第5話〜揺らぎ
自分達にとっての1つの大きな戦いは終わった。
結果は栄人の父、狼煙らの奮戦により防衛に成功した。
敵の戦力が集中していたあの状況を、よくもまあ耐え抜いたと誰もが思っただろう。
聞くところによると大将である狼煙がある策略を立ててそれを行い、見事に成功して敵を一掃したそうなのだ。栄人本人も、まさか狼煙が力任せではなく策略で戦うとは思ってもいなかったのでかなり驚嘆していた。
しかしそんな戦争の戦局をくつがえす父の強さに栄人は、自分の父ながら憎らしいと内心苦笑いした。
ちなみに今は災厄軍に勝利した事にたいする祝宴会をしているところだ。それと同時に今回の戦いで失った仲間たちへの弔いもしていた。特に失った仲間の親族たちは、弔いをしてからもその場に残り、祝宴会など呑気なことをできる心情じゃない、と言っている。
しかし、今回は運よく災厄軍に勝利することができたが、災厄軍側はこの後黙ってはいないだろう。
自分達が今まではすんなりと逆らう村や町をなぎ払って従わせてこれたが、自分達を敗北させた者達があらわれたと知れば、次はおそらく勢力を強くして確実に潰しにくるだろう。
「いやぁ、狼煙隊長。今回は見事な活躍ぶりでしたね〜!これならば災厄軍など敵ではありませんね!」
「ハッ!よく話がわかるようになってきたじゃねぇか長野!確かに俺たちなら災厄軍なんざすぐに抹消してやれるよなぁ?」
顔そのものから物語っているが、お調子者の長野はにやにやしながら狼煙を褒め称える。狼煙もそれにのっている。
一戦勝ったくらいで何言ってんだあの親父は。調子に乗りすぎだ。
内心小馬鹿にしつつ、栄人は呆れたような顔で父親を見ていた。
父親の狼煙は昔からこういう性格らしい。自意識過剰で何事にも強気で臨み、力任せに暴れる(今回はそうではなかったが)。だがそのわりには仲間からの信頼が厚い。
すると今の話を聞いていたのか、そこに1人の男が歩み寄ってきた。
「狼煙殿。災厄軍の戦力を見くびっていては、いずれは牙をむかれますぞ。今回の敵の戦力はあくまで戦力のほんの一部です。次にまた相対する時には今回のように一筋縄ではいきませんぞ。」
「そんな重っ苦しいこと考えんな北条。楽しくそして愉快にいこうじゃねぇか!もしも次に敵が勢力を上げてきたら、俺たちがそれ以上に頑張りゃ何の問題もねぇだろ。そして、俺たちがあいつらにやれる事ってのは2つだ。1つ目はとりあえず根元からぶっ潰すことだ。2つ目は相手が諦めるまで徹底的に抗うこと。だから俺たちはそのどちらかの選択肢が終わるまでは戦い続けなければならないわけだ。それなのに、こんな休息の場で緊張感を持ってみろ?疲れて絶対に精神的にアウト、戦場で身が入らずに人生にシャットダウン、ってな感じになっちまうぞ。」
北条と呼ばれる僅かに短い白髪混じりの男の指摘に、不意に真面目な正論じみたことを淡々と語りだす狼煙。そして不意だったこともあり、実績が溢れる北条も、さすがに言い返せない。
栄人はその父の語りを聞いてまたいつもの屁理屈か、と心の中で呟く。
屁理屈は父の昔からの得意分野なのだ。
栄人はこれまでの自分の人生経験上、父が口先でのやりとりで負けた姿を見たことがない。
一体どこからあのような正論じみた言葉が次から次へとでてくるのか(無論口からではあるが)。
「フ・・・まったく狼煙殿には敵いませんな。ではそのお言葉に甘えさせてもらうとしましょうかな。次の戦いでも今回のような名案を期待していますぞ。」
「安心しておけ北条。なんせ俺は鷹王狼煙だからな。」
北条の皮肉の篭もった言葉に狼煙は軽く受け流してみせる。
しかし、何度聞いてもよくもまああれほど自意識過剰でいられるというものだ。
さすがは我が父。平凡ではなくとことん変人である。まあそれは自分(栄人自身)も変人の部類であると自覚をしているということなのだが。
栄人は色々と考え事をしながら祝宴会をしている基地から、こっそりと(少量の食料を持って)抜け出して、今は誰もいない自分の家へ向かった。
そして階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
「・・・っ!?」
栄人がドアを開けた瞬間その音に驚き、そこにいたあるモノは怯えて体を震わせながらあわててベッドの後ろにある狭い隙間にしゃがみこんで、こちらをじっと見ている。
そう、あの戦場で出会った、敵であった彼女である。
