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水鏡に照らされた嘘  作者: 鶯埜 餡
凍雲の章
10/25

解れる二人

「――――えっと、待たせた、よね?」

 康太の前まで行って、優華は頭を下げた。

「気にしていないよ。むしろ、俺こそ待たせた」

 康太は大丈夫だ、と言ってくれた。優華は顔を上げ、少し笑みを作った。一度、彼にも家に上がってもらい、優華は着替えを早く済ませ、彼を連れてあの場所へ向かった。


「懐かしいな」

「うん」

 二人は小学生のころ、『寺子屋』の休憩時間によく日向ぼっこしていた離れの縁側に来ていた。彼は昔と違って、薄い茶色に髪を染めており、ひょろひょろだった体格に少し筋肉がついたようだった。そして、彼の声はあのころよりも低く、気持ちよかった。

「手紙なんだけれど――――」

 最初は、どちらから話し出すべきか分からず、少し沈黙が続いたが、優華から切り出した。「まずは、ありがとう」

 優華の言葉に、気にしないで、という康太。

「でもさ、なんで嘘を書いたの」

「うっ――――それは」

 『嘘』という単語に明らかに挙動不審になる康太。優華は辛抱強く待つ。

「それは、あの時、いくら『個人的な理由』とはいえ、優華さんの助けを求める声を無視したことが申し訳なかったし、優華さんを助ける力がない自分自身が情けなかったからだ。そう言っておいた方が優華さんにとっても今後、一切心配させなくて済むと思ってな」

 百合が想像したことと全く同じことを言った康太の告白に、優華はため息をついた。

 それから、康太はいろいろなことを話した。百合の証言の信ぴょう性は高いものの、いざ彼本人から聞くと迫力が違う。

 聞き終わった後、彼の左手に恐る恐る触れた。彼の左手首には今も消えない傷がある。

 康太は優華の行動に驚いたが、手を振り払わなかった。

「私だけ逃げてごめん」

 優華の謝罪に康太は首を横に振った。彼は空いている手で優華の左頬を撫でた。優華も逃げなかった。

「少なくとも俺は、優華さんが逃げたなんて思っていない」

 二人の視線が合った。康太は無条件で微笑み、少しこわばっていた優華の表情もほぐれた。



 冬の夕暮れは早い。

 十七時に近くなると、辺りはすでに真っ暗だった。

 優華の電車の時間が迫っており、康太が駅まで優華を送っていってくれることになった。優華は鞄を取りに行き、二人で駅まで歩きながらあの事件以降のことを話してくれた。

 どうやら康太もその事件の時に転校したようだが、優華とは異なり親戚がすべて県内にいる彼は県外への転校は難しく、県内の山奥にある全寮制の高校に通ったそうだ。

 一方、あの事件に関わった人たちについても少し最初はためらったが、優華がどうしても聞きたいというと渋々教えてくれた。康太の事件をきっかけに全員、まとめて少年院送りにされたという(本来だったら、義務教育なので長期間の停学ぐらいが妥当とされるが、彼らは悪質であり、二人を自殺未遂させているのでさすがに、脅迫罪・暴行罪・器物損壊罪で立件されたそうだ)。

 ちなみに、康太に言い寄ってきた女の子――――優華がいじめられるようになったきっかけを作った女子でもある井田彩名――――は、率先して優華の持ち物を壊して行ったため、器物損壊罪などでこちらも少年院送りにされた。そして、加害者側の意見しか聞かないで、優華や康太を悪し様に言った教員たちも、さすがに公務員といえども大半がクビを切られたという。

 彼らについて何も思うところがないのかというと嘘だが、既に十四年もの年月が経っているせいか、冷静に聞くことができた。


「康太のお父様は大丈夫だったの?」

 優華の質問に心配してくれてありがとう、と康太は微笑み、答えた。いじめを防げず、二人の自殺未遂者を出したことに市の教育委員会の幹部や職員十数人が辞職や減給処分される事態となったが、彼の父親は、まだ現役で職務に当たっているという。

 その後、二人は過去ではなく、今のことを話し合った。

 優華は現在ある大手銀行の営業職にいることを話すと、また負けたなぁと康太は溜息をついた。だが、康太が県外の私立大学理学部に行き、今は別の大学院で研究生として農学を学んでいるという話を聞いた瞬間、優華は自分よりも成績の悪かった康太がよくニュースでも時々国際的賞を取っている研究者がいる大学に現役合格したという話を聞いたときには、敗北感を覚えた。今では研究のために彼は時々海外にも行くようで、様々な国の話をしてくれた。

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