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1-3 奇妙な一団

 ナハトの風。それが俺が襲い、返り討ちにあった一団の名前だった。

 当たり前だけど、見たことも聞いたこともない名前だ。

 一体どんな団体で何を目的に集まったのか、全然知らない。


 でも何も分からない訳ではない。


 その強さは正規軍並みだというのは身に染みて居るし、補給線を使って何らかの任務を受けていることも察せられた。


 そして現在、その任務の一環か違うのか、俺はナハトの風とやらに良い様に扱われている。


「とりあえず体洗え! でなきゃ撃つ!」


 と言う白髪の男は快活な笑顔を浮かべて、まるで悪戯好きな悪ガキを急かすように、背中を叩く。


 そうして連れてこられた、『簡易シャワー』というもので泥と垢を洗い流す。

 上に貯めたお湯を細かい穴から落とす、なんて不思議な道具だけど、弱い滝みたいなそれは泥を効率的に落としてくれた。


 しかし、垢だけはこびり付いていて上手く洗えない。いくら洗っても垢が浮いて来る。

 まるで布地にこびり付いた泥みたいだ。


 きっとこれも落とさないといけないのだけど……どうしよう。


 と思ったらアンナと呼ばれていた、高射機関銃の台座に座ってた女が乱入して来る。


「もやし少年。大丈夫か? どうせ垢溜まり過ぎてどうしようもないんだろう?」


 ニヤリと笑う赤毛のその手には、タワシがあった。

 悲しい事に俺の頭は、彼女が何をしようとしているか察せないほど馬鹿ではなかった。


 その日の教訓は、タワシは人の肌に使っちゃいけない、なんて当たり前のことだった。


 でも、それだけじゃ今日は終わらない。


「とりあえず治療させろ! でなきゃ撃つ!」


 今度は治療を強要された。

 しかも、今回の傷だけでなく、今までの傷まで全てだ。


 アンナに皮を捲らんばかりに拭かれてシャワーから出ると、いつの間にか目の前にテントが張られている。

 そこに連行されると硬いベッドを中心に医薬品が大量にあって、俺はそこに強制的に寝かされた。


 そして、横に眼鏡とソバカスが特徴的な女が立つと……


 苦痛の時間が始まった。


「いやあ、こりゃ凄いっすねえ。至る所に手榴弾の破片が入ってますよ。新しいのから古いのまで。まるで手榴弾の博物館っす。鉛玉が無いのが幸いですけどねえ。おお、この辺りなんてあと一歩で内臓到達っすね! 悪運が強いっす!」


 なんて楽しそうに言って、人の体の色々な部分を切ってはピンセットを突っ込む。

 傷口を弄くられる痛みと、それを楽しげに行う女医者の顔は、二度と体験したくない。

 エマなんて名前も、二度と聞きたくない。そんな体験だった。


 そうして、最後に


「とりあえず服着て、飯食え! でなきゃ撃つ!」


 とダサいシャツと短パンを着せられた上、違うテントに連れていかれたのが、現在だ。


 今度のテントは見回すだけの広さがある、随分と大きくて……狭いテントだ。

 その広さに見合わないほどの椅子や机、それに石造りの窯が詰め込まれていて、長所を徹底的に殺している。


 窯の中には焚き火が轟々と燃えて居て、その上にはどんな穀物を何の液体に混ぜたか分からないオートミールが沸騰していた。

 皆がそこから普通に掬って席について食べて居るから、毒は入っていないらしい。


 俺も一番端の席に座らされ、銃口と笑顔を向けられながらそれを食べる。

 火傷しそうなくらい熱くて、奇妙な味で、でもレーションと違ってズシンと満腹感が貯まって行く。


 美味しくはないけど、幸せな食事だ。 


「……」


 思えば、随分と可笑しい一日だ。有り得ないことが起き過ぎている。


 久しぶりに体を洗った。久しぶりに体の痛みが取れた。久しぶりに缶詰以外の物を食べた。

 どれもこれも地獄ではありえない出来事だった。まるで地獄じゃないみたいだった。


「そうか」


 分かった。ここはきっと天国に違いない。

 あの男が投げた手榴弾をかわせなくて、俺は死んだのだ。


 そしてこれはきっと、神様が与えてくれたご褒美に違いない。

 ……もしくは、上げてから落とす、最悪の罰かも知れない。

 