敵側には彼女の居場所が無く、栄人がこちらに連れてきたのだった。しかし、彼女は他の者から見れば敵なので、しばらくは栄人の部屋に身を潜めておく必要があった。ちなみに誰かが来たら押入れに隠れてもらうつもりである。
「安心しろ。俺1人だ。」
栄人が1人だということを主張すると彼女はほっとしたのか、僅かながら安堵の表情を見せるが、またすぐに不安そうな表情に戻る。
やはり敵である俺にそう簡単に警戒心は解けないか。
確かにあたりまえといえばあたりまえである。なぜならすぐ先刻ともいえるほど前までは敵同士で、あと一歩間違えていればどちらかが死んでいただろうから。
栄人は左手のお盆の上にいくつかの中華料理を載せていた。この場所では今は中華料理が流行っているらしい。中華料理からは何ともいえない、そそられるような匂いが漂っていた。
「食事を持ってきたぞ。きっと昨日も何も食べていないんだろうからな。」
「え・・・い、いいんですか・・・?」
やはり昨日から、いや、それとももっと前から何も食べていないのか、においにつられて彼女は少しずつ体をこちらに近づける。
栄人はフォークを差し出すと、お盆ごと床にそっと置く。
その上にのっている中華料理を目の前で見た彼女は、本当にいいの?と目で問いかけているようだった。彼女自身、まだ多少は抵抗があるのだろう。
「ああ、いいんだぞ食べて。その為にわざわざ持ってきたんだからな。」
食わないなら俺が食うぞ、と栄人に急かされ彼女は栄人に何回か礼を言った後に、フォークをぎこちなく握った(持ち方がよくわかっていない)。
奴隷になっていればフォークも使わないのはあたりまえか。
彼女は慣れない手つきで料理をフォークで刺し、そのままゆっくりと口に運ぶ。すると、おいしかったようで、一瞬感嘆のような声を上げてからすぐに他の料理もこれ以上ないというほどに幸せそうな顔をして食べていた。
そんな顔を見ていると、ついさきほどまで敵同士だったことなどすぐに忘れ去ってしまいそうである。
逆に言えば、そう思わせるほど幸せそうな顔だったのだ。
「おいしいか?」
「は、はい!どれもすごくすごく・・・!」
そんなにおいしいものか、と内心栄人は思ってはいたのだが、それはあくまで普段からそういうものを食べていけている者の意見であり、彼女の立場とは遠く離れている。だから恐らく自分が今強烈に嫌悪している食べ物でも、実際に貧困となって食べ物に飢えた時にはその食べ物は驚くほどに美味しく感じるだろう。
余程空腹だったのか、彼女は僅か数分といった時間だけでお盆の上にのっていた料理をすべて食べきってしまった。ここまでくるともはや早食いの部類である。
彼女は料理を食べきると満足そうな顔を少しの間していたのだが、はっと何かに気かついたかのようですぐに不安そうな表情に戻る。
「あ・・す、すいません!つい食べ物に満足しちゃって・・・。」
「何自分の身分が下みたいに遠慮してんだよ。もっと自分の意思や感情は出していいんだぜ?それに、お前は楽しそうな顔をしている時のほうが全然生き生きとしてよかったぞ。」
自分を心配してくれていることか、褒められたことかはわからないが彼女は嬉しかったようで、若干頬を赤らめながら栄人を見ている。
「あ、ありがとうございます・・・。」
「いや、礼を言われるようなことは言ってねぇけどよ。そういえばお前、その格好じゃあ寒いだろ?かといって敵軍の服を着ていて誰かに見られたらシャレになんねぇしな。よし、後で俺の母さんの昔使っていた服を持ってきてやるからそれまでこのコートを着てな。」
栄人は机の椅子にかけてあった予備の軍服を彼女の肩にそっとかける。
確かに軍服を全て除いた彼女はかなりの薄着となっていたので、実際に寒いと感じていたのは事実だろう。
彼女は温かくなった自分の体温を深々と実感する。そして、なぜか不思議そうな顔で栄人を座りながら見つめる。
栄人はまじまじと見られていたのが嫌だったのか、無意識に目をそらす。
「あ、あなたは・・・何でそんなにも私に優しくしてくれるんですか・・・?さ、さっきまで敵だった私に・・・・。」
質問を聞いた栄人はなぜそんなことを聞くのだろうかと首を傾げる。
栄人本人としては、そもそも別に優しくしているつもりなどないのだが。普通の対応だろうこれは。
「理由なんてねぇよ。それに、優しくしているつもりなんて別にないしな。あと、お前さっきも敵だの味方だの関係なしだって言ったじゃねぇか!だからそういう敵とかはもう言うな。っていうか話題にだすな。」
「わ、わかりました・・・・。」
今のは俺が悪かったか・・・?
