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1-5 物騒な昼食

「改めて紹介しよう。死神って物騒な仇名で呼ばれてる、調理師兼斬り込み隊長。ジェーンだ」


 弾痕だらけの森を抜けて、トラックのある空き地に戻る。

 すると、オルフェンがチラと視線をやりながら紹介した。


 彼が見る方にはテントに隣接された石造りの釜、それを使って煮炊きするのは踏み台を使うあの時の敵だ。

 ずっと外に出て帰ってこなかった団員が、俺と殺し合った相手だったのだ。


 その姿を見ると、改めて戦闘中の違和感に納得できた。


 何故ずっと茂みに隠れていられたのか、そしてどうして銃弾が掠りもしなかったのか。


 何のことはない。ジェーンは小さかっただけだ。

 彼女は緩い三つ編みをした少女だったのだ。


 包丁を持つ手はクレヨンを持った方がまだ様になるし、ダッチオーブンの横に置いたコーヒーもジュースの方が似合いそうだ。


 でも、偶に此方を見る目は鋭くて、放ってくる迫力だけで子供っぽさが吹き飛んでいる。

 よく働く猫、と言う評価を聞いたことがあるけれど、尻尾を踏まれたライオンと言った方がいい気がする。


 現にたった今包丁を突き付けて、吠えだした。


「てめえが撃った熊はな。昼の食事なんだよ。なのに鉛汚染させやがって! 折角一日かけてクロスボウで引導与えてやったってのによお! その努力を叩き壊してただで済むと思ってんのか!? ああん!?」


 やっぱりライオンだ。何かの弾みで食べられそうだ。

 生存本能が働いて、撃ち殺したい衝動に駆られる。


 けど、体が動く前にバーンズが俺の前に立って、かばった


「落ち着いてジェーン。クライブはサバイバル生活が終わったばかりで気が立ってるんだよ」


「うるせえ! 牛蒡野郎! あたしの方が気が立ってんだよ! 口挟んだ奴の舌を片っ端からタンシチューにしたいくらいにな!」


 ダンっと包丁が降り下ろされて、熊の肉が真っ二つになる。

 あの背格好で、どうしてあんな力が出るんだろうか。


 命が惜しくば、暫くキッチンには近づかない方がいいかも知れない。 

 一先ずキッチンから離れて、屋根だけのテント内の椅子に座る。


 奥の方では、まだジェーンとバーンズが言い争ってるみたいだ。

 と言っても、バーンズの声は聞こえないから彼がキレたライオンを宥めてるんだろう。


 その声を聴きながら待って居ると、今度はジュリアンが来て、頭を下げた。


「悪いな。うちの姉ちゃんが、迷惑かけたみたいで」


「……」


「えーと……ちょっと短気で口悪くて手が速いけど、悪い奴じゃねえんだ」


 それのどこが悪い奴じゃない、なんだろうか。

 良い要素が全く見当たらない。ただの野蛮人だ。


 とは言え、あれが野蛮人だろうと大悪党だろうと大した問題じゃない。

 もっと言ってしまえば、この世の悪徳を全て修めてるとしても構わない。


「別に、平気」


 だって、どうせ彼等は直ぐに死ぬのだから。


 朝起きて、こうして和気あいあいとご飯を食べている様を見て、より現状が理解できた。


 ここは生温すぎる。きっともしもの時には生きていけない。

 誰も彼もが笑って、怒って、まるで地獄の熱を浴びたことがない様だ。

 あの苛烈なジェーンですら、その眼に陰りが見えない。

 