「ヤギの乳と蕎麦のオートミールだが、レーションよりはマシだろ?」


 真正面に座って、未だ銃を構え続ける初老の男が話し出す。


「改めて自己紹介させてもらうぞ。俺達は傭兵団『ナハトの風』だ。って言っても傭兵稼業だけじゃ食っていけないから護衛、運送、郵便、探し物。何でもやる何でも屋みたいなものだけどな」


 それはもう、傭兵団じゃないと思う。


「で、俺はその団長、オルフェンだ。年は五十二歳、愛銃はこのマーガレットマグナムタイプ。趣味は釣りで、特技は人事だ」


 ジンジ……聞きなれない言葉だ。一体何のことだろう。

 でも、人好きそうなにっかりとした笑みは、きっと人を騙すのに便利だろうな。


「さて、他にも自己紹介しとくか? そこで飯食ってるのが、我が団唯一の航空兵で一番若いジュリアン」


 指差された先には、不服そうにご飯を食べる青年がいた。

 何故か長い前髪を大きなピンで止めていて、童顔だ。 


「あいつにはしばらく近寄るなよ。お前が散々苛めたからヘソ曲げてるんだ」


「曲げちゃいねえ! ふざけたこと抜かしてるとこのミール全部てめえのケツに突っ込むぞ!」


「後、言葉遣いも悪い。絶対に真似しない様に。次、何でもこなしてくれる整備兵、バーンズだ」


「どもども。多分これからよろしくだからね~」


 そう言うのは一番遠くに居た、無精ひげの生えた冴えない感じの男。

 きっと、町中に居ても気付かない。それくらい影が薄い。今だって紹介されないと気付けなかっただろう。


 それくらい普通で、だからこそこの鉄臭い一段の中で少し浮いている。


「彼奴は整備兵と言いつつ、砲や運転も出来る奴なんだ。後、本が好きだから拾ったら届けてやりな。キスの雨が降って来る。で、残るは我が団が誇る三女神。砲手のアンナ」


「やっほ。あんた凄い回避能力だったね」


「別名破壊神、アンネリーゼだ」


「ん?」


「いやいや、何でもねえよ」


 団長に凄んで見せる赤毛短髪で背の高い女は、直ぐにさっぱりとした笑顔を浮かべたけど、破壊神と言われるのも納得だ。

 一瞬だけ眉間にしわが寄った時など、気圧されそうだった。


「医者のエマ」


「手榴弾の治療、暫くしますっす。こっちに通院よろしくっす」


「こっちは拷問の神様」


「良薬口に苦し、良施術死ぬほど痛しっすよ。拷問なんてとんでもない」


 ウェーブのかかった金髪を持つそばかすの女は二度と見たくない奴だった。

 その二つ名は、あの治療を受けた身としては納得だ。間違いない。

 あんな無遠慮にピンセット突っ込むなんて、拷問以外にありえない。


「最後にジェリコの姉で、料理長兼切り込み隊長で、死神のジェーンは……食料採集で来てねえな。まあ、会わなきゃ会わないでいいかもな。以上がメンツだ」


 料理長と、切り込み隊長、その上死神。何か随分変な組み合わせだ。

 一体どんな人物か想像してみるけど、全然浮かばない。


 でもきっと筋骨隆々何だろうな。


 それにしても傭兵団と来て、航空兵に整備兵、砲兵、医者、切り込み隊長か。

 天使と言うには少し相応しくない役柄だ。まるで天国じゃないみたいだ。


「よし、じゃあ今度はお前の自己紹介だ」


 それに、何だか変な事も聞いてくる。


「……」


「……」


「……いやまあ、乗りで教えてくれるとは思っちゃいなかったが、無反応かい」


「団長、やっぱり賞金首として差し出しましょうよ。五千万っすよ」


「馬鹿言え。俺だったら五千万で雇うぜ。なあ、名無し君よ。ちょっと家で働かねえかい?」


「?」


「お前の飛行ユニットを操る才能を、俺の為に使わねえか?」


 ああ、そっか。

 何のことは無い、ここは天国だと思ったけど違ったんだ。

 ここは天国に似て居るけど、まだまだ地獄の中だったんだ。


 俺はまだまだ生きる必要があるんだ。

 