内心密かにそう思ったが黙っていることにした。
彼女は少し寂しいようなそんな表情をしていたが、これが彼女の普通の顔なのだと栄人はだいぶ思い込むようになっていた。
今更だが、こいつは相当な人間不信で気が弱い変な奴だと栄人は思う。
そして、今だにあの時の戦場で彼女と会ったことがなんとなく偶然ではないように思えた。
考えているうちに、栄人は彼女から重要なことを聞いていなかったことに気がつき、今までそれに気がつかなかった自分に馬鹿が、と罵倒する。特に意味はないが。
「そういえばお前さ、名前は何て言うんだ?先に言っておくと俺の名前は鷹王栄人。栄人で呼び捨てにしてくれて結構だ。」
「わ、私は・・・未久留といいます・・・。み、苗字はわからないんです。」
かわった名前でしかも苗字がわからないってすごいな。色々な意味で。
栄人が正直に思った内容であった。
だが別にこれからずっと「お前」などで未久留を呼ぶことよりは断然マシであった。
「よし、じゃあ未久留だっけか?これから改めて・・・」
途中で栄人が不意に息を殺したのに気がつき、未久留も不審に思う。
音がした。階段を上る音が。
たん。たん。たん。たん。
一定のリズムであるかのように、同じ間隔で足音がこちらに近づいてくる。
これは非常にマズい。
戦いが終わったばかりだという今に、敵である未久留を誰かが見たら迷わず捕まえるか殺すかするだろう。だが軍服を今は着ていないので少しは安心できる。
しかし、栄人にとってはそういう問題ではなかったのだが。
「早くそこの押入れに隠れろ!絶対に声は出すなよ?」
「は、はい!」
小量の声で合図をして未久留を何とか押入れに隠させる。
これが間一髪というやつか。
その隠れ終わった瞬間と、栄人の部屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。
「あ、栄人いた!まったく基地にいないからどこにいるか探したんだよ?」
勢いよく栄人の部屋のドアを開けたのは美鈴だった。
っていうかそれ以前に不法侵入するなよ。
口から出かかっていたのだが、まぁ長年のつき合いということで今回は勘弁してやることにした。
「あ、ああ。悪い悪い。ちょっとあまり体調が良くなくてな。」
体調が悪くなったことなど実際は一度もないのだが、なるべく早めに美鈴に帰ってもらうために使った口実である。
本当のところ、せっかくわざわざ探しにきてくれた美鈴をすぐに追い返すというのは、正直のり気ではないのだが、今の状況ではいつバレるかわからないので仕方がない。
しかし、これからもずっとこのようにごまかし続けるのは無理があるだろう。
せめて両親や美鈴とかにはある程度日が経ったら話しておくべきか。無論、それは未久留から了承を得られた場合のみ可能なのでできるかわからないが。
「そういえば美鈴は基地にいなくてよかったのか?こんなわざわざ俺を探しにここまで必要もないだろう。」
栄人が美鈴に問いかけると美鈴はそれがさぁ、と悩み顔な様子で呟きだした。
「だって狼煙隊長と宗次郎(長野)は何かテンション凄くて近寄れないし、北条さんは近寄りがたい大人なオーラ発してるし、鴉間さんなんて酔いつぶれて倒れてて医務室へいっちゃったんだよ。だから話し相手がいなくてさぁ。」
「何か俺たちの軍って・・・変人しかいないような気がするんだが、気のせいか?」
美鈴の基地での現状を聞いていると、よくもまあ変人しかいないものだと感心してしまう。
まあしかし戦う時にはお互いに協力し合って知恵を絞って策略をたてる。おまけにそれで勝ってしまうのだから申し分ない。
すると美鈴は手をヘラヘラさせながら気にしない気にしない、と笑ってみせた。
「たぶん気のせいだって。それに、皆いい人たちだし。・・・あ!そういえば栄人具合が悪かったんだっけ。ごめんね、わざわざ来ちゃって。お大事にね?」
美鈴はつくり笑いで、ごめんねと笑ってからドアを開けて帰っていってしまった。
その瞬間、栄人の良心は見事にズタズタにされた。
例えていえば、もの凄くデリケートな窓ガラスにホームランの野球ボールが飛んできて、見事に割ってしまうような感じか。
