05
私はあのまま泣いて、ノアに抱きしめられながら寝てしまったようだった。
朝、普段通りに支度をしていたら、朝食を食べ終わったノアが
「つらかったら休んでもいいよ」
と言った。
前なら、間違いなく頷いていたけれど、
「ううん。ちゃんと行くよ」
と答えた。
私はしなくちゃいけないことができたから。
授業が終わってすぐにまずはクリス様の教室に行ってみた。
クリス様に変な噂が立っちゃうかなっと思ったけど、私はこの色のせいで何をしても目立つ。
だから、どうしようもない。
教室に着いてから、どうやって、クリス様に話しかけたらいいか、考えた。
「やあ!シェリーちゃん!クリスに用でしょ?」
見知らぬ男子生徒にすごく気さくに話しかけられてしかも名前まで呼ばれて戸惑ったが頷いた。
茶色の目はキラキラしてて、この世界に来る前に飼っていた柴犬に似てる気がした。
「おーい!クリス!!」
柴犬の男の子は、ドアから教室の真ん中にいたクリス様を呼んだ。
クラスメイト達がこちらを見る。
目立ってしまうからもっと静かに呼んでほしかった。
クリス様は、すぐに気づいてこちらに歩いてきた。
なんだか、いつもより柔らかい表情な気がした。
「自分から来るとは思っていなかった。行動しようと思えばできるじゃないか」
褒めてくれているのかな。
「とりあえず移動しようか」
目立った原因でもあるが、柴犬の男の子が周りに視線を察して、そう言った。
「ああ」
と、クリス様もそう頷いて、どこかへ歩き出した。
空き教室のようだ。
「こいつは、ロバート・スーリーズ」
部屋に入って途端、クリス様は柴犬の男の子を指してそう言った。
「はじめまして」
彼はそうにこやかに笑った。
赤い髪を揺らして紳士の礼をとった。
少しどきっとした。
「私は、シェリー・フランバーです」
私も同様に礼をとる。
「お前のことを軽くは説明してあるが、信用に値する男だ。安心していい」
クリス様はそう早口に言った。
私はロバート様を紹介された意図が分からなかったが、曖昧に笑ってみた。
「うーん。クリスから少しだけ話は聞いたよ。シェリーちゃんは、一人で生きていく術が欲しい。でも友達もいないし、頼る人も、フランバー公爵しかいない。だよね?」
ロバート様の言葉に頷く。
「クリスは君の仲間だよね?で、仲間は多い方がいいでしょ?」
ねっ?と私の手を取り、ぎゅっと握ったロバート様。
キラキラしたロバート様の目とあって、心臓が大きく弾んだ。
クリス様は仲間・・・。
ロバート様も仲間になってくれる、ということ。
「私、あの、私!!!」
何か言わないと、そう思って言葉を発する。
つい、ロバート様の手を握り返す。
「うれしい。すっごく!!うれしい!」
私は素直にそう言った。
嬉しかった。
だって、それ以外の言葉が見つからなかった。
クリス様は目を見開いた。
ロバート様はニコニコと笑う。
「ありがとうございます!」
「笑いながら泣くなんて、変なやつだな」
クリスは、声を上げて笑った。
意外とよく笑う人なのかも知れない。
それから気付いた。私は泣いているみたいだ。
頬に伝うものに気づいて、触った。
昨日の涙とは全然違う。
「こらこら、お嬢さん。擦らないの」
と、ロバート様がハンカチで私の片頬を包んだ。
いい匂いがする。
すごく安心する。
私が泣き止んでから、端の机に3人で肩寄せ合って座った。
「具体的な話をしよう。まず、お前がこの状態から脱却するには叔父上のもとから離れる必要がある」
初めから核心を突かれた気がした。
少し前から感じているそのことをはっきりと言葉にされてしまった。
しかし、存外、あっさりと受け入れている自分がいることに気がついていた。
「私にはいく場所がないです」
そうだからといって私がいることができる場所はない。
私には、ノアしかいなかったのだから。
「俺のところにおいでよ」
そういったロバート様。
「俺の家、伯爵家だけど、王家とのつながりもそこそこあるし、フランバー公爵もそんなに簡単に手出ししてこれないと思うんだよね。それになによりスーリーズ家は国境に大きい領を任されてるから、移民の担当を実質任されているわけ。黒髪、黒目の君は隣国からではないにしても、移民であるといわれても不思議ではないでしょ?だから、フランバー公爵と共にいたこと、そして君がとても珍しい色を纏っているということを鑑みて、君が俺の家に保護されるのは当然っていうこと」
スーリーズ家の領地がどこにあるのか、などということは家庭教師から教わっていたが、貴族のそれぞれの役割などまったく知らなかった。
思えば、表面上の知識は得られたが、貴族の細かい関係や、政治的な話は一切教えてもらえなかった。
そして今の、ロバート様の話を聞いて、納得した。
確かに、そうならば、スーリーズ家ならば、私を受け入れる理由がある。
そしてなにより安心した。
彼もこの色を気持ち悪いではなく、珍しいと表現し、家に受け入れてくれると言ったことに。
「ありがとうございます。」
また溢れ出しそうな涙を堪えて、私は言った。
ロバート様は笑って頷いた。