 俺と彼等には、差があり過ぎた。

 その差が、彼等を殺すのだ。


 別れるその日までか、奴等が死ぬ時か、何方かは定かでないけど、きっとその時は直ぐにでも訪れる。

 その瞬間が来るまで、ジェーンを避ければいいだけだ。


「そっか。良かったあ。死体を埋める羽目になるかと思ったぜ」


 ああ、その上で殺されないようにもしなきゃいけないのか。


「あ、安心しな。毒殺はねえから。姉ちゃん食には厳しいんだよ」


 しかも、毒殺以外には気を付けないといけないときた。

 これは、死ぬまでなんて悠長な事を言わないで、早めに出ていかないと死ぬな。


「おいおい、大事なルーキーに何吹き込んでるんだ?」


 ジュリアンの次に、オルフェンも来たか。

 でも、木の皿を持って居る所を見ると、ジェーンの事に関連しているわけではないらしい。


「あ、団長。別に何も言ってませんって。ただ、姉ちゃんへの誤解は解かないとって」


「そうか? ならいい。ほら、ご飯の準備できたらしいぜ」


「マジ!? もう腹すっからかんなんだよ! 相も変わらず仕事が速いな! 姉ちゃんは」


「喧嘩っ速さと比例してるな。ありゃ。ほら、クライブも行くぞ。飯は各自で取り分けるんだよ」


 言われるまま、石造りの竈の前に出来た列に並ぶ。


 が、それはつまり料理人とどんどん近付く列に並ぶ訳である。

 今ですら睨まれているのに、目の前に行くのだ。


「……」


「……」


「……なんつーか、姉ちゃんいつの間にか重力操れる様になったんだ?」


 ジュリアンがそうぼやくほど重苦しい空気の、その中心に。

 余りいい状況ではない。もしもの為に、拳銃を忍ばせればよかった。


「……」


 俺達の気配を察知してか、前に居るアンナが気まずそうに俺を見る。


「あの、前行かない?」


「いやだ」


「だよね」


 何でわざわざ死期を早めるかもしれない選択肢を取るのか。意味が分からない。


「いやさ、でも、正直言って迷惑なんだよね。視線がグッサグッサ貫通してきてるから」


「気にするな」


「え?」


「気のせいだ。気にするな」


「あーうん。分かった。耐えてみるよ」


 これで死期は伸びた、が結局相対する事は変わらない訳だった。


 そんな事をやっていると、遂に俺の番となり、竈を挟んで相対した。

 ジェーンはエプロンとマスクをしていて、お玉を手に、錐のような眼差しで見上げている。


 俺はと言うと、プレートの様になった木皿が一つだけ。これでは戦えない。


「……」


「……」


 用意されていたトングを手に、熱々のステーキを入れ、ソースをかける。

 更に缶詰のサラダと、乾パンを乗せて、ゆっくりとトングを置く。


「……」


「……」


「おい、たかが配膳で一騎打ちみたいな空気出すんじゃねえよ」


 オルフェンがそんな事を言っているが、構わず目を合わせたまま下がって行く。


「おいおい、熊から逃げてるのかよ」


 熊、という単語に、ジェーンが握るお玉がバキリが割れた。


 空気が鉛になりつつある頃に、アンナとジュリアンが遠くで何か話し出した。

 何やら、ジェーンを二人で止められるか、と言う話らしい。


 だが、直感で分かる。全く無手の場合、こいつに勝てる奴はこの世に居ない。


「私は、あんたが嫌いなんだよ」


 新しいお玉を用意して、ソースをかき混ぜる


「特にその目が気に食わねえ。まるで死にかけた獣だ。誰彼構わず殺そうとするような様だぜ」


 更に腰の後ろの方を探り始めた。

 銃か、ナイフか。もしくは爆弾か。


「てめえみてえな奴は絶対団を崩す。だからその前に」


 ギラッと目が光ったような気がした。

 武器になるものを探すけど、大したものがない。


 太刀打ちできない。


「!? 喧嘩っすか!? 治療っすか!!?」


 だけど、エマの楽しそうな声で、一気に雰囲気が崩れ去った。

 さっきまで凄んでいたジェーンが顔を逸らし、下を向く。


 あれは、多分治療を受けた側の反応だ。

 そもそもエマは団の医者なのだから治療を受けて当然か。


 その上、オルフェンは彼女を切り込み隊長と言っていた。先陣を切るならば、間違いなく怪我もしやすいだろう。


 絶対、エマに苦手意識を持っている。間違いない。


「内臓混ぜ混ぜ……内臓混ぜ混ぜ……」


「……トラウマ?」


 内臓を混ぜるって一体どんな治療をさせられたんだ。こいつ。


 流石は地獄、何でもありだな。


 何がともあれ、エマの近くに居ればジェーンは近付かないだろう。

 俺も余り望んで行きたくはないが、エマの隣という危険な安全地帯に座る。


 すると、波打った金髪を束ねていたエマが此方を向く。

 キラキラとした眼差しを、眼鏡越しに浴びせかけてくる。


「治療、何時でも言ってくださいっ」


「……」


「言ってくださいよっ!?」


 少し後悔したが、食事は何とか平穏の中で摂れた。






 



