帰郷-01
いよいよ地星に戻る日がやって来た。
戦闘魔法は納得できるまで特訓したつもりだ。
もちろん、何億年も訓練している連中のように能力をほぼ完全に使いこなせるとは思っていない。
根拠は無いが、せいぜい80%程度だろう。
しかし、10%を20%に上げるのと、80%を90%に上げるのでは掛かる時間が桁違いだ。
どこかで割り切らないと前には進めない。
最初の年に生まれた子供達は成人を迎えた。
成人と同時に魔法を覚醒させているので、子供たちに割り当てた新規開拓区域は魔法を利用して順調に発展している。
万が一、俺が死ぬ事があってもスメラの未来が閉ざされる事は無い筈だ。
荷物は昨日の内に纏めておいた。
転移してきた時の装備一式はキットが装着しているので、俺はグンマー国潜入用のジャケットとスラックスにショルダーバッグという身軽な恰好だ。
皆への挨拶は済ませて今は自宅に居る。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「気を付けてね?絶対無事に戻って来てね?」
「あぁ、もちろんだよ。一番大事な物を見失ったりはしないよ。」
「うん・・・でも、心配だよ・・・」
「大丈夫だよ。まず月から様子見て、危なそうならすぐ戻ってくるから。」
「絶対だよ・・・」
「あぁ。」
ナホを抱きしめ口付けを交わした。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい!」
ナホは不安を押し殺し、笑顔で手を振ってくれた。
「キット、行くぞ!」
「はい!」
瞬間移動魔法を発動し一旦上空に転移してから銀河系近傍へと転移した。
空間を入れ替える魔法なので、いきなり宇宙空間へ転移するとナホの居る室内の気圧が一気に下がってしまうからだ。
その後、日星系近傍、日星系内を経てから月面へと無事に転移したが、空気が拡散しないように物理バリアを張っているので息苦しくは無い。
空気が存在するので月面であってもキットとの音声会話は可能だが、便利なので通信魔法を起動した。
今ではキットのIO端子と直接電気信号をやり取りできるようになったので、通信魔法を使うと超高速で会話ができるというメリットがあるからだ。
『上手く転移できましたね。』
『あぁ、ここは有名だからな。イメージングしやすかった。』
すぐ傍には、かつてイモルキ連邦が人類初の有人月面着陸をした時の国旗があった。
『ここから見る限り、地星は無事なようですね。』
『そうだな。それに大きな魔法気配も感じられない。』
以前と変わらず大都市のあたりには光が見える。
『少なくとも現在は神軍は居ないという事ですね。』
『そうだな。元々、最悪のケースとして神軍襲撃の可能性を考えていたからな。』
『そうでしたね。しかし、用心は重ねておきましょう。』
『もちろんだ。ナホと約束してるからな。』
『では予定通りに進めますか?』
『あぁ、まずは宇都宮の隠れ家に行こう。』
『無事に残っているでしょうか?』
『拡張視野でざっと見てみたが大丈夫そうだ。』
『便利ですね。』
『さて、行くか!』
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俺とキットは人目に付かないように、隠れ家の塀と納屋の隙間に転移していた。
いくつかある隠れ家の中で宇都宮を選んだ一番の理由は、程よく田舎だからだ。
人口が少なく車社会で日中でも人通りが少ないので人目に付きにくく、そして、超ど田舎のように監視社会化しているわけでもない場所に隠れ家を確保している。
この隠れ家は偽造した身分証明書で購入した家で、家主は商社勤務で長期海外赴任中という設定になっている。
近所には時々帰ってくると伝えてあるので、明かりを灯しても不審には思われないだろう。
この隠れ家の存在は特務隊に報告していないので隊からのバックアップは受けられないが、家の手入れは自動引き落としで業者に依頼していたので荒れてはいないようだ。
