02
気付いたら眠っていたようで、ふと目を覚ますと外は暗くなっていた。
「おはよう」
対面のソファーから声をかけられ、屋敷の主人の帰宅に気づいた。
「おかえり、ノア」
私は身体を起こすと、そのまま抱き起こされ、向かい合わせに座る。
私の顔に手を添えて瞳を覗き込むと、とても嬉しそうに笑って
「ただいま、ちえり」
と言う。
彼だけが私を必要としてくれている。
ノア・フランバーは王の弟にあたる人物で、28歳にして王立騎士団の団長。そしてこの屋敷の主人で、私の保護者である。
私は彼のお陰でこうして生きていることができている。
誰もが嫌う黒を受け入れてくれる唯一の存在で、何故ノアが私を大切にしてくれるのか、私にはまったく分からない。
「食事にしよう」
と言い、私の身体ごと持ち上げ床の上に立たせた。
食事をしながら、今日学園であったことを話す。
ノアはうんうん、と頷きながら聞いてくれる。
勿論私がひとりぼっちなのを隠しながら、周りで起こったこととか、だ。
あそこの伯爵家の子息と男爵家の子息は仲良しとか、噂話程度しかないのが悲しい。
「友達ができないの」
今更になって言う話ではないことは分かっているが、何故か私はそれを口にした。
学園へは、15歳から通っていて、3年目。今年はもう卒業だ。15歳までは家庭教師に教えてもらっていたために外部との接点がなかったために、自分のおかしさに気づいていなかったが、学園に通うようになって知った。
そもそも学園にも、ノアが行った方が良いと言うから通っているだけで、行かなくて良いなら行きたくない。
今まで、ノア以外の人々に空気のように扱われていたが、学園に入ってからは好奇の目に晒されたり、悪意や嫌悪をむけられるようになった。
そのことがショックで、友達などというどころの話ではなくなってしまっていたが、そんなことにようやく慣れた今、やっとそう思う余裕がでてきたのだ。
「そうか」
ノアは長い睫毛を伏せて、そう呟いた。
困っているようだ。
私もどうしたら良いか分からなくて、ノアをみていた。
ノアは綺麗だ。
プラチナブロンドの髪に、深い青の瞳、白い肌、綺麗なパーツが絶妙に配置されている。
神に愛されている、ノアのことをそう賞賛する人が多くいることを学園に入って初めて知り、納得した。
「私はノアが居てくれればいいよ」
きっと私に友達はできない。
いくらノアでもできないことはある、そう結論づけてそう言うと、ノアは蕩けるように笑って
「わかった」
と言った。
不思議でならないが、ノアは私がノアを求めることが嬉しいようだ。
食後のデザートまでしっかりと食べ、ノアと共に部屋に戻る。
私の部屋はない。
ノアと一緒だ。
私のベッドもない。
ノアと一緒に寝る。
一人の時間はないが、私の唯一はノアなのだから仕方ない。
ノアがお風呂に入っている間に再び考える。
昔は友達がいたのになぁ、と。
今、私の存在ごと抹消してしまっている人の中に過去友達だった人もいる。
でも、もう友達ではなくなってしまった。
私はいつかノアも私の存在を消してしまうのではないか、と不安でならない。
だって、ノアは神に愛されてすぎている。
王の弟であるノアは、地位は確立されているし、先の戦争では武勲を上げて騎士団長に任命されたため、名誉もある、勿論資産だってあるし、容姿だった恵まれている。頭もいいし、魔法の素養もある。
何を持っていないのか分からない。
私がこの世界に来た日を思い出す。
この屋敷の庭に突然現れて、泣き出した私をノアは抱きしめてくれた。
なんでも持っているノアが何故存在を認めてくれているのか分からない。でもそれは私にとってとても幸運なことだ。
ノアがお風呂から上がり、入れ替わりで私も済ませて、ベッドに潜り込む。
ノアが私の頭を撫でてくれる。
「ノアは神に愛されてる」
ふと呟くと、ノアの手がとまる。
「愛されてないよ。ただちょっと運と勘がいいだけ」
なんだか背筋がゾッとして、毛布にさらに潜った。