


 反射的にそれを後方へ避けた直後、大きな岩がいくつも降ってきて母さんの手も見えなくなった。


「ウオオオォォォォッーーーー!」


 怒り・無力さ・やり場のない感情が声となり俺は咆哮していた。

 その直後、地面が割れ、周囲の床が休憩所の前にあった崖方面へ地滑りの様に崩落していき、俺は崖下へ滑り落ちていった。どれくらいの深さを滑り落ちただろうか?滑り落ち始めの時にうまく見つけた休憩所の壁だったと思われる板の上に乗りながら滑り落ちたことで、小傷は負ったものの大した怪我はせずに済んでいた。


「母さん・・・。マウロ・・・。親父・・・。」


 周囲の瓦礫を見渡しても3人はいなかった。まだ上に残されているのかもしれない。そう思い、上に戻れる場所が無いか周りを確認すると、天然の洞窟のような場所なのに明るい場所があった。廃坑の下層の部分で戻れる手段があるかもしれないと思い、その光の元へ走って向かうことにした。

 近づいてみるとそこは廃坑とは違う施設のようで、比較的新しい、というか現代の建物のようだった。階段を見つけたので、入り口が無いか探すために登ってみる。外壁沿いの通路を、地震観測所か地下水を汲み上げる施設かと考えながら走っていると、建物に入るためのドアを発見した。電子錠タイプのドアの様で、当然の如く開かない。当然だよなと思いながらふと認証機(リーダー)に目をやると、見覚えのあるロゴがあった。


「まさかな・・・。」


 さっき親父から渡されたデバイスにも同じロゴがあったのだ。親父が『鍵』と言っていたことを思い出し、そのデバイスを認証機(リーダー)にかざすと電子錠が解除された。マジかよと驚きつつも、このまま立ち止まっている訳もいかないので、そのまま建物に入った。中は必要最低限の明かりだけがついているようで、人の気配は無かったが、どこか別の区画にいているのかもしれない。そこを見つけて上に戻る手段を教えてもらおう。そう考えながら俺は建物内の通路を走った。

 通路を抜けた先に、天井の高い開けた空間があった。ヘリコプターが数機、軍用車両のようなものが数台、作業用車両などが止まっていた。格納庫?軍事施設か?周りを確認しながらそう思っていたとき。


出口と思われる方向のシャッターが開き、軍用車両が1台入ってきたが、続いて飛翔してきたミサイルで吹き飛ばされた。


「クソっ!まだドンパチしてんのかよ!!あいつらのせいで!」


 距離は離れていたが、顔を両腕で爆風から防ぎながら忌々しい気持ちを込めて口にする。その横で何か大きな布が爆風で飛ばされていった。あんなデカい布、どこから飛んできたんだ?と元にあったと思われる場所に目を向けるとそこに・・・。



 見たことのない型式の、というよりもヴェネツィア共和国以外にまだあるはずのない、緑を基調とした色の人型兵器が1機立っていた。



 周りには誰もいない。あれに乗れば奴ら(ヴェネツィア共和国)を倒し、家族を助けに向かえるかもしれない!その思いだけで俺はコクピットと思われる胴体へ向かう階段を駆け上がった。機体の胸部に目を向けると、片手でつかめるドアノブの様な取手状のものがあったのでそれを90度回してみた。独特の機械音とともにコクピットハッチが開いた。

 コクピットへ乗り込んで俺は驚いた。なぜならば、ゲームだと言って親父が家の地下室に作っていたシミュレーターと全く一緒だったからだ。この機体は親父が関わっていたものだと確信した。シミュレーターと同様の起動スイッチを押すと、三面あるモニターに電源が入り、システム起動を告げる文言が表示されていく。


『システムは正常に起動しました。続行するにはバイオメトリクスの登録が必要です。』


 表記されている文章と同様のアナウンスがコクピット内に流れる。


「どうやって登録すんだよ。そんなのはシミュレーターには無かったぞ。」


そうボヤきながらコクピット内を見回すと、起動スイッチの横に小さな蓋の様な部分があった。それを軽く押して開くと、例のデバイスと同じ形状の端子があったので差し込む。


『ヴェルドゥラ・Y・ベラルディのバイオメトリクスを確認・・・登録が完了しました。【ハーミット】の通常起動します。』


 独特の機械音と共に、緑色の人型兵器が起動した。

ヴェネツィア共和国以外の人型兵器が初めて実戦へと向かう瞬間であった。

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