銀行口座にはハイパーインフレでも起きない限りは大丈夫なだけの金額を入れてあったので、15年放置していても問題なかったようだ。
『やっと戻って来たな。』
『はい、おめでとうございます。』
『隠れ家のチェックは一通り済ませたが問題なかった。早速入ろう。』
『わたしの格好は人目に付くとまずいので納屋から入りましょうか?』
『いや、大丈夫だ。』
納屋の床は非常脱出口の1つなので、そこから入る事も出来るのだが、当然手入れはされていない。
キットを埃まみれにするのも可哀想なので、玄関に瞬間移動した。
「さて、もう大丈夫だろう。」
「ありがとうございます。」
「練習も兼ねてるからな。さて、ブレーカーを入れるか。」
一通りライフラインを使えるようにしてから書斎へと向かった。
まずは情報収集をしなければ買い物すらままならないからだ。
転移当時の通信プロトコルは今でも使える筈なので、特務隊の特殊な端末を立ち上げた。
この端末は非常に簡素な専用ハードウェアを用いており、エラッタが無いとされている。
そして同じく簡素なコーディングでバグを無くしたOSとソフトウェアを採用する事でクラッキングされないようにしているのだ。
「キット、15年前の事件と日常生活に必要な情報収集を頼む。」
「はい、分かりました。」
俺は書斎の紅葉草保管庫を開けて、籠目模様が大きくかかれたパッケージを取り出した。
デザインの通り、カゴメというブランドだ。
早速、キセルを取り出して引き出しにあったマッチで火を点けた。
「美味いなぁ・・・」
スメラでも奇跡的に自生していた紅葉草を移植して栽培していたが、開拓とは別の個人的な栽培だったのであまり手を掛けられず自然繁殖に近い状態だった。
その為、味はそれ程良くなかったのだ。
「一次情報収集が終わりました。」
久しぶりのカゴメを堪能し終わるとキットが声を掛けて来た。
キットの性能ならとっくに終わっていた筈だが、俺が吸い終えるのを待っていてくれたのだろう。
「悪い、待たせたな。」
「いえ、久しぶりの地星ですから寛いで下さい。」
「ありがとな。しかし、のんびりしすぎる訳にも行かない。聞かせてくれ。」
「はい。まず、15年前の事件ですが、クルセタ統一聖戦会による大規模な世界同時多発核テロという事になっています。」
「はぁ?行方不明って事になってる核弾頭はあるが、特務隊は全数把握済みだっただろ?」
「はい。事件直後の民間有志による調査では放射線は検出されなかったようです。」
「じゃあ、MET弾頭か?あれは日出国しか保有していない筈だが・・・」
MET弾頭は質量その物をエネルギーとして瞬間的に開放するので、爆発時にはエネルギーの一形態としてガンマ線などが放出されるが、核分裂を伴わないので原理的に残留放射能は発生しない。
ちなみに、1gの質量をエネルギーとして開放する1g級MET弾頭の威力はTNT火薬換算で7キロトンになる。
「はい。他国は保有していなかった筈です。」
「じゃあ、どういう事だ?」
「事件に関連して面白い映像が入手できました。すぐに削除されているようですが、未だに世界各地の有志が匿名でアップロードしているようです。」
キットがモニターに映像を映し出した。
「おい、これって・・・」
「はい、メイジスーツ、略称MSにそっくりです。」
キットはスメラで入手したMSの映像を並べて映した。
「キット、瞬間移動テスト艦にMSは搭載されていたか?」
「はい、最新型試作機が50機搭載されていたようです。」
「という事は、クルセタ統一聖戦会がMSを手に入れてテロを実行したって事か・・・」
「その可能性が高いでしょう。必然的に魔法使いだったという事になります。」
「そりゃあ、情報操作するだろうな・・・」
「地星には魔法使いは多いのですか?」
「いや、ほとんど居ないが、都と儀処の里と特務隊には集中してるな。」
「やはりそうでしたか。」
「親父がアホみたいに強かった理由が分かったよ。」
そりゃあ、バリア張ってりゃ腹筋が鉄より硬くなるだろうよ・・・




