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水鏡に照らされた嘘  作者: 鶯埜 餡
冬霞の章
15/25

再会

 やがて時間になり、通夜が始まった。

 お経を聞いている最中、ふと親族席を見ると、喪主であり、優華の母親でもある百合さんの隣に先ほどの受付にいた女性が座っていた。

 康太が優華の親族女性の中で知っているのは、本人である優華、優華の母親の百合さん、百合さんの母親でもある優華の祖母の芳根楓先生、何回か家族ぐるみの付き合いをしているときに紹介してもらった百合さんの妹である梓さんの三人だ。その中で、亡くなった楓先生は除外し、百合さんはつい最近会ったばかりなので、記憶に残っていた。そして、梓さんも一昨年の夏ごろに会っており、その時と様子が変わっていないので除外できた。

(じゃあ、残るは――――)

 彼女しかいなかった。


 仁科優華。


(なんで俺は気づかなかったんだ)


 受付で見かけた時の既視感。

 今朝夢で見た少女と同じだった。


 あの頃と全く姿が変わっていない、少女のままだった。


 そう。十四年前に自分が彼女の大切なものを壊してしまった時とも――――。


「同じだ」

 思わず声に出てしまった。聞こえてしまったようで隣の人が怪訝そうに見たので、申し訳ありません、と頭を下げ、再び式に集中した。

 焼香の時も彼女の方が気になって仕方がなかった。遺族側の席を見た時、百合さんとは目が合ったが、肝心の優華は自分が来ていることに気付いていないのか、ぼんやりとしていた。

 後ろの人が詰まっていたので、感傷にふける暇もなく、手早く焼香を済ませた。


 通夜が終わった後、彼はそのまま帰る気になれず、しばらく手洗いで時間をつぶした。

「おや、康太君だっけ」

 これ以上時間をつぶしようがなかったので、自分の気持ちの中に区切りをつけて帰ろうと思って外に出た時、誰かにぶつかった。

「梓さん、お久しぶりです」

 その女性は優華の叔母である梓さんだった。どうやら彼女もお手洗いに来たようだった。

「ああ、久しぶりだね。君の贖罪は終わったのかい?」

 可愛らしい優華や彼女にそっくりな百合さんとは違った妖艶ともいうべき美しさを持つ梓さんは皮肉交じりにそう尋ねてきた。彼女には康太の迷いなどすべてお見通しだろう。

 そもそも彼女は夫との関係からか、優華至上主義というくらいに優華を溺愛していた。だから、優華の自殺未遂の引き金になった康太の行動を聞いた時は一番憤慨して、康太を絞め殺そうとしたくらいだった。今でも会うたびに皮肉を言ってくるが、全て優華を溺愛しており、康太自身が梓さんの言葉が正しいと感じているので、何も言い返せなかった。

「いいえ。贖罪という言葉なら、俺の辞書には載っていません」

 康太が返した言葉に、梓さんは何も言わなかった。

「そもそも彼女に何かをする、ということ自体許されないと俺は思っています。何もしないことが一番の罪滅ぼしだと思っています」

 遠目からだけで十分です、彼女は彼女のままで変わっていませんよ、そう康太が続けた言葉に梓さんは一呼吸置いた後、ため息をつきながら言った。

「ふうん。そうなんだ。それが一番と思っているなら、そのままで良いんじゃないのかい?もちろん、君が会いたいと思うのなら、優ちゃんに会ってもいいんだよ」

 梓さんの言葉は康太に許しを与えるという意思を感じさせた。まるで神のような言い方だが、彼女ならそれさえも許されるような気がした。

 康太は何も言わずにただ、首を横に振った。

「そうかい」

 梓さんはそれ以上続けず、康太の判断を認めた。


「そういや、うっかりこれを持ってきちゃったから、式場の扉近くにある鞄に戻しておいてもらえるかな?」

 梓さんはにこやかに微笑み、手に持っていたポーチを康太に渡すと、じゃあね、と言って手洗い場の中に入っていった。

 嵐のような人だな、と思いつつ仕方なく手渡されたポーチを大切に持って出ると、共用部分で百合さんと式場のスタッフが話しているところに出くわした。康太に気付いたので軽く会釈し、手にしたポーチを見せると、彼女は少し肩をすくめ、苦笑いしていた。

 なにも咎められなかったので、そのまま式場の中に入ると、目的の鞄がすぐに見つかり、そこにポーチを入れた。すぐに出ようかと思ったが、最後にもう一度、楓先生のお顔を見ておこうと思って祭壇の方に進みかけたが、その足はすぐに止まってしまった。


 彼女がそこにいた。


「―――――――お前、優華だったのか。あのころと全然変わってねぇな。てっきりもっと明るくなっていると思っていたよ」



 康太は何も考えないで、そんな言葉を発してしまった。言ってしまってから、後悔した。

 あの時と同じように。


(やっちまった)

「相変わらずの無表情か」

 後悔に苛まれながらも、似たような言葉を言った。最初からもっと別の言い方があっただろうに。案の定、彼女は震えているようだった。


 怒り。憎しみ。


(それでいい。もっと俺に憎しみを抱け)


 彼女の右手は握りしめられ、震えていた。


(本当は自分の手で包んでやりたいが、俺なんかよりももっと他のいい男に包んでもらえ、その資格は俺にはない)


 そう彼は彼女に心の中で願った。

 康太は彼女を残し、康太は会場を出た。これでまた梓からこってりと首を絞められるだろうが、どうとでもなれ。そう思いながら、今度こそ誰にも会わずに会場を出た。

 実家にも寄りたかったが、明日も朝は早い。両親が参加しているチャットに一言メッセージを入れて、アパートに戻った。どのように戻ったのか、気づいたら自分の部屋に戻っていた。この日も部屋の窓から見上げた夜空は雲に覆われ、昨日と同じように全く何も見えなかった。

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