 エマを臨席にした食事は、消化に悪かったらしい。

 何だか胃が重くて、熊が居座ってるみたいだった。


 胃を押さえて、暫しテントの下で目を閉じてみる。

 屋根しかないテントは風通しが良く、心地よい空間だった。

 ここで少し休んで居れば、熊もきっと消え失せるだろう。


 と思っていたけど、いざ落ち着いて見ると胃もたれの他に、くたびれた感覚も襲ってきた。

 隣に拷問医師、斜め前には死神の視線がある中で獣肉を食うのは、堪えたらしい。


 酷い体調だ。このまま戦闘に出れば、間違いなく悪影響が出るだろう。

 

「おう、何か大変みたいだな」


 トラックを降りてから、オルフェンが付きっ切りなのも、精神を逆撫でされて、嫌な気分だ。

 思えばこいつは昨日からずっと俺の近くにいる。

 まるで監視するかのようだった。


 信用してないのはお互い様と言う事なのかもしれない。


「もうじき依頼人がここに来るって無線が入った。体調が悪いならここで休んでても良いぜ」


「いや行く」


「よし、じゃあ行くぞ」


 重い胃とくたびれた感覚を引きずって、彼の背中を追う。



 オルフェンに連れていかれた場所は、例のテントではなくトラックだった。


 重火器や食料を詰め込むだけの空間だったのだが、内部はすっかり様変わりしている。

 箱は隅に寄せられ、その中心に長机とベンチが用意されている。

 長机の上には地図があって小さな駒も幾つか置いてある。


 写真で見たことがある作戦会議室を、これでもかと粗末にしたような感じだ。


 机の横のベンチに座って、早々にオルフェンが駒を手に取った。


「さてさて、情報収集に熱心なお前には言っておくか。今回はちと厳しい戦いになりそうだ」


「?」


「こいつが、俺達だ。戦力はお前とジュリアンの航空兵、それと砲兵のアンナ。後、切り込み隊長のジェーン」


 地図に書かれた空き地に、雑兵を現わす駒が四つ置かれる。


「そして、これが俺達が運ぶだろう、傷病兵。大体トラック三つ分だ」


 その後ろに馬の駒が三つ追加される。


「基本的には、正面にトラックに乗ったアンナとジェーン。更にその上空を航空兵であるジュリアンが巡回し、警戒。お前は遊撃って予定だった」


「予定だった?」


「ああ、予定は狂うもんってのは知ってたが、今回はもうガッタガタに崩れたぜ」


 カラカラと笑って、白髪の頭を撫でると、森の中に大量の駒をばらまく。


「俺達の依頼主はガンディル軍なんだが、カシュアに与する小悪党が狙っているらしい。傷病兵を誘拐して身代金を要求とか企んでるんだろう。全く条約もなにもねえぜ」


 条約、と言うのは読んだことがある。

 戦争にもルールがあり、軍はそれに則って人殺しをするのだ。


 だが、悪党はそもそもそんな事は知らないのだろう。

 勿論、俺も知らない。


「装備は?」


「貧弱だとは思うが、もしかするとキャシュア軍の奴らが協力してる可能性もある。装備も規模も不明って言った方がいいな。だがそこはこれから聞かされるだろうよ」


「分かった」


 正規軍は手出ししないが、賊が狙っている。そしてその人数も兵装も不明。

 でも、賊と言うなら強くはない筈だ。もしかするとガンディル軍の補給兵よりも劣っているかも知れない。


 初めての集団戦には良い相手かも知れない。下手を打っても死ぬことは無いだろう。


 後は、戦闘中に後ろを刺されないように、敵と味方を注視すればいいだけだ。


「団長、来ましたよ」


 バーンズの声がして、トラックの外に誰かの気配が近付いてきた。


 いよいよ、依頼主が来たようだ。


 

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