挙式-03
いよいよ結婚式が近付いてきた。
もちろん、だからと言ってオモさんが日々のお勤めを免除してくれる訳ではない。
婚約者以外の女性との子作りを1日中行い、その合間に打ち合わせや準備をする日々だ。
だんだんと俺もナホも感覚が麻痺してきているようだ。
打ち合わせの途中にナホが”そろそろ時間だよ、お薬忘れないでね。”なんて言ったりするようになっていた。
これもオモさんの計画通りなのかもしれない。
俺は式が近付いても休日が無いので準備をあまり手伝えないのが心苦しい。
オモさんもさすがに式当日はお勤めを免除してくれたのだが、前日と翌日に振り分けられてしまっただけなので今から頭が痛い・・・
その分、ナホは随分と頑張ってくれている。
衣装や飾りつけの準備は他の子も手伝ってくれているようで順調らしい。
ただ問題は、ナホと一緒に準備をしている子が
「あ、時間だ!ちょっとしてくるねー!」
などという会話が繰り広げられることだ。
まぁ、俺を取り合っての修羅場というようなものは無く、同じ物を共有する同志のような連帯感が逆に醸成されているらしい。
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そんな忙しい日々の中、今日1人目のお勤めが終わった後、俺はナホと自室に来ていた。
7日前にオモさんから少量の大豆サンプルをもらってモヤシの試験栽培を始めたのだ。
熱湯消毒した大豆を水に浸し、芽が出てからは毎日水を替え、暗室にした自室で成長を心待ちにしていた。
「よっしゃーーーーーーーーー!」
「すごいなぁ。こんなにすぐ成長するんだねぇ。」
遂に、遂にこの星に来て、初めて食材と呼べるものに出会えたのだ。
”このまま黙ってナホと二人で食べてしまうか?”
そんな黒い心が沸き上がってしまう。
しかし、ここはシェルターという運命共同体だ。
そんな事は出来ない。
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今日2人目のお勤めが終わった後の昼休み、俺とナホはオモさんの居る管理室に来ていた。
「オモさん。」
「コウさん、ナホさん、いらっしゃい。今日はどうされたのですか?」
「ついにモヤシが食べごろにまで育ったんだよ!」
「すごく増えてましたよぉー!」
「それはそれは、おめでとうございます。」
「それで、今晩にでも試食会をしようかと思ってさ。一人一口くらいだけど・・・」
「それはいいアイデアですね。」
「確か調理室ってありましたよね?」
「はい。今は食材が無いので閉鎖中ですが、いつでも使えますよ。」
とりあえず一安心だ。
「じゃあ、使ってもいいですか?」
「もちろんです。調理に必要なものは何ですか?」
「できれば鉄製のフライパンと菜箸と火力高めの熱源があればなんとかなると思う。油があればいいんだけど、そこは頑張るよ。」
「長鎖脂肪酸のトリ・グリセライドの合成は進めていますから、食用に使えますよ。」
「トリ・・・何?」
「コウ、いわゆる食用油の主成分です。」
「おぉ!油があるなら助かります!」
これなら焦がさずシャッキリもやし炒めができそうだ!
