表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1

 私は飛び起きた。肩で息をしながら、窓を見ると外はまだ暗い。夜中だろう。身体は汗でぐっしょり濡れている。

 私はこの世界が乙女ゲームに類似した世界で、私がその悪役令嬢であることを思い出して愕然としていた。

 私の前世は、百瀬はるかという名前で、横断歩道を渡っているところを、信号無視したトラックに轢かれて、三十代半ばでこの世を去っていた。当時、乙女ゲームの悪役令嬢をネタにした小説にはまっていて、ゲームをプレイしたことがないにもかかわらず、小説を読み漁っていた。

 現世の私は、アイリス・レイシール公爵令嬢、六歳。優しい両親と私の仲良し三人家族。父と母は大変仲が良く、一人娘の私は溺愛されている。

 この世界がなんというタイトルの乙女ゲームなのかは、さっぱり思い出せないが、ゲームと類似した世界であることだけは、根拠もなく確信していた。


 まさか自分が当事者になるなんて……小説を読み漁ったのが良かったのか悪かったのか。それにしても、乙女ゲームの世界って……他にも思い出あっただろう。


 自分の前世の記憶にツッコミを入れつつ、私はどっと力が抜けて、後ろに倒れる。ベットの軋む音と、マットに沈む体の感覚でこれが現実であることを再確認する。私は、ようやく正常運転に戻りつつある頭で、ゲームの内容を思い出す。

 攻略対象者は、私の婚約者になるはずの王太子、我が公爵家と親戚関係にある息子――のちに公爵家に養子として迎えられ兄になる――と……あぁ、ゲームをプレイしたことがないためか、思い出せない。ヒロインは、私が学園最後の三年生の時に、新入生として入学してくる市井出身の、魔力の高い子だ。

 この世界は魔法が存在し、貴族に魔力が高い人が多い。たまに市井の中にも魔力の高い者がいて、特待生として学園に入学してくる。

 ストーリーは、私が婚約者である王太子とヒロインの仲に嫉妬して、ヒロインをいじめたと断罪、婚約破棄され、王太子とヒロインがくっつく王道のものだ。婚約破棄後は、うろ覚えだけど修道院送りだったはずだ。


 あぁ、ほとんど何も思い出せていないのが残念すぎる。


 私はすっかり目が冴えていた。多少の動揺はあるものの、前世の私が大人すぎるせいか、かなり落ち着きを取り戻していた。


 思い出したイベントフラグだけでも、対策を検討しなくては。


 ゲームに類似した世界とはいえ、これはゲームではない。小説の知識から、ここを間違うと痛い目に合うことは知っていた。私は天井を見ながら考える。天井の豪奢な模様が、暗闇の中でぼんやり浮かび上がっていて、不気味に見える。


 イベントフラグをへし折らないと。でも、全部のイベントフラグを折るなんて無理だわ。そもそも覚えてないし。それに現実なのだから、何か別の要因で状況が変わるはず。だからキーになるフラグとそうでないフラグを決めて、優先順位をつけて折っていくべきよね。


 最小の労力で最大の成果を、が基本だ。そのためにはツリー構造になっているであろうイベントフラグの根っこを潰すのがいいだろう。根っこであるほどキーとなるフラグである可能性が高いはずだ。


 まずは……婚約者にならなければいいのよね、私が。他の令嬢が婚約者になるのは、ありよね。これが成功すれば、すべてのイベントが回避できるはず。

 もう一つ重要なのが、ヒロインとの接触。ゲームはヒロインの入学から開始だから、三年生になったら学園に通うのをやめよう。確か、成績優秀者は三年生になる前に、卒業試験が受けれたはずだから、それを受けよう。合格すると、論文を提出するだけで、通学を免除されるから、接触も回避できるはず。

 もし婚約者になったら、ヒロインとの接触は死守しないと。王太子様との婚約は家のことになるから、私一人ではどうにもならないかもしれないけど、卒業試験は勉強すればなんとかなりそうだわ。王妃になるのは非常に不本意だけど仕方ない。

 それにしても、キーとなるフラグって他にはなかったっけ……意外に少ない?