 話を要約すると、オルフェンは初め補給路を襲う盗賊を討伐すべくあそこを通ったらしい。

 そして俺はその作戦に引っかかって、捕縛されたのだ。 


 本来なら、俺はそれで終わりだった。

 

 けど俺の飛ぶ姿を見て、是非とも団に入れたいと思ったらしい。

 だから捕縛した上で歓待し、ここが天国だと思わせつつ、勧誘している。


「まあ、どうしてそんなに上手いのかとか、お前は何処の出身だとかはさて置いて、先ず、ここに入ってくれるかどうかだけ答えてくれ」


「いいよ」


 答えると、黙って粥を飲んでいたジュリアンがハッと鼻で笑って立ち上がる。

 器は空で、行先は鍋。多分御代わりをするんだろう。


「ほら団長、だから言っただろ? 殺し合った仲がいきなり仲間になる訳ねえんだよってええええええ!!」


 でもその途中で、ジュリアンが自信たっぷりに話し始めて、驚いて、挙句に転んだ。

 更に転んだ拍子にアンナにぶつかったらしく、頭に器を乗せたまま激怒した彼女に、ヘッドロックを掛けられている。

 その乱闘の際に他の誰かも巻き込んだみたいで、随分と騒がしくなり始めた。


 けど、オルフェンはそれを止める気も無ければ、気にする様子すらない。

 それを背景に、オルフェンがにっかりと笑った。


「おう、話が速くて助かるぜ。だが、本当に良いのか?」


「うん」


 勿論、本当は嫌だ。

 これから一緒に過ごすつもりなんて一ミリも無かったし、そもそもこんな生温そうな奴等と一緒に行動するわけがない。

 足手纏いとつるめば、直ぐに死ぬからだ。いつもの状況だったなら、さっさと断って逃げ出しただろう。


 でもあの航空兵が言っていた補給兵殺しとか言う単語と賞金首なんて文言が、その選択肢を潰している。


 この数年間、俺はずっと補給物資を奪って生きて来た。そのせいで、色々な人物から狙われている事となったらしい。


 ガンディル軍にもカシュア軍にも、そしてこいつらのような傭兵団にも。

 親類縁者も何もかも死んで、他人を殺して生き延びて来た俺には、仲間や味方など居やしない。 


 敵ばかりの中で、今まで通りにやって居たら間違いなく殺される。


 だから、このオルフェンとか言う団長の誘いに乗った。

 きっとこの一団は俺を隠すのに役に立つに違いない。

 そして機会を伺い隙を見て、逃げてしまうのだ。


 穴がないとは言えないけど、次善策としては良い筈……。 


「よしっ。じゃあ先ずは雇用契約からだな」


「こよう……?」


 どういうタイミングで床に逃げるか、考えているとまた知らない単語が出て来た。

 首を傾げて見せると、オルフェンが紙を一枚、懐から出す。


「おう、どれだけ働けば、どの程度の金がもらえるか、とか基本的な約束をするのさ。基本的に月十万やるんだが、歩合で最大三十万まで増える。臨時収入が良ければもっと上乗せするぜ」


「臨時収入はめったにないから、期待しちゃだめだよ!」


 アンナの声はよく響く。そしてオルフェンの顔は分かりやすい。

 顔に書いてある、と言うけれどその言葉通りはっきりと見えた。


 余計な事を言うな、って思っているに違いない。


「更に、装備購入費と整備費はこちら持ち。食事に文句を言わないなら三食タダだぜ」


「その代り、仕事は主に鉄火場を渡り歩くことってね」


 バーンズが茶化したように言えば、また同じような表情になる。


「更に、だ。何と怪我したら医者がただで治してくれる」


「「すっごく痛いけどな」」


「一々チャチャ入れんじゃねえ!! やっぱ辞めるって言ったらどうしてくれるんだ!」


 遂には顔に書いてあることを怒鳴り散らす。


「まあ、とにかくだ。以上が契約内容だ。良ければここに名前書いてくれ」


 色々と劣悪な場所みたいだけど、あそこよりも悪い所はない。

 万年筆を手渡されて、ここ、と指示された所にそれを走らせる。


 万年筆なんて初めて触ったし、何だか引っかかって書きにくいけど何とか文字を紡ぐ。


「よしよし、よろしくな。クライブ」


 どこかで聞いた、誰かの名前を。


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