「鉄製のフライパンというと、コーティングしていないタイプでしょうか?」
「はい。強火で一気に炒めたいので。」
「そういう事でしたら普通のフライパンでも大丈夫ですよ。現代のコーティング材の耐熱温度はアルミの融点より高いですから。」
「そうだったのか・・・」
さすがはスメラ文明だ。
地星の詐欺紛いのコーティング材とは違うらしい。
「遠征して採って来た岩塩も使われるのですか?」
「はい、この前の遠征で大量に採ってきましたから。」
実は岩塩はナホと二人でこっそり味見をしていた。
その時は久しぶりの味覚に二人で大騒ぎしてしまった。
調子に乗りすぎて後で二人とも水をがぶ飲みする羽目になってしまったが・・・
「では、念のために成分分析をしておきますか?」
「俺の統合索敵センサーで毒物と放射線のチェックはしておいたけど、念のためにオモさんにもお願いしておこうかな?」
「そだね。」
「では、後ほど持って来て下さい。もし何か問題があれば精製しておきますので。」
「あ、そろそろ時間だよ。午後一人目はトウちゃんだね。」
「トウか・・・」
「どしたの?」
「トウさんがどうかされましたか?」
「いや、あいつの事だから薄い本のネタにされないかと心配で・・・」
「薄い本???」
「わたしのデータベースには登録されていない表現ですね。」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。」
「じゃあ、そろそろ行くよ。ナホ、岩塩の場所は分かる?」
「うん、分かるよー。すぐ持ってくるねー!」
「はい、では。」
トウは二次元全般なんでもありな子だ。
自由時間は全て二次元に捧げているらしい。
創作活動も熱心なので不安だ。
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今日のお勤めは終わった。
いよいよ試食会の準備だ。
ナホとオモさんの他に数名の子が見学に来ている。
結婚式当日は俺もナホも中座できないので、代わりに調理してくれるらしい。
モヤシと粉状にした岩塩はナホが持って来てくれた。
オモさん以外はモヤシをじっと見つめている。
それこそ飢えた肉食獣が獲物を見るかのような目だ。
モヤシが動物だったら視線だけでショック死していただろう。
俺は実作業の前に皆に作り方をレクチャーする事になった。
まずメモを取り、分からない事を徹底的に潰してから見学したいらしい。
結婚式当日に失敗して皆の恨みを買うような事は絶対に避けたいそうだ。
食い物の恨みは恐ろしいからな・・・
そう言えば、調理前に1つ確かめておく事があった。
モヤシのひげを取るかどうかだ。
美味さは格段に上がるが、量が減ってしまう。
俺は悩みに悩んだが結論が出なかったので多数決を取る事にしたのだ。
「という事で、味と量のどちらを取るかを多数決で決めたい。遺恨を残したくないので、目を瞑り挙手する形だ。」
「ではわたしがカウントしましょう。」
「オモさん、ありがとうございます。」
オモさんは食べられないし信頼できる相手なのでありがたい。
「じゃあ、皆目を瞑ってくれ。まずは味を優先の人・・・・・・・・・よし、手を下げてくれ。次は量優先の人・・・・・・・・・よし、手を下げてくれ・・・・・・・・・さぁ、目を開けてもいいぞ。」
皆、結果を固唾を飲んで待っている。
「では、結果を発表します。満場一致で量を優先する事になりました。」
「「「「「わぁーーーーーーーーっ!!!」」」」」
歓声が上がった。
ひげを取ったモヤシの美味さを知る俺でさえ悩んだのだ。
それを知らない彼女たちなら量になびくのは、考えてみれば当然だろう。
傍から見れば滑稽な光景かもしれない。
しかし、何か月もあの非常用保存食だけで過ごせば分かるはずだ。
「よし、重要事項も決定したし、いよいよモヤシ炒めの作り方についてレクチャーするぞ。」
「「「「「はいっ!」」」」」
「まず、このモヤシは俺の自室で栽培したものだ。食中毒菌が繁殖しているリスクがわずかにあるから、まずは水洗いだ。その後、軽く下茹する。」
「先生!下茹する理由は何でしょうか?」
「もやし料理全てに共通する最大のポイントは、そのシャキシャキとした食感だ。長く炒めると水分が出てしまい食感が損なわれる。今回のモヤシは大豆モヤシでモヤシの中では太い方だ。炒める前に下茹する事で、中まで火を通しつつ炒め時間を短縮するのだ。」
彼女たちは真剣な表情でメモを取っている。
俺は皆がメモを取り終わったのを確認してから説明を続けた。
「下茹が終わった後は、しっかりと水切りをする。理由は2つある。1つ目は油はねを防止する為だ。もう1つは余分な水分で温度が下がるのを避ける為だ。」
再び皆がメモを取り終わったのを確認してから説明を続けた。
「次にモヤシに油を適量絡める。予め油でコーティングする方が、フライパンの油と絡みやすく短時間で調理できるからだ。」
「先生!油の量はモヤシ単位重量あたり何mlでしょうか?」
「すまない、俺も正確に計った事は無い。今日の実演で計ってもらう事にしよう。」
スメラには無い料理だから適量と言われても困るのだろう。