嘘をつくというのはこれほどなまでに苦しいものだったのか。美鈴に栄人を疑っている素振りがないだけにこれはキツい。
これは精神的に長くは続かないな・・・。
栄人は心の中で確信した。
「あ、あの・・・栄人様?も、もう出てきても大丈夫ですか?」
押入れの戸がゆっくり、スーッと開いてできたわずかな隙間から未久留が不安そうな顔でこちらを覗いている。
「ああ、大丈夫だぞ。それと、「栄人様」っていう呼び方はやめてくれ。」
「い、いえ・・・これは奴隷であった私の癖みたいなものですから・・・気にしないでください。」
「なら、なおさら気にするんだが。」
未久留は栄人の意見を初めて否定すると、押入れからそっと身をのりだして出てきた。しかしまだ、奴隷として使われていたり戦いにだされていた時の疲れがあったのか、そのまま立てずに座りこんでしまう。
「お、おい大丈夫か?」
栄人が声をかけると未久留は僅かに頷き、部屋の辺りを見回している。どうやらまだ誰かいないか警戒しているようである。
そういえば未久留はどうような生い立ちでここまでに至ってしまったのだろうか。
昔に、もっと彼女を救う手立ては無かったのだろうか。それを考えると気になって仕方が無い。
ある程度たつと栄人は何かを思い出したのか、はっと顔をあげる。
「おっと、そういえば母さんの昔使っていた服が下の階にあったな。ちょっと行ってくるからここから出るなよ。」
「は、はい・・・。わかりました。」
栄人は空になった料理がのっていた皿とお盆を片手に、下まで降りていってしまった。
たん。たん。たん。たん。
階段を降りる音がやたらと聞こえた。
残された未久留は、栄人からかけてもらったコートを暖かそうに羽織っていた。
本当にこれでよかったのかな・・・。
未久留はささやかに自分に問いかけてみる。
あの戦いの時に、もしも栄人以外の人に見つかっていたら、確実に未久留は殺されていただろう。だからこそ時折栄人の優しさが未久留には不思議でたまらないのだが。
私はどうせいつも足手まといだから、あの時に殺されていたほうがよかったかもしれない・・・。たぶんきっと栄人様にも迷惑をかける時がくる。
それに栄人様以外の人達は、私が敵で生きていたって知ったらきっと殺そうとするだろうから。
あの戦いの時に栄人様が敵で怯えていた私に手を優しく差し伸べてくれたのは本当に嬉しかった。泣きそうだった。
けれど、だからこそ栄人様に迷惑はかけられない。
決めた。栄人様が戻ってきたら、御礼を言って私はここから去ろう。そうすればこれ以上栄人様を迷惑させることもない。
しかし、その決意を強く拒絶している自分がどこかにいた。
ずっとこのまま栄人様の傍にいたい。そう望み続けている自分が。
それは自分の身勝手な願望であると己に言い聞かせてなんとかしようとしていた。
だからやはり、ここを去らなければ。
未久留が悩んでいたその時に・・・
たん。たん。たん。たん。
階段を上がってくる音が聞こえた。
どんどん音が近づいてくる。
来たら言わなければ。勇気を出して言わなければ。
やはり私はここにいるべき人間ではないのだと。
心の中で何度も未久留は呟きながら栄人を待っていた。
そしてドアが勢いよく開いた。
「え、栄人様、私・・・・っ!?」
「そういえば栄人ー!明日のミーティングの事なんだけどさぁ・・・ってあれ?」
「あなた・・・誰?」
違った。栄人様じゃなかった。この人にとって私は敵なんだ。
入ってきたのが栄人ではなく違う女(美鈴)だったことに気がついた未久留は恐怖で心が一杯になっていた。
そして、絶望した未久留の中で1つの予感が頭をよぎっていた。
きっと殺される、と。
どうも、鷹王です。
いやはや、自分でなぜかこの話の続きが猛烈に書きたくなっていまs(ぇ この後の話も、未久留が大分話に関わって来ます。もちろん他の人も。
次の話では未久留と美鈴がうっかり出くわしてしまったところから始まります。また6話でお会いすることができましたら、これ以上嬉しいことはありません。では!