 本当は、今すぐにでも机に向かって、覚えていることを書き連ねていきたいところだが、夜中に灯をつけるのは憚られる。


 あと、攻略対象の一人である親戚の子。私が六歳の時、親戚の子をうちに引き取るはず。名前はなんだったかな……ああ、ジェレミーだ。確か両親を流行病で亡くして、公爵家に引き取られて、追々、公爵家の養子になるのよね。この国では、女性は爵位を継げないから、私が婿を取るか、養子に継がせるかなんだけど、ゲームでは、私は王太子様の婚約者だから、ジェレミーが養子となって後を継ぐんだわ。

 ゲームのアイリスは、ジェレミーを下僕扱いして、我儘いっぱいに振舞って、挙句ジェレミーの才能にも嫉妬して、いじめ抜いて……ジェレミーは、女嫌いになる。そりゃそうだ。

 でもジェレミーはジェレミーで、両親に溺愛されるアイリスを見て、外面はいい子なんだけど、内心はものすごく嫉妬していて、アイリスを疎んじて、嫌味を言ってきたりと面倒な子なんだよね。そんなジェレミーをヒロインが癒すんだろうけど。

 ジェレミーとは仲良く、適度な距離を保ちつつ付き合うことにしよう。刺激禁止、取り扱い注意。


 ここまで考えて、瞼が重くなってくる。精神はアラフォーでも体は六歳だ。私は暗闇に落ちていった。




 一週間後、お父様がジェレミー少年を連れてきた。お父様のそばに、黒色の柔らかそうな髪に、アイスブルーの瞳を持つ美しい少年が立っていた。両親を亡くしたばかりだからだろう、悲しみをたたえているように見える瞳は、伏し目がちで長い睫毛が影を作っていた。


 面影十分ね。ゲームの中のジェレミーは、眉目秀麗の落ち着いた青年として描かれていたけど。それにしても肌きめ細かい。さすがゲームの世界、毛穴レス半端ないわね。


 私がゲームの登場人物紹介を思い出しながら感心していると、ジェレミーは不安そうに手を握りしめていて、かなりこちらを警戒しているようだった。


「アイリス、ジェレミーだ。アイリスより二つ上の八歳だよ。ジェレミーの両親は流行病で亡くなってしまってね。我が家で暮らすことになったんだ。仲良くするのだよ」

「初めまして、ジェレミー。アイリスです。ご両親のこと、お悔やみ申し上げます」


 私はジェレミーに微笑みかける。


 両親を亡くしたばかりで、一人で親戚の家に連れてこられたんだもんね。うちにいる時は、心が休まるようにしてあげたい。


「ジェレミーです……ありがとうございます……アイリス様、よろしくおねがいします」


 俯きがちにジェレミーが挨拶をした。私は優しくジェレミーの手をとる。


「敬語は使わないでくださいね。ジェレミーの方が年上なんですから」

「でも……」


 ジェレミーは少し驚いた顔をして、また俯いてしまった。

 爵位でいうとアイリスは貴族なので、地位は上になる。ジェレミーは親戚とはいえ爵位のある家ではない。もっとも商家だったらしく、そこそこ裕福ではあったようだが。

 私がにっこり微笑むと、ジェレミーは少し間をおいて頷いた。


「わかりました。ではアイリス様も敬語はやめてください」

「わかったわ。よろしくね、ジェレミー」

「こちらこそ、アイリス」


 ジェレミーとは友達になれそうだ。



 私はこの一週間調べ物や、他のキーフラグがないか記憶を辿ったり、キーフラグを潰す策を考えたりしていた。結局、自分でプレイしていないせいか、キーフラグは思い出せなかったが。

 ついでに性格も直した、というか一日にして変えた。今までは、溺愛されているのをいいことに、我儘いっぱいに振舞っていた。問題外だ。両親をはじめ使用人に至るまで、劇的な変化にたいそう驚いていたが、怖い夢を見たのでいい子にすることにしたと言ったら、喜んでいるようだった。両親はより私を溺愛するようになっただけだった。

 最初のキーフラグである王太子様との婚約のイベントについて、お母様とお茶をしている時に偶然思い出した。


「今度王宮で王太子様主催のお茶会があるの。アイリスも私と一緒に参加しますよ」


 私は、はたと顔を上げる。そうだ、今後度々お茶会という名の集団面接があるんだ。王太子様と年齢の近い貴族の令嬢、令息が集められて、令嬢は婚約者、令息は側近候補になるんだった。


「お茶会で、婚約者を決めるのですか?」

「そうよ。でも正式な決定は、王太子様が学園を御卒業されてからですけどね」

「ジェレミーも一緒に行くの?」

「残念だけど、ジェレミーは今回はお留守番なのよ」


 私はゆっくりとお茶を飲みながら、思考を巡らせる。つまり正式決定までは、気を抜けないということだ。八歳で回避できたとしても、正式決定まで後十年ほどある。その間、婚約者の令嬢が婚約を継続できなくなった場合、フラグが復活する可能性がある。


 学園を卒業する十八歳まで、婚約者にふさわしくない令嬢でいよう。可でも不可でもない令嬢。平均点で、人見知り。表向きは、学園を卒業するまでこれでいこう。学園を卒業したら魔法省に就職して、魔法師になって暮らしていこう。


 私はそっと拳に力を込めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