しかし、どんな些細な疑問も聞き漏らさない姿勢は素晴らしい。
「モヤシの下拵えはここまでだ。次にフライパンの準備をする。多めの油を入れて煙が出るまで加熱する。もったいないが、ここで使った油は劣化してしまうので捨てる。」
オモさんが大量の油を用意してくれていたので、それに甘える形となった。
しかし、モヤシ炒めでフライパンをしっかり加熱する事と油を行き渡らせる事は重要なポイントだ。
「ここからは時間との勝負だ!素早く調理用の油を入れモヤシを投入だ。強火で一気に炒める。絶対に1分以内に終わらせる必要がある。繰り返す、絶対に1分以内だ!」
彼女たちは目で”サー・イエス・サー!”と返すとメモ帳と向かい合った。
「そして最後に味付けだ。この粉末にした岩塩を約30cmの高さから振りかけてくれ。量は感覚でしか把握していないので今回の試作で測定してもらう。掛け終わったら軽く煽って皿に移すように。これも手早くしなければ余熱で食感が損なわれる。スピードこそ命だ。それを忘れないように!」
「先生!練習は可能でしょうか?」
「幸い、油と岩塩は余裕がある。納得できるまで練習していい。」
「ありがとうございます!」
「あと1つ付け足しておく。調理後もモヤシは余熱で柔らかくなってしまう。ここから試食会場までの時間を考えて、少し固めで仕上げる方がいい。」
彼女たちが納得いくまでエアー調理を繰り返した後、俺が試作した。
他の皆は既にオモさんが館内放送で大講義室に集合させているはずだ。
会心の出来栄えとなったモヤシ炒めを作り終え、扉を開けた瞬間・・・
「うおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
廊下に地鳴りのような歓声が沸き上がった。
とても年頃の女子が発したとは思えないものだった。
どうやら匂いに我慢できずに全員が大講義室から調理室前の廊下に集まっていたようだ。
俺はモヤシ炒めを一度高く掲げると一歩進み出た。
まるでクルセタ教の聖典に出てくる奇跡のように人の海が左右に割れた。
静けさが支配する廊下を進んでいると、どこからともなく声があがり、やがてそれはシュプレヒコールのようになった。
モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!
やがて一行は大講義室に到着した。
俺とナホとオモさんが教壇に立ち、皆を一旦着席させた。
予め席順は決められていたようでスムーズな動きだった。
そして端の席から順番に列を作り教壇へと進んできた。
ナホが小皿をオモさんに渡し、オモさんが超性能を活かして不公平の無いようにモヤシ炒めを小皿に取り、俺が小皿と箸を皆に渡していくのだ。
事前の打ち合わせには無かったのだが、皆が深々と頭を下げて受け取っていく。
涙を浮かべている者がほとんどだ。
やがて全員が一口に満たないモヤシ炒めを受け取り着席した。
「皆さん、あまりお待たせしては申し訳ないので早速いただきましょう。それでは、いただきます。」
「「「「「「「「「「いただきますっ!」」」」」」」」」」
オモさんの合図で皆がモヤシ炒めを口にした。
1本ずつ食べる者、一口で一気に行く者、様々だった。
静まり切った大講義室に微かなモヤシ音が流れた。
そして・・・
「シャキシャキ・・・シャキシャキーーーーーーーーー!」
「砂、砂じゃないのぉーーー!」
「生きてて、生きててよかった・・・」
「うわぁーーーーん!」
皆、久しぶりの食べ物に思いを爆発させている。
俺も一瞬意識が飛んだ。
ナホも心ここにあらずといった様子でホワーンとしている。
しばらくすると再びシュプレヒコールが起きた。
モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!モ・ヤ・シ!イ・タ・メ!
いつまでも終わらないかのようだったが、オモさんが壇上に上がり声を掛けるとようやく収まった。
「みなさん、今日は楽しんで頂けたようですね。本番の結婚式ではお皿いっぱいのモヤシ炒めが振る舞われる予定です。」
「うおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
再び年頃の女子とは思えない地鳴りのような歓声が沸き上がった。
オモさんが手を上げてそれを鎮める。
「これからも皆さんが開拓を頑張って種を余分に採れるようであれば、また非常用保存食以外のお料理を召し上がる日も来るでしょう。どうか明日からも頑張ってください。」
”頑張れば食べられる”そのシンプルな原理は皆の心に火をつけた。
翌日からの開拓ペースは目を見張るほどであった。
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ふふふ、僅かな餌をぶら下げれば、皆さんの開拓ペースも上がると予測していましたが、想定値のほぼ上限まで上がりましたね。
提供した材料分を遥かに上回る収量増が期待できます。
試食の為の無理のない理由付けをいくつか用意していたのですが、コウさんのケッコンというのは非常に皆さんが受け入れやすい理由でした。
コウさんは本当に良く役に立つ外来種です。




