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水鏡に照らされた嘘  作者: 鶯埜 餡
凍雲の章
11/25

彼が人気者だった理由(ワケ)。 そして、二人の結末

 やがて駅に到着し、別れの時間になった。

 駅舎は無機質の白い建物で、人が少ないせいか、よりひんやりとした空気が存在した。特に大きな駅ではないこの駅にいる人はまばらだった。

「今日はありがとう」

 改札口の近くで康太は優華に預かっていた荷物を渡しながら言った。優華はこちらこそありがとう、と言いながら荷物を受け取った。

「ねえ、康太」

「ん、なんだ?」

 優華の問いかけに康太はどうした?と優華の方を見る。そこには何かに迷っている優華の顔があった。

「嫌だったらそのままでいいんだけれど」

 突然の優華の言葉に康太の顔は一瞬、どうしたものかと困っていた。また康太自身が何かしてしまったのだろうかと思っているのだろうか。

「どうした?」

 戸惑っている康太の問いかけに優華は自分のせいで何かまた、誤解させてしまったのではないかと思いながらも、結局、ある願いを口にした。


「――――――もし、よければ、私のことを優華って呼んでほしいな、昔みたいに。それに、時々連絡してもいい?」


 優華の願いに最初は驚いた康太だったが、柔らかく微笑み、もちろんだよ、優華、というと、優華もほっとした表情になった。

 やがて、電車が来るアナウンスが入り、今度こそ二人は別れた。


 今度は帰郷したのも悪くなかったなと思いながら、ホームに降りて入ってくる電車を眺めていた時、優華は気づいてしまった。康太と連絡先を交換していないことを。

 やってしまった、と思ったが、もう電車のスピードは落ちていて、まもなく開く。この電車を逃すと乗り継ぎに間に合わなくなり、明日の仕事に影響する。

 彼のことは何とかなるのではないかと諦めて、今だけはと、目を閉じ、この数時間のことを想った。



 十四年前、自分の転機ともいえる事件が起こった。その時自分がとった行動は間違っていなかったと思う。だが、唯一、康太を信じなかったことは悔やみきれていない。それがなければ、私も康太も――――。

 今更悔やんでも悔やみきれない思いを抱きながらも、心のどこかで、こうして再び人生が交差したことに安堵している自分もいた。

(また、どこかで交わることもあるだろう)

 いつか、きっと。

 今までとは違って、どこかで彼の消息を聞くことはできるだろう。そう優華は感じた。



 乗り換えの駅につき、別の電車に乗り換えても同じことを考えていた。

 家から最寄りの駅につき、徒歩五分の自宅までは人通りは少ないが、明るい街路灯の下を歩いた。

 誰もいない部屋に入り、支度を済ませ、鞄を片付けようとしたら、鞄のサイドポケットから一枚のメッセージカードが出てきた。


『仁科優華さんへ

 これを見ているときには、おそらくあなたは自宅についているでしょう。そして、俺は優華さんに連絡先を教えていないときでしょう。そう思ったので、書いておきましたので、良ければ連絡してもらえると嬉しいです。

                    佐々木康太』


 座布団一枚ものだった。

 康太は気が利くのをすっかり忘れていた。

 だから、様々な仕事を押し付けられるのだということも忘れていた。


「ありがとう、康太」

 優華は呟くと裏面を見ながら、スマホを取り出し、康太に電話を掛けた。

『もしもし』

 彼はすぐに出てくれた。彼のスマホには優華の電話番号は登録されていないはずなのに、自分からの電話だと思ってくれていたのだろうか。

「康太、ありがとう」

 すでに優華は泣きそうで言葉がうまく出てこなかった。

『気にしないで。賭けだったから』

 康太も言葉が少なかった。どちらも何も言えず、ただ沈黙する時間が流れていく。

『――――――――――なあ、そっちは晴れている?』

 康太がやっと言葉を絞りだした。優華は首をかしげながらも、晴れているよ?と答えた。

『じゃあさ、そっちの窓から月は見える?』

 康太の質問に優華は再び首を傾げた。どういうことだろう、と思いつつも窓辺に行き、うん、見えているよ、と答えた。



『そう、それは良かったよ――――――今日の月は一段と綺麗だね』



 数秒遅れて聞こえた康太の言葉に、優華は一瞬戸惑った。

「――――――ええっと、それって」

 優華の戸惑いが伝わったのか、康太も今頃になって慌てている。

『――――――ああっ。もう俺って恥ずかしいな』

 彼の笑い声が聞こえてきた。

『嫌いって思われていたのは、仕方ないけれど、会って、きちんと話せたから、もう許されたもんだと勝手に思っちゃったんだよね。しかも、まだ、会ってから数時間もたっていないのに、好きだっていうのは、烏滸がましいよね。ごめん、今の――――』

 康太は焦っていたが、その言葉を遮って優華がクスリと笑った。

「ううん。全然気にしてない。というか、私も康太のことが好きです」

 だから、優華はあの時、康太のことが憎く思えてしまったのだ。

 どうして私の気持ちが伝わらないの、どうして私のために動いてくれないの、と。

『え、優華、ちゃんと考えてね?俺はいつでも待っているから』

 優華の返答に、最初に切り出した康太の方が焦っていた。それを柔らかく否定する優華。


「ううん、考えるまでもない。私はずっと康太の側にいたい。いさせてもらえませんか?」


 今までで最も明るい満月が、空に輝いていた。






 一年三か月後の春――――――

 昼時、優華はある駅の改札口前にいた。

 これから二人で行こうとしている場所があり、待ち合わせをしていたのだ。


 この場所に立つまで、様々な出来事があった。


 あの日の一週間後、母親の百合や叔母、父親の実兄などに康太との結婚を前提にした付き合いをしたいと言ったら、少し複雑そうな顔をされたが、反対されなかった。どうやら親戚一同も康太の事件について聞いていたようだった。

 康太もその翌週に親戚一同に挨拶回りをして、晴れて優華の婚約者として認められた。その際、叔母に頭を踏みつけられそうな勢いで詰られていたが、優華にはその理由が理解できず、彼に尋ねたところ、『気にしない方がいい』と言われてしまい、理由を教えてくれなかった。

 そのあとの二か月間は何事もなく付き合っていたが、二月の末、少し状況が変化した。学生なら次の年度が始まる直前の遊べる時。社会人なら、転勤や人事異動であたふたしているとき。

 康太は研究生として最後の一年間がもう始まっており、多忙を極めていた。優華も銀行の業務に追われる日々が続き、すれ違う日々が続いていた。

 すれ違いの生活を送っているうちに、康太の研究室に巻き込まれ、ひと騒動が起こってしまった。


 そう、十五年前の悲劇を繰り返すところだったくらいには、酷いものだった。

 しかし、今回はあの時とは違った。偶然も重なって互いの誤解も解けた。


 だから、二人は離れることなく今、これからの生活を送っていこうとしている。


 この後、二人は一緒に役所に行く予定だった。

 階段を駆け上って来た彼の姿を見つけると、優華は微笑んだ。康太も優華に微笑み、彼女に駆け寄ってきた。ホームに降り、電車を待っている客は二人だけだった。待っている間、二人は無言だった。


 やがて電車の到着を告げるアナウンスが流れた。

 どちらからともなく立ち上がる。


 電車が到着し、扉が開く。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 誰もいない車両に二人は乗り込んだ。手をつなぐ二人の指には月を象った飾りがついている指輪が嵌められていた。

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